第23話 合宿、そして少女
アイゼルがノーマンに弟子入りしてから二週間。基礎体力を鍛えるトレーニングと、俊敏さを鍛えるトレーニングばかりをやらされて、困惑していたところにノーマンから合宿への誘いがあった。
なんでも王都から遠くはなれた場所に、よくノーマンが足を運ぶ村があるのだという。なので、アイゼルはノーマンから修行のメニューを受け取り仲間たちと一緒にその村に向かって歩き続けているといた。
「……頑張れば一日中につくんだっけ」
「とは言ってもどんどん人里から離れていますよねぇ……。今日中に着けばいいのですがけど……」
そう言って言葉を返してきたのは、ダイム。身長は2メルを超える高身長だが、ひょろりと細身なためそこまで威力のある剣術は扱えない。序列は103位で今回の合宿メンバーの中では最も上である。
「あ! あれじゃない?」
そう言って先頭を歩いていた、燃える様に赤い髪の少女がまっすぐ前を指した。彼女の名前はニーナ。『色欲の悪魔』の契約者だったが、何をやらかしたのか契約破棄され今は『嫉妬の悪魔』と契約している少し変わった少女だ。序列は118位。この場においてアイゼルの次に低い人物である。
「よし、行こう」
「…………」
そして、ここまで何も喋ることなくひたすらまっすぐ歩みを進めてきた紫髪の少女。彼女の名前はシェラ。道中一言も発さないので、時々死んだのかもと思って不安になるほどに喋らない少女だ。序列は107位。
ニーナが指した先にあったのはまるで絵にかいたような塊村。一か所に身を寄せ集めるようにして立っている村だった。
「あれかな?」
「多分、そうだと思うけど……」
「言ってみれば分かるだろ。行こう」
「…………」
とにかく一行はその村に向かって歩みを進めた。
結果として、その村であっていた。
「ようこそ。今年の学生さんは4人もいらっしゃるんですね」
村に入るなり、そう村人に言われた。
「4人は多いほうなんですか?」
「ええ、いつもは2人とか3人ですよ」
「じゃ、俺たちは珍しいのかもね」
そう言って笑うダイム。何が面白いんだ……。
「ノーマン先生から話は聞いていますよ。こちらにどうぞ」
そう言って村人に案内された先にあったのは、一軒の小屋。
「学生さんはこちらに寝泊まりするように言われています」
「ありがとうございます」
礼をするニーナ。
君、僕たちが寝る場所が一つしかないという現状に気が付いているの?
「…………」
シェラはこいつで何も言わずにこっちを見続けるし、大丈夫かなこの一行。
『王立魔術師学校の学生というからまともなのが来るのかと思ったら、お前より中々酷いんじゃないのか』
(落第の危機が無いからじゃない)
『ははっ、今まさに落第の危機にあるお前がそう言うと笑えるな』
(笑えないよ)
実際、落第の危機で努力するようになったかと聞かれると、答えはイエスだ。アイゼルが王立魔術師学校にこだわっているだけかも知れないが、人間当たり前のものを失うかと思うといつもよりも努力をするようになるというものである。
「ん、僕はちょっとトイレに行ってくるよ」
「はーい」
ダイムに少しだけ抜けるということを言って、アイゼルはここに来るまでに見た川に向かった。
「そうそう、学生さん。この村には一つ、関わると危ない子供がいるので気をつけてください」
「危ない?」
アイゼルがいないが、あとでいえばいいと思い村人は小屋の中でそう言った。
「ええ、危ないんです」
「何が危ないんですか?」
ニーナが問う。
「その子供に関わると、誰もが不幸になるんですよ」
「お、あった」
川は森に入ってすぐのところにあった。アイゼルが用をたそうと近づくと、ふと木の影に誰かいることに気が付いた。
(……子供かな?)
アイゼルの読みは正しかったらしく、アイゼルが近づくと木の影から一人の少女が出てきた。金の髪に、銀の瞳。ひどく目立つ容姿に、ドキリとするほど美しい顔。だが、幼い。年齢は十といったところだろう。後五年後だったら、アイゼルは彼女に一目ぼれしていたかもしれない。
「お兄ちゃんは、王立魔術師学校の人?」
「うん、そうだよ」
「なら、この村を助けて」
「……助ける?」
「この村を助けて」
何を言っているのか、理解は出来なかったが王立魔術師学校の学生ならば依頼は逃げられないものだ。
「分かった。詳しく話を聞こう。君の名前は?」
「私の名前はシェリー」
「シェリー、この村には魔物が来るの?」
「ううん。燃えちゃうの。もう少ししたら村の人たちも村も森も全部燃えちゃうの」
「燃える?」
森で火事でも起きたのだろうか?
『こいつ。お前と同じだぞ』
(同じ?)
『先天的な魔術師、『魔法使い』だ』
(……能力は分かるか?)
『知るか。それは俺よりお前の方が得意だろ』
確かに。
こっそり知覚魔法を発動させるが、少女の能力はいまいち掴めなかった。
うーん? 『未来視』に近いけど、そうじゃないっぽい?
よく分からないな……。
「どうやって燃えちゃうの?」
「分かんない……。それは『視えない』の……」
「そっか、でも大丈夫だよ。僕たちは王立魔術師学校だから。みんなを助けるよ」
そう言ってシェリーの頭をなでようとした瞬間に、
「ひっ……」
シェリーはその手を払いのけて、後ずさった。
「ごめんね。怖かったね」
「ううん。大丈夫……」
シェリーは小声で言葉を返すとそのまま走って森の奥に消えて行った。
『気が付いたか?』
(……ああ、当たり前だ)
彼女の動きは恐怖におびえる者のソレだった。恐らく、彼女はここまで虐待かあるいは激しい暴力に晒されてきた過去がある。そして、それを裏付けるように走り方が少しだけおかしいのだ。それも片足をかばうような走り方をしている。片足が折れているか、あるいは大きな怪我を負っていると思う。
『追わなくて良いのか』
(今の僕じゃ、逃げられるよ)
『ははっ、確かにな』
怯える様にして、逃げるシェリーを追いかけても何も良いことは無いだろう。森の中はそれなりに危ないが、それでも土地勘のないアイゼルと何かを『視る』ことの出来るシェリーなら、危なさはどっこいどっこいだろう。
『それで、お前は用を足さなくていいのか?』
「あっ……」
すっかり忘れていた用を思い出し、アイゼルは川へと急いだ。