表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/100

第14話 紅竜、そして欲望

(おかしいな)


 占い師は心の中で一人、そう呟いた。占いにきた一番強そうな少年をテントの中に閉じ込めてから既に三分が経とうとしている。そろそろ紅竜から連絡が届いても良いころだとは思うのだが。


 紅竜は人を喰らう。そして、その人間の魔力を糧にして生き延びているのだ。だが、その強さ故に迫害され、人には狩られ続けてきた。そこに目を付けたのが、この男だった。


 男は迫害され辺境においやられ、その日を生き延びるのに必死な竜たちに声をかけることで、一つの同盟関係を結んだ。


 その時男側から提示したのは、毎日一人の人間を喰わせること。食べると、紅竜から魔力を通じて知らせが入ってくるはずなんだが。


 「あーくんがアクセサリーをこんなに長く選ぶとは意外だったな」

 「ほんとに意外な趣味なのだ、アイゼルにしては……」


 幸いにして、目の前の二人に怪しまれている様子はない。だが、拭え切れぬ不安感。こんなことは男にとっては初めてだった。


 ふと、テントの中から煙が上がり始めたのに気が付いた。


 「……煙?」


 最初にそう呟いたのは、占い師だった。テントの中は完全な異空間。いくらあの少年が強かろうと、竜との戦闘で壊れるほどやわな作りはしていないはずだ。


 「お、おい。これは大丈夫なのか?」

 「い、いや。どうして煙が上がってるのか分からないんだ」


 テントの中に入るか? 紅竜が食事後なら良いが、もし戦っている最中に顔を挟むようなことになれば、それはもう一貫の終わりだ。死を覚悟しなければいけない。


 と、ふと頭の中で占い師が思考を重ねていると、テントの内側を突き破って漆黒の刃が覗いた。


 「……その剣はッ!」


 リーナが叫ぶ。その危険性を知っているエーファとリーナは思わず距離を取る。ソフィアも、持ち前の勘を活かして距離を取った。だが、占い師の男は反応するのにワンテンポ遅かった。剣はテント全てを斬り裂くように、ぐるりと回ると近くにいた男の胸を浅く切り裂く。


 そして、テントの中から飛び出してきたのは、紅色の竜。と、それに追い打ちをかける様にして一人の少年が飛び出してきた。


 「ヒャハハハハッ! 逃げるなよ、つまらねえッ!!」


 アイゼルの金の瞳は、さらに黄金色に煌めきを放ちどこまでも獲物を追いかける様にして屋根の上を疾走する。


 『我を忘れるなよ。お前の目的は竜の撃破だ』

 「分かってるっつーの」

 

 アイゼルは自らの身体をばねのようにしならせて跳躍。今まさに逃げようとしている竜の尾を斬り落とす。


 その瞬間、目の前に表示されたのは竜の予測落下軌道と、予測被害範囲。闇市場ブラックマーケット一帯が壊れるという表示にアイゼルは嗤う。


 構うものか、そのまま壊せ。


 かくて、バランスを崩した竜はそのままふらりと地面に落下するとその巨体を地面に打ち付けた。爆風と砂煙が上がり、闇市場ブラックマーケットがある空間を染め上げていく。周囲の建物を壊し、店主たちの騒ぎ声と奴隷の悲鳴。王都の表市場にも劣らないほどの喧噪が一瞬にして広がっていく。


 暗殺者も、呪い師も、商人も、奴隷も逃げ出す中、一人の学生が飛び込んでいく。


 『気を付けろ。『皇息ブレス』が来る』

 「あぁ、分かってる」


 もちろん、その軌道も範囲も既に表示されている。アイゼルに向かって直線距離で伸ばされているまっすぐな赤い線は次第に赤さを深めていく。無論、発射タイミングはこの状態のアイゼルにとっては息をするように分かる。


 「アイツのプライドをズタボロにすんぞ」


 紅竜の口腔にため込まれた膨大な魔力が指向性を与えられ放たれる。触れたものを焼き尽くす熱線。それが、紅竜の『皇息ブレス』。だが、放たれるその刹那。身をかがめたアイゼルのまさにその頭上を通るブレスを、アイゼルは斬った(・・・)


 斬られた熱線は、途中で向きを変え天に伸びると雲を貫通して消えて行った。


 紅竜は驚愕に目を開いた。信じられないものを見たと、竜はしばらく口を開いたまま固った。

 アイゼルは堂々と胸を張り、わずかな蒸気を上げる『魔劍』を構えて竜に向き合った。


 『ハハハハッ! 良い、良いぞアイゼル。純粋な欲望だ。コイツは最高だァ!!』


 アイゼルが胸に抱いた欲望は、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の名誉が欲しい、竜を殺せるだけの実力を示したい、というもの。


 グラゼビュートは、その欲望が純粋であればあるほどエネルギーにすることが出来る。アイゼルの欲は人間、否、動物であればどの生き物でも持っている闘争本能に近しい物。それゆえに、混じりがない。


 故に、ボコリとアイゼルの右腕が肥大化してその後絞られるように元の太さに戻る。

 直後、アイゼルの右腕からギリギリと弓を引き絞るかのような音が響き始めた。グラゼビュートの歓喜に呼応するようにして、勝手に身体強化魔法が発動し、強化された筋肉が無理に元の大きさに組み込まれたのだ。


 その瞬間に、アイゼルの右下に表示されている数字が【3.2%】に跳ね上がった。この数字が何の意味を持つかアイゼルは知らないが今のアイゼルに必要ないことは確かだ。


 アイゼルが地を蹴った。その直後の動きをソフィアは何とか、目にとめていた。


 彼は地面と垂直に剣を立てると、そのまま地に伏している竜の首を斬り飛ばしたのだ。


 『良いぞ。良いぞ、アイゼル。お前の歓喜が俺にも伝わる! ああ、そうだ。そのまま――殺せ』

 「……もちろん」


 アイゼルが剣を構える。今の彼にあるのは自分を認めさせたいという自己顕示欲だけ。そのために彼が選んだ手法はこの場にいる人間を皆殺しにするというもの。


 「悪いが、あーくんの身体を返してもらうぞ」


 だが、それより速く序列一位さいきょうが動いた。

 

 声が聞こえてきたのはソフィアが既にアイゼルの首に腕を回した後だった。頸動脈を抑えることで、このままアイゼルの意識を奪ってしまおうという考え。


 「クソっ、離せ。離しやがれッ!」


 アイゼルはソフィアの行動の真意を見抜きそのまま暴れる。剣によって、周囲の建物が斬れ、壊され、崩れていく。


 これが闇市場ブラックマーケットでなければ王立魔術師学校アカデミーは街の修理の弁償で、首が回らなくなっていただろう。だが、幸いにしてここにいたのは表では商売の出来ぬもの。どれだけ壊されようとも泣き寝入りするしかない連中である。


 ガッチリとアイゼルの首をつかみ、頸動脈を閉めたソフィアはやがてアイゼルがぐったりと脱力したのを確認すると、周囲の惨状を見てため息をついた。




 これは一体どう報告したものか……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ