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第18話 牢屋、そして触手

 目を覚ますと、アイゼルは牢屋の中にいた。だが、牢の鍵は開いておりアイゼルは投げこまれたというよりも、牢屋に寝かされたという感じだった。


 「……何時間寝ていた」

 『まあ、三時間と言ったところだな。ひどいものだ』


 ひどいとは、一体何がひどいのだろうか。グラゼビュートの言葉はアイゼルの無力を責めるだけではないような気がした。


 「とりあえず、ここを出よう。長老たちが無茶してないと良いけど……」

 『まあ、待て。お前に一つ聞きたいことがある』

 「何だよ……」


 その瞬間、爆発。アイゼルが寝ていた牢の目の前の壁が砕け散り、瓦礫が霧散する。その瞬間、目の前に倒れ込んだのは十歳くらいの獣人の少女。


 「おっ、おい。大丈夫か!?」

 「げほっ、アイゼルさん……助けて」

 

 そういって腕を伸ばす彼女の手を取り、背負い込む。一体、何が起きた。


 『今、現状把握は最もやらねばならないことだ。それを怠るな』

 (分かってる)


 そう言ってアイゼルは『知覚魔法』を発動。世界がわずかに広がる。だが、知ることを恐れるアイゼルに待っているのは、三つしかない表示アシスト。だが、ここから逃げ出すのはそれで十分だ。


 目の前にいるのは、一体どこから入ってきたのか全身に触手を生やし粘液とともにこちらに迫ってくる橙色の不定形の化け物だった。


 「あれは何?」

 

 アイゼルは少女を抱え走って牢屋を逃げだすと、目の前にはその不定形の生き物が三体。それを飛び越えて、隣の部屋に飛び込むとそこには五体ほどの生き物がうろうろしていた。


 「分かんない……。でも、気が付いたらみんながあの姿に……」

 「みんなって……」

 「みんな、ああなっちゃったの。パパも、ママも、長老様も……」


 少女はその変わりゆく瞬間を見ていたのか、身体を震わせた。


 『『色欲ラクシュメダイ』の眷属だな。一度あの姿になると終わりだ。殺すしかない』

 (そんな……)

 

 グラゼビュートの非情な宣告。


 (治す方法は無いのか)

 【Not,Found】


 知覚魔法にも否定される。ということは、この世界には眷属化した人を治す手段は見つかっていないということ。


 殺すのか、僕が……。


 みんな、お世話になった人たちだ。村の子供たちとはぐれたというアイゼルを応援してくれていた優しい獣人たちなのだ。


 『待て、どうしてその子供は眷属化していない』

 「……っ、確かに。君はどうしてあの姿にならなかったんだ?」

 「……三日前に、ひとりのおじさんがやってきたの。私たちの味方だっていって、ここに入ってへんな薬を長老に渡したの」

 「それを、全員が?」

 「うん。強くなる薬だって言って。これがあれば王都を乗っ取れるって」

 「それで……こんな姿に」

 『薬だけで眷属化は不可能のはずだが……。何者だ。その男』

 「それで、効果は三日後に出るからって大人たちは今日を楽しみにしていたの。これで晴れて空の下で暮らせるって」

 『普通なら、そんな男が渡す薬は飲まないだろうが……』

 (大方、魔術だろうな)

 『ああ、そうだろう』


 精神干渉系の魔術なら、あり得る話だ。相手に洗脳をかけ、自分の喋っていることを信じ込ませる。だが、一体なんのために眷属化を?


 『気を付けろ。眷属には、付き従う従魔フォロワー主魔リーダーがいる』

 (……こいつらは従魔フォロワーか?)

『そうだ。従魔フォロワー主魔リーダーの命令無しに動かない。いま、お前たちが本気で狙われていないのは、そういうことだ』


アイゼルはまっすぐこの部屋からの逃亡を図っていた。この状態のアイゼルでは子供を守りながら戦うなんてことは出来ないし、剣を抜いた状態でも出来ないだろうからだ。


 部屋を三つ抜け、廊下を走り出口に向かう最後の部屋に飛び込んだ瞬間だった。ふっと、目の前に振り下ろされたのは橙色の鞭。知覚魔法によって数瞬早くそれを知っていたアイゼルはバックステップでそれを避けると、その元凶を見た。


 全長は八メル。ぶよぶよと不定形の身体を揺らし、全身から生やした触手を震わせて、アイゼルと少女を見下ろしていた。


 「……こいつが、主魔リーダーか」

 『恐らくな』

 

 距離をとって、敵を観察していたというのに視界に表示されたのは触手の攻撃範囲。慌てて身体をそらすと、砲弾のような触手が飛んできた。触手はアイゼルたちに当たることなく、壁に激突すると石の壁を砕いて止まった。


 「……当たるとやばそうだ」

 『お前には魔法があるだろう』

 

 それはそうなのだけど。


 主魔リーダーはアイゼルに狙いを済ませたのか、目の前に三つの表示アシスト。どれもこれも、触手の攻撃位置。アイゼルは少女を抱えたままその全てを回避するが、知覚魔法に映らぬ触手の一撃を腹部に喰らった。


 「……ッヅ!!」


 少女にダメージが行かぬよう、一生懸命歯を食いしばって耐える。


 『ふむ、主魔リーダーには人間を攻撃するよう強い催眠がかけられているな』

 「……なるほど」

 

 これまでの短時間で敵を分析したグラゼビュートに教えられる。本当は、一人でしなければいけないことだ。


 「メアリ、これから僕が時間を稼ぐ」

 「……うん」


 アイゼルは少女を背から降ろすと、剣を鞘ごと腰から外した。


 「君はあの出口から外に出るんだ。もし、僕が生きていたら西の出口で落ち合おう。僕が死んだら王立魔術師学校アカデミーに行くといい。そこにソフィアという人がいるから、彼女を頼れ」

 「……分かった」


 本当に分かったのかどうかは定かではないが、彼女はひとまずそれで頷いた。


 「往くぞ」

 

 アイゼルは地を蹴った。こちらに接近する人間を殺そうと、触手を放つ主魔リーダーの動きはわずかだが、分かる。


 アイゼルめがけて放たれた砲弾のような触手を剣で弾くと、懐に飛び込む。そして、知覚魔法によって表示された弱点めがけて剣を突き刺す。主魔リーダーが身体を激しく振るわせた。


 『効いていないぞ、アイゼル』

 (分かってるっ!)


 こんなもので有効打になるはずもない。アイゼルは追撃に移ろうと瞬間に、表示されたのは逃げ出すメアリを狙おうとする主魔リーダーの動きだった。


 (……クソがっ!)


 アイゼルは筋肉の力を振り絞って飛び上がると、空中で主魔リーダーの攻撃を喰らった。岩をも砕く触手を二本も食らったアイゼルは壁に叩きつけられる。だが、その瞬間にメリーは外に出た。


 『そういえば、まだ聞いていなかったな』

 「……何だ」

 『殺せるのか、お前に』


 どこまでも非情な声。だが、それはこの場で答えを出さねばならぬ問いである。


 「……やる。それが王立魔術師学校アカデミーに通う者の義務だ」

 『そうか。なら、躊躇するなよ』


 アイゼルは一歩踏み込んだ。その瞬間、5つ(・・)表示アシストがポップアップ。少しばかり増えた情報量にアイゼルは感謝しながら、地を蹴って飛び上がる。アイゼルに狙いを済ませた触手を空中で弾いて、その反射でさらに宙浮かぶと剣を抜いた(・・・・・)


 その瞬間に、アイゼルの目に映るのは12通りの剣の筋。そのどれを通っても、ここで主魔リーダーを完全に殺しきることが出来る剣筋だ。その中の一本をアイゼルは躊躇いなく選ぶと、綺麗に主魔リーダーを斬り殺した。


 『ふん、何をするかと思えばそっちの人格に任せるか』

 「馬鹿か、こっちじゃねえと斬れねえだろ」

 『まあ、そういうことにしておいてやろう』


 とりあえずの脅威は去った。だが、アイゼルは剣を収めようともしないし、グラゼビュートも何も言わない。何故なら、


 「そぉんなぁぁああああああああああああ」


 奇声を上げながら飛び込んできたのは、上半身は裸で下半身のほとんどを触手で覆った一人の男。


 「僕の触手ちゃんが、嘘だぁぁああああああああ」


 この顛末の元凶にして、変態がそこにいた。

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