第24話 修行、そして修行
「戦闘において足場はとても重要なんだ」
四人に遅れて到着したノーマンがアイゼルたちを前にして、教鞭をとる。彼が今立っているのは川の上。わずかに波紋のようなものが時折川に浮かぶが、それ以外は決して何も見えない。
『凄い技術だな』
(僕には絶対出来ないよ。あれ)
『そうひがむな』
(僻みって言うか、あれは契約者が出来る技だよ)
『俺と契約しているではないか』
(お前は僕に身体強化以外の術をくれたか!?)
『お前の欲が少なすぎるのが問題なんだッ!』
グラゼビュートは少ないと言ったが、それは過ちだ。人間一人の欲望などたかが知れている。だからこそ、悪魔達は多くの人間と契約を結び、多くの力を付けるのだ。
「ダイム君やってみて」
「はいっ!」
「足の力は脱力して、地面が延長されているっていう認識で挑めばいい」
「……っ」
ダイムはゆっくりと魔術を発動しながら川に体重を乗せた。
ボッチャーン!!
「ははっ、流石に難しかったか。合宿の目標は川を歩ける、といったところかな。これが出来るようになると足場を心配せずに戦えるようになる。その分、落ち着いて相手の剣を見える様になるから身に着けておいて損はない技だよ」
「……頑張ります」
「ニーナ君もここで頑張りたまえ。シェラ君とアイゼル君はこっちだ」
シェラは『嫉妬』との契約者ではないため川を歩けないのだ。そのためノーマンが連れてきたのは滝だった。
「滝ってのは、縦方向の川だ」
……何を言ってるんだろう、この人。
「……うん、まあそうですよね」
「…………」
「だから、登れる」
そう言ってノーマンは足を滝に接地させると一歩一歩踏み込むようにして登っていった。
「……えぇ」
『流石は王立魔術師学校の教師だな』
「…………!」
無口、無表情のシェラも流石にそれには驚いたのか顔を驚愕に染めていた。まあ、人間が滝を登り始めたら誰でもそんな顔するわ。
「コツをつかんじゃえば案外楽なんだよ。普通は木を足で登って練習するんだけど、やるなら最初から難しい方がいいでしょ?」
「…………」
こくり、とシェラが頷いた。いや、お前はそれで良いのか。
シェラはさっそく滝に足を付けて踏み込んだが、そのまま川に落ちた。
……うん、まあそりゃそうだろうよ。
「アイゼル君はこっち」
アイゼルは川歩きも滝登りも出来ないので、ノーマンは別のトレーニングを考えてきていた。
「君の知覚魔法を少しこっちでも調べたんだ。今の君が『見える』のは三つまでだよね?」
「あ、この間五つになりました」
「成長しているね。良いことだ。それで、君が『見る』ことが出来るのはひどく少ない。だから悪路を走っている時に、それを『見ている』ことはリソースの無駄遣いなんだ。分かるよね?」
「はい」
「うん。いい返事だ。だから、君には今からこの森をまっすぐ走ってもらう。森から抜けるか、正午を超えたら引き返していいよ」
「分かりました……」
「ほら、行った」
ということで、アイゼルは悪路を走り続けることになったわけである。
踏み込んでみれば、走りにくいのなんの。いたるところから根っこは生えてるし、枝は邪魔だし、地面は所どころ腐葉土になっていて硬さが違う。まっすぐ走っていると、気が付けば五分と経たずに息が上がってきた。
『お前、体力なさすぎないか?』
(分かってるっ!!)
『お前、筋トレとか素振りとかよりも走り込みをするべきだったな』
(……っ)
『ほら、身体のバランスが悪いぞ。剣があるからといって身体を傾けるな』
「ふー、ふー」
既に夕暮れ。全身、満身創痍でへとへとだった。ダイムとニーナと、シェラはずぶぬれで、アイゼルは泥だらけに擦り傷だらけ。それに、アイゼル以外は魔力が枯渇してしまっており二日酔いにも似た症状が出ている。
「うん。初日はこんなもんだね。じゃ、模擬戦を始めようか」
「……嘘でしょ」
ダイムが漏らす。気持ちも分かる。ここまで全身ボロボロでここから生きる伝説と戦う? 冗談も大概にしてほしい。っていうか、今日は勘弁してほしい。疲れすぎていて足が一つも動かない。
「何言ってんの。強くなりたいんでしょ?」
「……はい」
「なら、疲れていたって訓練だよ」
『うむ。正しい』
(ここまでボロボロにして、何が正しいんだよ)
『お前たちは弱い』
(知ってるよ)
『だが、敵はそんなことはお構いなしだ。どれだけ疲れていようとも、どれだけ傷を負っていようとも敵はお前たちを殺しに来る。それを防げるのは、お前たちが強くなるしかない。流石にこれくらいは分かるだろう』
(そりゃ、そうだけどさ)
『なら、あの教師の言うことを真面目に聞け』
グラゼビュートの言うことにも一理ある。敵は人間だけじゃない。魔物でもそうだ。『狭間の森』では、エーファとアイゼルのコンビだからこそ、抜けることが出来たがアイゼル一人では今でも彷徨っているか、あるいは森の中で死んでいるだろう。
「なんなら四人全員でかかってきても良い」
その言葉で全員が目を合わせる。
「行きます!」
飛び込んで、剣がぶつかった。
それから解放されたのは、既に日がとっぷりと落ちてしまってから。ボロボロになった四人はノーマンと一緒に月明かりの中で、野宿となった。食事はノーマンが容易してくれたが、とんでもない量を出され後半は泣きながら腹の中に詰めた。
「村の人に小屋用意してもらったのにね」
「ああ、そう言えばそんなのもあったな……」
「あそこは荷物置き場にしてるよ」
「なるほど……」
「さて、明日も早い。今日は早く寝て疲れを取るように」
……明日は朝からか。
ハードスケジュールに倒れそうになるが、それも訓練である。アイゼルは川で自らの身体を拭くと、簡易テントの中にもぐりこんだ。
睡魔はすぐに襲い掛かった。