第16話 アイゼル
少しでも気分が悪いと、いつも同じ夢を見る。まだ、アイゼルが世界を見ていたころ。
まだ、【知覚魔法】が楽しかったころの夢だ。
アイゼルが生まれたのは王国の辺境。魔物も出るが大抵は弱く、村人たちは冒険者には頼らず自分たちで狩っていた。困ったことと言えば、田舎すぎたこと。でも、大地が豊かなおかげで生活には困ることは無く、肉は魔物や動物の肉を食べて子供たちはすくすくと育っていた。
物心ついたとき、アイゼルには人には見えない物がたくさん見えていた。例えばそれは、動物が畑を荒らすであろう場所と範囲。あるいは、井戸をほれば確実に水が出てくる水脈の位置。そして、突発的に振ってくる雨の日にちと降水量が彼には見えていた。
村人たちはアイゼルを持ち上げた。アイゼルがいると、村は安泰だと。彼のおかげで村人たちは楽が出来ると喜んだ。アイゼルも、自分の魔法がこの村人たちの役に立つことがとてもうれしかった。
小さなころ、アイゼルは子供たちの中で一番勇気がある子供たちのリーダーだった。
「冒険しよう!」
そう言って子供たちで森に潜って、親にバレてしこたま叱られることも少なくなかった。
アイゼルは、両親に森は危ないから入ってはいけないと何度も言われていたが、【知覚魔法】がある彼にとっては危険な場所など手に取るように分かるため、何が危ないのかが分からなかったのだ。
アイゼルは幼馴染の少女が好きだった。その子はメリーと言って、犬の耳と尻尾を生やした獣人だった。彼の村は王都から離れており、亜人種を禁忌とする風習が伝わっていなかった。いや、伝わっていたのかも知れないが、村の大人たちはそんなものを受け入れなかったのかも知れない。
今においてはそんなこと、どうでも良いことだ。メリーはとても暖かい女の子だった。アイゼルはいたずらがバレて親に怒られたあと、いつも優しく彼をなでた。彼女に撫でられるのは、とても恥ずかしかったがそれでも不思議とアイゼルを受け入れてくれている優しさを彼は受け取っていた。
お互いの未来についてアイゼルは何も言わなかったし、メリーも何も言わなかった。でも、不思議とアイゼルは彼女と一緒になるんだろうと思っていた。その村では、亜人と人間の夫婦など珍しくも無かったからだ。
ある日、ある朝のこと。目を覚ますと両親の頭上に謎の数字が現れていた。それは赤と黒で表示され刻一刻と数字を減らしていた。怖くなってアイゼルは外に飛び出すと、全ての村人たちの頭上にその数字が表示されていた。怖かったのは、村人たちの数字はほとんどが同じで、同じ時間にゼロになることがとても怖かった。
何のカウントダウンか、【知覚魔法】は教えてくれなかった。教えてくれたのかも知れないが、幼いアイゼルはそれを受け入れたくなかったのかもしれない。ただ一つ分かっているのは、その時頭上にその数字があった人は、みんなそれがゼロになると同時に死んだということである。
アイゼルはその数字がない人を探して村の中を歩き回った。そして、分かったのは子供たちにはその数字がない、ということだった。どうして子供に無くて、大人にあるのかアイゼルはそれが理解できずに、誰にも相談できなくて怖かった。
その日は、村で10を迎えた子供たちが近くの街の神殿で悪魔と契約する日だった。子供たちは魔術が使える様になることに喜びをあらわにして、はしゃいだ。
「これでアイゼルに追いつける!」「見とけよアイゼル。俺が最強になるからな!」
子供たちが口々に言うのは、アイゼルの名だった。そのことに彼は少しの恥ずかしさと誇らしさを持って彼らを見送った。メリーは最後までアイゼルに魔術のことを何も言わなかった。それがどうしてなのかは彼には分からない。ただ、子供たちを乗せた馬車がその村に戻ることは無かった。
アイゼルはその日、初めて一人になった気がした。
村の大人たちは畑仕事に出ているし、子供たちは神殿に行った。することも無いから、納屋で藁にくるまってうとうとしていたら、眠ってしまっていた。それが、アイゼルにとって最大の幸運であり、不幸の始まりであった。
目を覚ますと、真っ暗になっていてアイゼルはまた両親に怒られると身を固くしたが、それよりも夜なのに周囲が明るく、熱いことに気が付いた。外に出ると、村の全てが焼かれていた。
家も、畑も、納屋も、何もかもが燃やされていた。村の大人たちがどこにいるのかは、【知覚魔法】が教えてくれた。
アイゼルはこの夢を見るたびに、どうしてここで両親のもとに向かったのかを何度も自責する。
【知覚魔法】が教えてくれた先にいたのは、一か所に集められて魔人に燃やされる村人たちの姿だった。
【知覚魔法】は丁寧にも、誰が死んだのかを誰かが死んだ瞬間に教えてくれた。それがどういう状況なのかも。どういう苦しみを負ったのかも。
「うわあああああああああああっ!!!」
燃える村人たちに何もすることが出来ずに、たまらず逃げ出したアイゼルの声に気が付いた魔人はアイゼルに向かって魔法を放った。
しかし、【知覚魔法】がその攻撃の全てを教えてくれる。その魔法を躱すと、まだ火のついてない納屋に隠れた。一つの場所に閉じこもるというのは悪手であるが、幼いアイゼルにそんなことは分からなかったし、分かりたくも無かった。心のどこかで、大人たちと同じように死ねることを期待していたのかもしれない。
だが、現実問題としてアイゼルは助かった。アイゼルが隠れた納屋に魔人の攻撃が放たれる寸前、納屋は三つの魔術によって守られた。
そして、炎を操る魔人『イグザレア・アラート』を殴り飛ばす王家直属魔術師部隊の姿をアイゼルは見た。
隊員たちはアイゼルを保護しながら、出来るだけ二人の戦闘に巻き込まれないようにその村から逃げ出した。いかに最強の部隊にいる隊員たちも、その両者の戦闘に割り込めるほどの強者はおらず、またその戦闘から完全にアイゼルを守れるだけの力を持つ者はいなかったのだ。
丸一日をかけた戦闘は、両者の痛み分けで終わった。それは両者に一生残らぬ傷を残し、半径5キル内を更地にし、またこの件で『流星』の隊長は、その座を降りざるを得なくなった。
アイゼルは王家直属魔術師部隊に保護され、その後村の顛末を聞かされた。村の大人たちは全滅。ローゼとイグザレアの戦闘で骨も残らず消えたと。村の子供たちは街に向かう途中で盗賊に襲われた。御者を務めていた村人は殺され、子供たちは全員どこかに誘拐されたと。
そして、アイゼルは世界を見ることをやめた。それ以来、彼の【知覚魔法】によって表示される表示の数は三つか四つになってしまったのだ。
「…………」
目を覚ますと、自分のベッドの上だった。嫌なほど汗をかいている。不快なのでシャツを脱いで洗濯籠に投げるとアイゼルは水を飲むために立ち上がった。
その後、アイゼルが預けられたのがメイソン家、ソフィアの家だった。ソフィアは、心を塞いだアイゼルの心を長い時間をかけて溶かしてくれたのだ。そして、王立魔術師学校の門を叩くきっかけにもなってくれた。ここにくればもしかしたら、子供たちの行方を知っている人間がいるかも知れないと。
そして、一年かかってつかめた村の子供たちはそのほとんどが奴隷におとされ違法な労働力として働かされていた。アイゼルは彼らを奴隷から解放するために、金をためているのだ。
「はやく、金をためないと」
紅竜の素材はほとんど売り払った。それでも、いま行方をつかめている子供たちを解放するにはまだ足りない。それにまだ行方が分かっていない子供たちを見つけるために情報屋に依頼しようと思うと、もっと欲しい。アイゼルにとって恐ろしいのはまだ、メリーが見つかっていないことなのだ。
「頑張らないと」
アイゼルの独り言は、部屋の中に小さく響いて消えて行った。