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第21話 休日、そしてデート

 『起きろ、おい起きろ。もう朝だぞ』

 「朝ぁ……? いや、今日は良いんだ」

 『何が良いんだ。王立魔術師学校アカデミーに遅れるぞ』

 「いや、今日は休みだ」

 『む? 休みなんてあるのか』

 「だって、ずっと身体を動かしたって効率落ちるだろ? だから僕らには休みがあるの。分かったらもう一回寝させてくれ……」

 『駄目だ。もう昼にも差し掛かるんだぞ』

 「ぐぅ……」


 今日はとにかくやりたいことがあるので、アイゼルは渋々ながら起き上がった。


 『さっさと起きろ』

 「勘弁してくれよ」

 『睡眠欲はそんなに美味くないんだ。もっと美味い欲を食わせろ』

 「悪魔様は贅沢だねえ」

 『悪魔だからな』

 

 少し喋っているとアイゼルの眠気は吹き飛んだ。身体を起こして伸びをすると着替える。


 「遅いから朝食はいいや」

 『三食取っておいたほうが良いぞ』

 「お腹すいてないんだよ」


 アイゼルはそう言って剣を持ち上げると、腰に付けた。うん、落ち着く。既に『狭間の森』から出て一か月以上。『魔劍』はアイゼルの腰に無くてはならない存在になっていた。つまるところ、無いと不安なのである。


 アイゼルは身支度を済ませて外に出た。今日向かうのは市場だ。ここ連日二回も魔人を確保したので王都と王立魔術師学校アカデミーから多額の報奨金を手に入れることが出来た。アイゼルの懐は過去最高に暖かいのだ。


 『無駄遣いするなよ』

 (お前は俺の母親か)

 『無駄遣いは『強欲』だが、その欲は一時的なものだ。風に吹かれて消えてしまうような小さな炎だ。そんなものに飲み込まれるなど愚の骨頂』

 (……む)

 

 そう言われてはぐうの音も出ない。アイゼルはスられないように財布を握りしめると、今日も今日とて盛り上がっている市場に飛び込んだ。


 『相変わらず凄い人の量だな』

 (今日は休日だからな。みんな買い物に来ているんだろう)

 

 アイゼルがまっすぐ向かっているのは装備屋。特殊な剣のホルダーを事前に依頼していたのだ。人の波をうまく使って人並みを泳ぐようにして進むと、すぐに目的地に着いた。


 「おじさーん! 前注文したアレ、もう完成してる?」


 中にはいると誰もいなかったので、アイゼルは大声で中に叫ぶと返事が返ってきた。


 「あん? おう、王立魔術師学校アカデミーの学生さんか。ちょっと待ってな」

 

 装備屋の中から出てきたのは筋骨隆々の男。身長は二メルちかくあり、アイゼルを余裕で見ろしている。王都の中でも指折りの名工だ。常のアイゼルならば、こんなところで依頼するとすぐに素寒貧だが、今日のアイゼルは違う。どれだけ高額でも支払えるだけの自信があるのだ。


 「こいつが、お望みの品だ」


 そう言って装備屋の男に渡されたのは、一つのベルト。アイゼルはすぐにそれを装着すると、『魔劍』をそこにセット。事前に寸法していたおかげでぴったりとはまる。ここまでは想定通り。問題はここからだ。


 アイゼルは剣の柄を握ったまま、サイドに剣を倒すとわずかな手ごたえとともにパキンと小さな金属音をたて剣が鞘ごと、外れた。


 「今までいろんな注文を受けてきたけど、剣を鞘ごと抜けるようなホルダーを作ってくれなんて依頼は無かったよ」

 「凄い取り出しやすいです。ありがとうございます!」


 そう、アイゼルが依頼したのは剣を抜かずに鞘ごと引き抜けるようなホルダーなのだ。この一か月半、アイゼルには剣を抜きたくはないが剣が必要という場面に数多く遭遇した。その時、一々鞘から外していては時間を食って仕方ない。ということで装備屋で依頼して作ってもらうことにしたのだ。


 「ここに暗器を入れられるスペースも一応作っておいたから使ってくれ」

 「ありがとうございます」


 というわけで、十五センほどの針を五本購入。それぞれベルトのホルダーにセットして完了。


 「これが料金ね」


 そう言って提示された金額は、アイゼルの懐に大ダメージを与えた。



 『暗器なんて使えるのか?』

 (あっちの僕ならうまく使うよ)

 『自分のことなのに人任せだな』

 (実際そうだしね)

 

 剣を抜いたままのアイゼルに、記憶はある。それに自分の身体であるという実感もある。ただ、あの時のアイゼルは欲望に忠実になるのだ。どこまでも、どこまでも獣のように欲望を求める。だから、自分のようでいて自分ではないかのような錯覚に陥るのだ。


 あれは間違いなく自分で、そして自分ではない。


 「お、アイゼルなのだ!」

 

 どこかで聞いたことのある声だ。


 「あ、アイゼル君。こんにちは」

 「お-、エーファか。こんなところで会うなんて奇遇だな」

 「そ、そうですね……」

 

 ここ最近、アイゼルとエーファはろくに顔を合わせてなかった。互いが互いにそれぞれ依頼で忙しく、Ⅵ組で少し顔を合わせるほど。ちゃんと顔を合わせるのは久しぶりだったのだ。


 「あっ、そうだ。せっかくこんなところであったんだからさ、飯でも行かね?」

 「ごっ、ご飯? 私と、アイゼル君が……」

 「ちょ、ちょっと待つのだ」


 リーナがそう言ってエーファを連れ去る。どうした?


 (良かったのだ、エーファ。これはチャンスなのだ。アイゼルに会うかも知れないと言って市場にでかけた時には頭がおかしくなったと思ったのだ)

 (ひ、ひどいよ。でも、大きなチャンス)

 (絶対にここを逃すわけには行かないのだ。押して押して押しまくるのだ)

 (うん、が、頑張る)


 時間にしてわずか、リーナが再びエーファを引っ張って戻ってくる。


 「い、行こう」

 「おう。僕が知ってるちょっといいとこに行こう」

 「う、うん」


 アイゼルはそう言って歩き始めた。ただ、エーファは歩くのが遅いからそれに合わせてあげないといけない。


 少し速度を落としてゆっくり歩いていると、ふと人並みにぶつかった。アイゼルひとりなら隙間を縫って進むがエーファと一緒ならそれも出来ないだろう。アイゼルははぐれないようにエーファの手を握ると、自分を盾にして人の隙間を縫っていく。


 『お前……。凄いな』

 (何が?)

 『いや、良い……』


 変な奴だ。


 「そういえば最近調子はどうだ?」

 「え、ちょ、調子? 大丈夫、元気だよ」

 (エーファ、こういうのは近況報告なのだ)

 「そ、そうだよね。あのね、魔人の手掛かりを二件ほど掴んだよ」

 「それは凄い。一人でか?」

 「う、うん。リーナも一緒にいたけど……」

 「エーファも頑張ってるんだな」

 「……うん」


 アイゼルはそのままエーファを連れて昼食を取ったが彼女は顔を真っ赤にするだけで、ちゃんとした会話にならなかった。でも、それは彼女のありのままだから、それでいいと思うのだった。

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