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第19話 魔人、そして触手

 「何だ。テメエ」

 「僕の触手ちゃんを殺しておいて、なんたる言い草っ!!」


 下半身触手男はそういって憤慨する。


 「テメエが勝手に眷属化してたんだろうがよ」

 「うんにゃ? だって、ここの人たちが王都をひっくり返したいっていうんだもん。力を貸しただけだよーん。まあ、ちょっとは僕好みにしたけど」

 「あの雑魚のどこに王都をひっくり返す要素があるんだ?」


 そう言ってへらへらと笑い続けるアイゼルに、触手男は激高した。


 「ぼぼぼ、僕の触手ちゃんを馬鹿にしたなっ!?」

 「気持ちわりーよ、お前」


 そう言ってアイゼルは踏み込んだ。瞬間、世界からわずかにアイゼルの姿が消える。それは超速の世界に生きる者しか捕らえることの出来る速度。彼我の速度を零にして、触手男の首を落とさんと飛び込んだアイゼルの剣はしかし、男の触手によって止められた。


 「あん?」

 

 そのまま、アイゼルは地面に叩きつけられると追撃の触手が飛んでくる。だが、この状態のアイゼルにとってそれらすべては恐れるに足らぬ物。最小限の身体の動きで回避すると、地面に叩きこんだ状態の触手を全て斬り落とした。


 「邪魔だ」

 「ひえっ……」

 「死ね」


 アイゼルが飛び込もうとした瞬間に、脚に何かが抱き着く。見ると、橙色をした不定形の塊。従魔フォロワーだ。


 「離れろッ!」


 アイゼルは従魔フォロワーを蹴り飛ばすと、壁に叩きつける。


 「元は知り合いだってのに、冷たいねぇ」

 「るせぇッ!」

 「かもーん、触手ちゃんたち!!」


 その声とともに、壁を破り天井を破り、地面を破って獣人たちの成り果てが部屋に飛び込んでくる。


 「ここで初めましてだ、剣士君」


 アイゼルは知覚魔法に導かれるまま剣を振るう。それが最速に従魔フォロワーを狩り取れる剣筋だからだ。


 「僕は魔人。『従三位ベータ・サード』のニャルン・クルン。以後、よろしく」

 

 そういって慇懃無礼に礼をする。


 「テメエはここで死ねッ!」


 アイゼルはそう言って叫ぶが、いかんせん従魔フォロワーの数が多い。この中には長老やガルパのようにアイゼルの知り合いだった者がいるのだろう。アイゼルと言葉を交わし、食事をともにし、空を再び見ることを望んでいた者がいるのだろう。


 だが、それがどうしたというのだ?


 眷属になってしまっては、もうそれらを思い返すことは無いのだ。つまりはそこで死んでいるともいえる。


『そっちのお前は非情だな』

(お前は黙ってろ)


 アイゼルはグラゼビュートを黙らせて、剣を振るう。縦に、横に、斜めに従魔フォロワーを切り裂き、橙色の返り血を浴びながらアイゼルは嗤った。


 「ハハハハッ! 楽しいなァ!!」

 「ひょえっ……」


 ニャルンは触手を王都転覆の戦力にしようと考えていた。一体一体が獣人の力を有し、ニャルンの言葉を全て聞き入れる兵士として運用するつもりだった。だが、結果はどうだ。


 王立魔術師学校アカデミーの学生一人に殺しきられている。


 「うーん、これは計画外だなぁ……」


 彼は単独で動いているわけではない。『悪鬼の爪ディアボロ・エル・カローヴォ』の指示によって動いているのだ。王都は、不安定な街だ。故にそのひずみを用いる。いま、王都には数多くの魔人が集まり、とある男の指示の元、この国をひっくり返すために動いているのだ。


 当然、王立魔術師学校アカデミーか、王家直属魔術師部隊ロイヤル・ウィザードの介入が入ることは予想の範囲内だった。だから、


 「一番隊から五番隊までと、序列十位までの対策はしてきたんだけどなぁ……」

 

 まさか警戒もされていないただの剣士にここまでやられるとは予想外である。


 アイゼルは五分もかからずに、獣人たちを殺しきると目の前の男に向き直った。


 「これで邪魔も無い」

 「後学のために、君の序列を聞いておきたいんだが」

 「序列最下位ラストワンだ」

 「うっそだぁ……」


 そんなもの、警戒対象に入るわけがない。とんだダークホースというわけだ。


 「まあ、ここで消してしまえばどうでも良いことだ」

 「奇遇だな。俺も全くおんなじこと考えていたぜ」

 

 ニャルンの触手は、アイゼルが斬り落としたはずなのに綺麗にそろって生えていた。


 『再生型か、面倒だな』

 (一気に叩けば問題ない)

 

 ニャルンの触手が一本、持ちあがる。だが、知覚魔法にはなにも表示されない。ということは攻撃ではないということか。そう思ったアイゼルが飛び込む前に、ニャルンは何本も触手をアイゼルめがけて放ってきた。


 それを避け、斬り、弾いて本体に近寄るが、刹那目の前が表示アシストによって真っ赤に染まった。――赤は死のサイン。


 アイゼルはすかさず地面を蹴ると、その瞬間に先ほどまで持ち上げられていたニャルンの触手がアイゼルが立っていたところを穿っていた。遅れてパァンと空気が破裂した音が響く。


 いや、文字通り空気が破裂しているのだ。


 『音が遅れて聞こえたな』

 (音速を超えているってことか。面倒だな)

 「今のを避けるの!? 勘弁してよぉッ!!」


 そういうニャルンの顔には笑み。別に今のを避けられたところで痛くもかゆくも無いのだろう。何しろ、

 

 「お前、いまの溜めずに撃てるんだろ?」

 「チッ、バレてるのか」


 そう、先ほど一本掲げたまま放置したのは音速を超える突きを撃つのに溜めがいるとアイゼルに錯覚させるため。


 「グラゼビュート、俺の身体を強化しろ」

 『お前の殺戮欲は美味かったぞ』


 刹那、アイゼルの全身が二回りほど大きくなると、元の大きさに引き締められる。身体強化された筋肉がアイゼルの邪魔にならないように引き絞られたのだ。ギリギリと、弓を引き絞るときのような音を響かせて、アイゼルが一歩動かした。


 その瞬間、アイゼルの目の前に浮かび上がるのは十三の表示アシスト。どれもこれも、音速を超える突きの攻撃予測範囲だ。


 「グラゼビュート、面白いモン見せてやるよ」

 

 刹那、ニャルンが笑いながら放つのは十一の凶弾。どれもこれも、当たれば人間の姿をとどめることなく散るであろう一撃。砲弾の海に飛び込むかのような狂気を持って、アイゼルは踏み込んだ。


 一本目は頭部を狙った一撃。首を傾け斬り落とす。

 二本目は右腕を狙った一撃。一本目から流れる様に振り下ろして断ち切る。

 三本目は腹部を狙った一撃。剣を縦にして触手を両断する。

 四本目は左腕を狙った一撃。剣の腹で弾き上げる。

 五本目は左肩を狙った一撃。打ち上げられた四本目とぶつかってあらぬ方向に飛ぶ。

 六本目は右足を狙った一撃。アイゼルはそれを踏み抜くと、前に進む。

 

 その瞬間に、残った触手が全ての機動を変えて背後からアイゼルを狙う。


 七本目は背骨を狙った一撃。背に剣を置き、両断。

 八本目は左足を狙った一撃。強化された足で蹴り飛ばす。

 九本目は心臓を狙った一撃。身体をそらし、脇の間を通り抜けさせる。

 十本目は頸椎を狙った一撃。上体を倒して回避。

 十一本目は股間を狙った一撃。剣で地面に縫い付ける。


 「これで、お前の触手は無くなった」


 そういって犬歯をむき出して笑うアイゼルに、流石のニャルンも笑顔のまま固まった。


 「……化け物かよ」

 「そう言われるのは初めてだな」

 

 その声が聞こえてきたのは、ニャルンの背後から。剣は既に首に回されている。


 まったくもって、見えなかった。


 ニャルンの背筋に冷たいものが流れた。


 「……降伏するよ」

 「いや、ここで殺すぞ?」

 「なんで!? 投降したじゃん!!」


 あっさりそう言い切ったアイゼルに、グラゼビュートが語り掛ける。


 『証人を殺す馬鹿がどこにいる。それにコイツを持ちかえれば落第の危機も少しは改善するかも知れないぞ』

 (……ケッ)


 グラゼビュートが正論しか言わないので、アイゼルは舌打ちをして剣を収めた。


 「とりあえず、逮捕だ」

 「こ、殺さないのね。良かったぁ……」

 

 心の底から安堵しているように見えるニャルンに犯罪者用の首輪をつける。これを付けられた相手は魔術を使った瞬間に首輪が爆ぜて死ぬ。そう言う風に作ってある。


 「とりあえず、これから王立魔術師学校アカデミーに行くから余計なことすんなよ」

 「あいあいさー」

 

 やけになった魔人とともにアイゼルは王立魔術師学校アカデミーへと向かうために西側の出口に向かった。

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