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第22話 弱さ、そして弟子入り

 「僕は、弱い」

 『急にどうした。そんな当たり前のことを言って』


 アイゼルは部屋の中でポツリとそう呟いた。


 『お前の強くなりたいという欲は最近の若い連中の中だと飛びぬけていたぞ』

 「でも、強くなってない」

 『剣を抜けば強くなるじゃないか』

 「それは、僕が強くなってるわけじゃないし、第一リスクが大きすぎる」

 『ふむ、まあお前はそう考えるだろうな』

 「だから僕は強くなりたいんだよ」

 『鍛えてやりたいが、俺には身体が無いからなぁ』

 「うん、だから思ったんだ。弟子入りしようって」

 『弟子入り? 誰に』

 「伝説に、だよ」

 『……はぁ?』


 王立魔術師学校アカデミーには、伝説を持った教師が数多くいる。アイゼルに最も身近な人物でいうなら、ローゼだろう。彼女は一番隊隊長として数多くの戦いに参戦し、無敗。引き分けはあるものの、彼女に敗北という文字は刻まれていない。


 そんな教師たちだが、中には変わり者もたくさんいる。例えば今からアイゼルが弟子入りしようとしている教師もその一人だ。


 ノーマン・グレイス。34歳。ひどく穏やかな男性で優しい授業を行うことから生徒からの人気も厚い。そして、何よりも彼にまことしやかにささやかれる伝説がある。曰く、山を斬ったと。曰く、海を斬ったと。曰く、空を斬ったと。誰も彼の本気を見たことが無い故に、好き勝手言っているのか、それとも本当なのか。


 ただ、事実として一つ。王立魔術師学校アカデミーにおいて剣術の教師は彼だけである。



『それで、そんな凄い教師に弟子入りすると?』

(ああ、剣術を教えてもらう)

序列最下位ラストワンが急に出向いて弟子になれるのか?』

(そこは心配いらない。何しろノーマン先生はな、百位以下の生徒しか弟子にしないんだ)

『……何故?』

(さぁ……。この学校の教師の考えることを理解しようとするほうが無理だよ)


 アイゼルは王立魔術師学校アカデミーの端、ポツリと建っている道場をノックした。


 「どうぞ」


 返ってきたのは、柔らかい声。アイゼルは道場の戸を開けると中には一人の男。正座を組み、アイゼルを見るとわずかにほほ笑んだ。


 「君はⅥ組のアイゼル君だね? どうしてここに来たんだい?」

 「強くなりたいんです」

 「君の魔法は聞いているよ」


 そう言ってノーマンは立ち上がった。ゆらりと、捉えどころのない動きで壁に掛かっている剣を手に取った。


 「入りたまえ」


 アイゼルは一礼して道場に入る。中にはノーマンしかいない。聞いた限りでは他にも弟子がいるとのことだったのだが、今日は休みなのだろうか?


 「賢者と同じ知覚魔法を持ちながら、序列最下位ラストワンにいる君のことは教師の中でも話になっているよ。ローゼ先生が可哀そうだってね」

 「ははっ……。ローゼ先生には迷惑をかけていますよ」

 「僕はそうは思わない」

 「……?」

 「君の魔法は本来戦闘向きじゃない。支援向きなんだ。戦う必要はない。必要のないものが戦いに出るとどうなるかは君がよく知っているだろう? 仲間の足を引っ張って、死ぬ。それが自分だけならまだ良い。味方を、自分の友を殺す羽目にもなる。君は戦う必要はない」

 『おい、聞いていた話と違うぞ』

 (……黙っててくれ)


 冷たく吐き捨てる様にいったノーマンに、アイゼルはまっすぐ向き直った。


 「僕には、僕のやるべきことがあります。それは先生が決めることではありません」

 「ほう、では君の力を見せてくれ」


 そう言ってノーマンから手渡されたのは、一本の真剣。


 「これで僕に一太刀入れてみろ。それで君の本気度を測ってやる」

 「……真剣で、ですか」

 「真剣以外を使う訓練など、訓練にならないよ」

 「分かりました」

 

 静かに息を吐いて、アイゼルがそれに答える。


 「普通の子なら、ここで文句を言うんだけどね。真剣じゃ先生に傷をつけちゃいますって言って」

 「ご冗談を。ノーマン先生がこの程度で傷つくわけがありません」

 「よく分かっているじゃないか。では、殺す気でかかってきなさい」


 彼我の距離は5メル。詰めようと思えば一瞬で詰めれる距離だ。


 「先生」

 「どうしたんだい?」

 「往きます」


 声をかけた瞬間に踏み込み。アイゼルの言葉に意識を取られた瞬間を狙う卑怯な一撃。だが、ノーマンはアイゼルの素人丸出しの踏み込みを容易く回避して、胸にハイキックを叩き込む。


 呼吸がつまる。肋骨の骨折を心配するが立ち上がると何事もない。少し息がし辛いが、怪我はない。アイゼルは剣を構えて、隙を狙う。対するノーマンは相も変わらず捉えどころのない動きでアイゼルと一定の距離を保って歩いている。


 捉えどころがなさすぎて、隙なのかそうじゃないのかがつかめない。


 「……くそっ」

 「来ないのなら、こちらから行きますよ」

 「……ッ!」


 そうだ、別に彼は自分から仕掛けないなんて、一言も言ってないっ!


 瞬きをすると、目の前にノーマンがいた。その事実に恐怖しながらも知覚魔法がノーマンの攻撃範囲を表示。アイゼルはそれに沿うようにしてギリギリを避けると、ヒュパッと空気が斬れる音とともにその軌道上にあったアイゼルの髪が数本切れた。


 ……馬鹿な、手刀だぞ?


 それで髪の毛を斬るような人間がいてたまるか。と思うも、実際問題アイゼルの目の前にはそれをやった男が立っている。自分の手刀が避けられたことが不思議だったのか、首をかしげているノーマンめがけてアイゼルは突きを放つ。


 それを難なく二本の指で受け止めたノーマンはそのまま剣を引いてアイゼルの身体に一撃を入れようとする。だが、その動きは全て知覚魔法によって読めている。来るなら来い、刺し違えてやる。


 だが、ノーマンはふとアイゼルの剣を手放すと距離を取った。


 「怖い怖い。僕の一撃に合わせて反撃しようとしてたでしょ」

 「さて、どうだか」


 そう言ってアイゼルは肩をすくめて見せるが、どうしてノーマンにアイゼルの自滅的な反抗が分かったのだろう?

 

 「君はどうやら僕とは違った形で敵の動きを見ているみたいだね」

 「……ああ、知覚魔法があるからな」

 「なるほど。これは、前言撤回かな」

  

 アイゼルは地面と剣を垂直に立てる様にしてノーマンに飛び込んだ。その瞬間、地面がわずかに盛り上がり重心操作をミスしてアイゼルは地面に倒れ込む。

 

 「汚いぞッ!」

 「僕は魔術は無しとは言っていませんよ。現にほら、君は使ってる」

 「…………」

 

 確かに、アイゼルが知覚魔法を使うならノーマンも魔術を使わねば不平等だ。それにこれはルールにのっとる試合じゃない。腕試しだ。それならば、魔術を使えることに文句を言っても仕方ない。


 アイゼルは地面を腕で弾いて飛び上がると、そのままノーマンに飛びかかった。

 

 その剣の腹をノーマンは叩く。思いっきり剣の軌道をずらされたアイゼルに待っていたのは、ノーマンの拳だった。アイゼルの顔を狙った一撃は、ぶつかる前に寸止めされる。


 「ここまでにしましょう」

 「……はい」

 「動きは悪くありません。しかし、無駄な動きが多すぎです」

 「はいっ」


 肩で息をしながらアイゼルがそう答える。


 「明日から、放課後ここに来なさい」

 「ということは!?」

 「ええ、あなたに剣を教えましょう」

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