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第20話 王都、そしてソフィア

 臭う下水道の中を歩きながら西側の出口へと向かう。少しだけ成長できたのか、知覚魔法は五つまで表示できるようになっていた。その中に一つ、右下にある数字がアイゼルには気になって仕方がなかった。


 【4.2%】


 この間まで、1.5%だったそれは気が付くとその数字を増やしていた。それが一体、何の数字であるのか。数字を増やしたら何が起きるのかはまだ定かではないが、知覚魔法が表示するくらいなので、重要な情報なのだろう。


 「どこまでいくのさー」

 「こっちだ」

 「くさいよー」

 「文句を言うな。お前だってこの中歩いてきたんだろ?」

 「マスクくらいしてたけどね」

 「…………」


 だがあいにくと、今のニャルンはアイゼルの指示なく勝手な行動をした瞬間に首が爆ぜるようになっている。マスクの一つもつけられやしない。


 「出るまであと少しだろ。その間くらい我慢しろ」

 「もっと人間らしく扱えー!」

 「お前、魔人だろ。少し黙っていろ」


 喋り続けるニャルンを放っておくことにして、アイゼルは西側の出口にやってきた。そこには、既にメリーがいてアイゼルを見るなり飛び込んできた。


 「良かったっ、アイゼルさん、生きてて……」

 「ああ、もう大丈夫だ」


 メリーを抱きしめてアイゼルは頭をなでてやる。それが一体何になるのか。こんなもの、気休めでしかない。だが、家族も仲間も家も無くなったメリーを他にどうしてやればいいというのだ。


 泣き始めたメリーを抱きしめて、アイゼルはひたすらに彼女を慰めてやるのだった。




 「以上で報告を終わります」


 ところ変わって、教務室。いったん、王立魔術師学校アカデミーに帰りニャルンの身柄を引き渡す。その後、たまたま近くを通りかかったソフィアを捕まえてメリーを託すと、アイゼルはシャワーを浴びて臭いを落とし、ローゼのもとにまでやってきたという流れだ。

 

 「ご苦労様。魔人の足取りを掴んでくるだけで良いと言ったけど、まさか捕まえるとはね……」

 「偶然ですよ」

 「『狭間の森』の特訓が効いたかしら」

 「ははは……」


 アイゼルが乾いた笑みを浮かべる。あながち間違ってはいないが、狭間の森に行ったというよりもグラゼビュートと出会った方が大きい。


 「ひとまず、お疲れ様。それで、報告にあった獣人の子供は?」

 「今は序列一位に預けています」

 「それは安心ね。けど、魔人が一人でも捕まったってのは大きいわ」


 そう言って大きな胸を揺らしてため息をつくローゼの机には元の机の表面が見えないほどに積み上げられた報告書の山。


 「これは全部魔人関係ですか?」

 「そ。王都の転覆を狙うとかなんとかで色んなところで暴れてんのよ」

 「……それはまた、大変ですね」

 「大変ですめば楽なほうよ。王立魔術師学校アカデミーなんていまろくに授業出来ていないもの。魔人相手でいっぱいいっぱいよ」

 「あれ? Ⅵ組(ウチ)だけじゃないんですか?」

 「そんなわけないでしょ。ⅠからⅤまで班を組んで王都中の異変に対抗してるわよ」


 そう言ってローゼが渡してきたのは報告書の塊。あ、いま胸が揺れた。


 「目を通してみなさい」

 

 そう言われて目を通すと、中には王都の犯罪率の上昇と不気味な犯罪の数々が列挙されていた。


 妊婦ばかりを狙った殺人事件。殺された妊婦たちは皆、中から赤子を奪われていた。

 賭けを挑み、負けた相手の心臓を奪うという男。被害者は30人を超えたらしい。

 子供を連れ去り、生きたまま弄ぶ女。死んだ子供は教会に吊るされていたという。

 共同墓地から死体を盗む女。墓守は皆殺され、墓地を守る者はいないという。

 平然と街中で起こる殺人。いつ行われるか分からないため王都民は外に出歩けない。

 

 等々、他にも様々な事件が羅列されていた。


 「……これがここ一か月で起きた事件ですか?」

 「一か月で起きて、今も起きている事件よ」

 「……治安悪いっすね」

 「悪くなったのよ。まあ、元々ちゃんと犯罪率を計測しないことであやふやにしてきたツケが出たのかもね」

 「何をやってるんですか」

 「そういうのは上に言ってちょうだい」

 「確かに」

 「んで、それで一番たちが悪いのが、その犯罪のほとんどが魔人にとって力をため込む行為に当たるの。他のは快楽殺人とかでしょうね」

 「今回の件もそうですよね」

 「そうね。『色欲』の眷属化……。本来、眷属化は禁呪のはずだし、それが薬一つで出来る様になるだなんて考えられないけど……」

 「魔人の力のせいでしょう」

 「それ以外考えられないわ。それに、あの男が動いていないことも不気味だわ」

 「あの男?」

 「今回の首謀者よ」

 「首謀者まで分かってるんですか!?」


 思わずアイゼルは大声を上げる。何故、首謀者が分かっていながら何もしていないのか。

 王家直属魔術師部隊ロイヤル・ウィザードと言えば時には手段も選ばぬ強硬姿勢で良く知られている。彼らならばこの一件、なんとしてでも解決せんと動くだろう。


 「ちょっと、疲れてるんだから大声ださないでよ……」

 「あっ、すいません……」

 「まあ、それは良いんだけど。首謀者が分かっているって言っても顔と名前だけよ?」

 「十分じゃないですか」

 「そうねえ、アイゼル君の知覚魔法がもっと強くなって顔を見せただけで相手の場所を教えてくれるほどになれば良いんだけどねえ」

 「ぐっ……」

 

 恐らく、剣を抜けばそれも出来るだろう。アイゼルにはそう思えるだけの奇妙な直感があった。だが、ここで剣を抜けば起こるのは一瞬で鎮圧されるアイゼルだ。場合によっては、グラゼビュートと別れなければいけなくなるだろう。


 それは、出来ない。今のアイゼルに『魔劍』を手放して落第を回避する手段がない。剣を抜いた際の被害を考えても、落第を回避したいというアイゼルの欲求の方が上だ。


 『ふむ、案外良い欲望ではないか。美味いぞ』

 (そりゃどーも)

 

 どうやら、アイゼルの王立魔術師学校アカデミーへの執着はそれなりの欲らしい。


 「それは冗談だから、君はもう帰っても良いわ。お疲れ様」

 「お疲れ様です。失礼します」


 そう言ってアイゼルは教務室を後にした。外は夕刻。報告書をまとめるのに幾分か時間がかかってしまったが、今日の授業は終わりで卒業に必要な単位は手に出来た。


 だというのに、この虚無感は一体何だというのだろうか。


 『殺すときにためらうなとは言ったが、殺した後に悲しむななんて言ってないぞ』

 (……別に、悲しくなんてないさ。ただ、ちょっと寂しいだけだ)


 この世界の死亡率は高い。ワクチンも、抗生物質もないため、伝染病が流行ればたちまち大勢の人が死ぬ。凶作になれば、多くの人が餓死をする。魔術はその一切が相手を害することを目的としているので、人を助ける魔術師はそう多くはない。だから、この世界において誰かと死別するというのはそう珍しい話ではない。それが、己の手によるものだとしてもだ。


 「む? あーくんではないか」

 「ああ、ソーニャか。メリーは?」

 「ここだ」


 そう言って指したのは、ソフィアの足元にいる少女。しかしその頭には彼女のトレードマークである犬の耳がない。


 「この間『疑惑の指輪』というものを手に入れていてな、ソイツを使えばたちまちこうだ」

 「……すげえな、お前は」

 「何、気にすることは無い。あーくんの頼みだ。存分に力を貸そう」

 「助かるよ。ソーニャ」

 「ふふっ、気にするな」


 確かに人間のように見えるなら、外を歩いていて何かを言われることは無いだろう。


 「ああ、そうそう。私がこの子を引き取ることにした」 

 「そうか、それが良い……うん?」

 「何しろ、この私が一番安心だろ?」

 「まあ、そりゃそうだけど」

 「心配しすぎだ。あーくんの知り合いなのだろう? 丁重にもてなすさ」

 

 ソフィアは人種差別を行わない。それは、彼女にとってそこいらの人間も亜人も取るに足らないという理由でだ。だが、差別を行わないなら、今回の件には適任と言えるだろう。

 アイゼルも亜人を受け入れてくれる孤児院を探さねばならないと気を重くしていたところである。


 「なら、ソーニャに任せる」

 「うん、存分に任せてくれ。時々見に来てくれてもいいのだぞ」

 「ああ、そうさせてもらうよ」


 その時、ソフィアが小さくガッツポーズ。


 『こやつ、お前を部屋に誘う口実に子供を使いおったぞ』

 (何で僕を部屋に呼ぶんだ?)

 『察しろ。その程度のことは魔法を使わずに出来る様になっておけ』

 

 グラゼビュートの言葉に首を傾げながらも、アイゼルは日が沈む前に家に帰ろうと帰路へとつくのだった。

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