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第15話 治療、そして決意

 「……ッ!」

 

 目を覚ますと、窓から夕焼けの光が差し込んでいた。天井はとても見慣れた大理石。アイゼルが寝ていたのは王立魔術師学校アカデミーの保健室のベッドの上だった。その隣には、エーファとソフィア。そして、なぜかアイゼルの腹の上に『魔劍』が横に置いてあった。


 「ここは……?」

 「やあ、やっと起きたね。『孤高の女王アブソリュート・クイーン』も加減というものを知らない」

 

 声の主に目をやると、保健室に常駐している魔術医の長。メイベル・アリソンだった。授業中に死傷者が出ることもある王立魔術師学校アカデミーの保健室において学生の頃から長を許されているほどの実力者。嘘かまことか知らないが、上半身と下半身に分かれた人間の身体をくっつけたなんて噂もある。


 「それとも、『孤高の女王アブソリュート・クイーン』が加減出来ないほど君は強いのかい? 『序列最下位ラストワン』」

 「……強かったら、僕は最下位やってませんよ」

 「うん。そりゃそうだ。あんまりローゼを泣かすんじゃないよ。ああ見えて心配性なんだから」

 「分かっています……。ローゼ先生にはお世話になりっぱなしなので……。それで、僕はいったいどうしてここに?」

 「逆に聞こう。君にはどこまでの記憶がある?」

 「えっと……。ローゼ先生に今日は課外授業と言われて闇市場ブラックマーケットまで行って、そこで悪魔の力を売買をしている男を確保するミッションでした」

 「続けて」

 「僕はとある男が怪しいと睨み、その男に接触しましたが。その男に騙されて、テントの中に入り、そこで紅竜と出会いました」

 「それで?」

 「その後、剣を抜いたんですが……。そこから記憶がありません……」


 その瞬間、アイゼルのベッドの周りにあったカーテンが開かれた。


 「報告書通りね」

 「ローゼ、いたのか。もっと落ち着いて入ってきなさい」

 「会議を切り抜けてきたの。それで、報告書によればテントの中に竜がいたと書かれているのだけどほんとはどうだったの?」

 「中には、草原の地平線が広がっていました。山も川も湖も無く、ただまっさらな草原がそこに広がっていました。しばらくして紅竜が僕に襲い掛かってきたんです」

 「ふむ。空間の上書きね……。五大悪魔の契約者では無理、か」

 「そうか? 一応、『嫉妬アヴァリタン』の契約者でも可能ではあるぞ」

 「空間操作にまで手を出せる魔術師なんてこの国にはいないわ。『流星スターダスト』の中にもね」

 「魔法使いがいるだろう」

 「……ええ、そうね。その可能性はあるわ」


 魔法使いとは、生まれながらにして魔術を使える者をさしてそう呼ぶ。例えば賢者は魔法使いであるし、アイゼルも魔法使いではある。そして、魔法使いの中でも人に害を与える者を『魔人』と呼ぶのだ。


 「そう言えば、占い師の男はどうなったんですか?」

 「エーファとリーナが捕まえたわ。今はⅣ組の生徒たちによって自白させられている頃でしょうね」


 Ⅳ……。『色欲ラクシュメダイ』の生徒たちか……。あの生徒たちは喜々として精神干渉系の魔術を行使してくるからアイゼルは彼らが苦手である。


 「さて、私はそろそろ仕事に戻るよ。今日も攻撃魔術師どもが馬鹿みたいに怪我しているんでね」


 そう言って肩をすくめてメイベルは笑うと、他の患者の場所に向かった。


 「それで、悪魔の力を売買していたのは……」

 「その男は別件で捕まったわ。悪魔の力なんて嘘っぱちで、本当は潜在能力を解放させる魔薬ポーションを売っている売人だったの」

 「売人……」


 結局アイゼルが目を付けた男は今回の依頼とは無関係の男だったわけである。


 なんか、こうまで上手くいかないと……傷つくなぁ。


 「けど、お手柄よ。アイゼル君」

 「はい?」


 アイゼルは自分の耳に入ってきた言葉が理解できずにローゼに聞き返した。


 「お手柄?」

 「そう、お手柄」

 「あの男の犯行は、明らかに単独犯の出来るものじゃないわ。例えばあなたが倒した紅竜を捕まえるのは、空間偽装の男には厳しいものがあるでしょ?」

 「まあ、それは確かに……」


 紅竜を捕まえるだけなら、空間偽装だけでも行けるかもしれないが、道中が厳しい。


 「それに、あの男は未登録の魔法使いだった。この意味は分かるわよね?」


 その言葉にアイゼルは頷く。

 この国の国民は10歳の時に悪魔と契約するが、それよりも前に魔法が使える子供は魔法使いとして王都が登録するのだ。

 それは、魔法使いが隠し玉として戦争で使えるからである。五大悪魔の契約者の魔法は数が多いがその分他国に対して対処法が知られている。だが、魔法使いは生まれながらにして自分だけの魔法を持っている者たちである。戦争に(のぞ)むまで、王国側がどんな魔法をもっているかは、他国には知られないのだ。


 それゆえに、未登録の魔法使いということは王国の人間ではないかあるいは、戸籍が抹消された人間となる。王国の人間でないなら、他国の貴重な戦力を一つ奪ったということになるし、戸籍が消えていたということは洗脳・・して、王国の戦力とすることも出来る。


 魔人であるなら、なおさら王国にとってはメリットしかない。何しろ、王国の治安はよくなり戦力が手に入る。


 「あなたは今回の依頼を達成できなかったけど、王国にとって大きなメリットをもたらしたの。あ、そうそう。あなたが倒した紅竜の素材だけどあなたに所有権があるから、売るなり持って帰るなり好きにしていいわよ」

 「いや、別に僕は……」

 

 なにもしてません。アイゼルの口をついてその言葉が出そうになったが、それを飲み込んだ。アイゼルがここで正直にこの剣のことを説明しても良いが、もし何かあって次回の序列試験の際に剣無しで戦うことを強要された場合、アイゼルに待っているのは落第という結果だけである。既にアイゼルにはもう、あとが残されていないのだ。


 「そう言えば、どうして僕の腹の上に剣が放置してあるんですか?」


 はっきりって重いのである。贅沢を言うなら邪魔だからどけておいて欲しかった。ここでローゼに文句を言っても仕方ないとアイゼルは思ってはいるが


 「ああ、それ。報告書にもあったけど、ソフィアが運ぶのに苦労したって言っていたわよ。なんでも他人が持つととんでもなく重くなるらしいの。とっても簡単だけど、盗難防止の魔術ね。一番効果があるわよ」


 なるほど、確かに。

 盗難防止に一番効果があるのは、持ち運べないことである。


 (おい、グラゼビュート。ソーニャは盗難しないんだから、そこら辺臨機応変にきり変えろよ)

 『そんな力があるなら俺は今頃外の世界にいる』

 (それでも『正一位オリジンズ』か)

 『…………』

 

 「ま、それにしても貴方たちが帰ってきたときの二人の心配具合は凄かったわよ。知らない間にハーレムつくったのね」

 「……違いますよ。そんなんじゃないです」

 『おいわっぱ。もっと自分に正直になれ。俺に欲望を喰わせろ』


 グラゼビュートがそう言ってくるが、アイゼルは恋愛なんてものに(うつつ)を抜かせるほど甘えた身分ではないのである。何しろ落第が……。


 『やれやれ、高位の欲望を喰うには低位の欲望を満たしてやらんとな』


 その後、ローゼは体調に気を付けるように言ってやがて保健室を出た。


 


 カツカツと大理石にローゼの靴音が反射する。生徒たちは外で自主練に励んでいるか依頼をこなしている。この時間に校舎にいるのは魔術の勉強に励むものか、アイゼルのように怪我をしたもの、そして教師くらいだろう。


 (王都に届いた予告状。それから2日で6件もの魔人の事件。そのうち捕まったのは、アイゼル君の1件だけ)


 ローゼが向かっているのは教務室。次世代の英雄を育てるための、今の英雄たちが集う魔境である。


 (王立魔術師学校アカデミーは今、教育の成果を問われている)


 (5年前、魔人たちはこの国を転覆しようと各地で一斉に暴れた)


 ローゼは扉を開けて中に入る。そこにいたのは、王家直属魔術師部隊ロイヤル・ウィザードの一番隊から五番隊までの隊長たち。


 (トップは私が叩いたけど、仕留めきれなかった)


 ローゼが入ってきたのを見ると各隊長たちは一斉に彼女に敬礼した。


 「楽にして頂戴」

 

 皆、彼女の教え子たちだ。


 「ここに呼ばれた理由は分かっているわね?」


 ローゼの言葉に、各隊長たちは頷く。『流星スターダスト』、元隊長ローゼ・アマリリスが彼らを呼び出したのはたった一つのこと。


 「先日、王都に予告状が届いたわ。その内容は半年でこの国を乗っ取ること」

 

 各隊長たちは一斉に気を引き締める。ここにいるのは、その実力はもちろん、国王そして王国への忠誠心は人並み以上に持ち合わせた正義の怪物たちだ。


 「そんなこと、許されるわけもない」

 

 ローゼの言葉に全員が頷いた。


 「今回、『悪鬼の爪ディアボロ・エル・カローヴォ』が動きだしたのはやはりあの男の存在が大きいわ」


 ローゼの全力とぶつかって、生き延びた数少ない魔人。だが、その戦いの傷は大きくローゼは一戦を引き、そしてかの男もこの五年間、ひたすらに隠れ続けた。


 「イグザレア・アラート」


 ローゼは吐き捨てる様に名を呼んだ。


 「今度こそ絶対に、仕留める」


 否応にも、部屋の中の殺気は強まった。

なんと、なんとですよ!

この作品にレビューが書かれました!!


書いてくださったのは司弐紘さん。

本当にありがとうございます!

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