第13話 占い、そしてドラゴン
「はいはい。そこのご一行、占いはいかが?」
「……占い? こんなところで?」
アイゼルの問いに、目の前の骸骨みたいな男は、その口角を釣り上げて笑った。
「こんなところだからこそだよ。まあ、息抜きみたいなものさ。こんなに違法な物ばかりが溢れている市場だと気が滅入るだろう? だから、僕はここで占いをしているんだ」
「そう……。だけど、あいにくと僕は占いには興味はなくて……」
「面白そうではないか。少しやってみよう」
「おいおい、こういうところは高いんだって」
「僕のところは息抜きだからね、安いよ。なんたって無料だからね」
「……マジ?」
「息抜きにお金を取る人なんていないでしょ?」
いっぱいいると思うんだけどなぁ……。
アイゼルはそう思ったが、なぜか女の子二人組がびっくりするほど占いに興味深々だった。
『女がこういうものに興味があるのは世の常だからな……』
(それ700年前からか?)
『無論』
まあ、人間なんて高々数百年で変わるようなものでもあるまい。
「それで、何について占ってほしい?」
「うむ。恋占いだ。片思いの相手なのだが、上手く行くか知りたい」
「任せとけ」
そう言って、骨と皮ばかりの身体で、胸を叩いた。あんまり、頼りがいが無さそうだな……。
骸骨みたいな男は目を瞑って、ひたすらに目の前の水晶玉に集中し始めた。一体それで何が見えるのだろうか。こちらにもやり方を教えてほしいものである。
『あんまり捻くれないほうが世の中楽しいぞ』
(うるせー)
「見えた」
「ほう。どうだ」
「恋愛運のほうはやや悪めだねえ。お嬢さん、結構ぐいぐい行くタイプでしょ?」
「何故分かったのだ……!?」
そりゃ今までの動きみてりゃ分かるだろうよ。
「そのぐいぐい行くのが結構マイナスに働くって出てるね。良かれと思ってやったことが、相手にとってはあんまりよくない心象を与えていることも多い」
「ふむふむ」
おおっ、その調子だぞ。胡散臭い占い師。
「そんな君へのアドバイスは、『押して駄目なら、引いてみろ』だね。少し待ってみるのがいいかも」
「なるほど……。参考にしてみる」
アイゼルからするとおおいに参考にしてほしいところである。少なくとも、匂いで自宅を特定するような真似は絶対にやめていただきたい。
「あっ、あの、私も……やりたい」
「良いですよ。こちらにどうぞ」
ソフィアの次はエーファが言った。本当にもう、どいつもこいつも……。
「あなたは何を占いますか?」
「……同じ、恋愛運を」
「良いですよ」
そう言って骸骨の男は目の前の水晶に集中する。
それやらなくても良いだろ。
「見えました。あなたは引っ込み思案ですね?」
「は、はい。凄い、どうして……?」
いや、喋り方だろうよ。
「ですが、そんな貴方は今がチャンス。貴方は近い時間に好意を抱いている相手と急接近することがあります。いえ、もしかしたらもう会ったかもしれません」
「……はい。ありました」
ありゃ? そうなの。
「おお、もうご経験済みでしたか。それをやり過ごしてしまうと、それからは少し灰色と出てますね。そんな貴方には『好き相手にぐいぐい行こう』ってアドバイスを送っておきますよ」
「頑張り、ます」
エーファの言葉に占い師は満足そうに何度も頷く。いや、お前は人の性格みてそれっぽいこと言っただけじゃねえか。僕でも出来るぞ、それは。
『童、それが占い師という職だ……。案外、人の性格を読むというのは難しいものなのだぞ』
(……ほんとかよ)
『試しにお前も占ってもらうと良い』
(いや、僕は良いよ……)
「どうですか、そこの男の子は」
「いや、僕は……」
「あーくんも占ってもらうと良い」
「うん、アイゼル君も、占ってもらうべき」
「まあ、二人がそこまで言うなら」
この人たち、何が目的なのか忘れてるんじゃなかろうか。
「それで、何を占いますか」
「そうだな……。僕の将来について占ってもらおうかな」
「ええ、では少しお待ちください」
そういって、さっきの二人の時と同じように水晶に集中するとゆっくりと顔を上げた。
「見えました。貴方はいま、就きたい職業がありますね? ですが、今のままではその職業に就けないということも、またご自身で理解されているご様子」
「ああ、まあ」
確かに、今のアイゼルでは王家直属魔術師部隊に入ることなど夢のまた夢。占い師の男の言う通りだ。
「ここで、どうでしょう? 少しばかりあなたの運を支えるアクセサリーなどはいかがでしょうか」
(あー、なるほど。こういう系統で来たか)
「あ、先に言っておきますけど別にそれを買ったからといって運気が改善するとかそういうことは無いですよ。ただ、ちょっとしたことがあった時に、幸運のほうに転がりやすくなるような、そんなアクセサリーです」
「いや、あいにくと手持ちがないんで」
「いえいえ、お代は結構です。アクセサリーはこのテントの中にありますので、どうぞ」
そういって、占い師は自身の隣に建っている小さなテントの入り口を開けた。テントは布が幾重にも重ねられ、何枚も捲らないと奥に入れないタイプらしい。
アイゼルがテントへと手をかけ、入るかどうかを躊躇していた瞬間にふと骸骨のような男がアイゼルの耳へ小さな声で話しかけた。
「力が欲しいのでしょう? 中で、悪魔の力を拝借なさると良いでしょう」
「……お前、まさか」
「見たところ、王立魔術師学校の学生と言ったところですか。証拠がなければ、捕まえられないのでは?」
「……けっ、確かにお前の言う通りだ」
どちらにしろ、このテントの中には入らないといけない。そこにどれだけ罠が仕掛けられていようとも、外には序列一位と、元4位がいる。あいにくと月は出ていないが、何とかなるだろう。
そして、アイゼルはそのまままっすぐ踏み込んだ。
「さて、鬼がでるか蛇がでるか」
そして、息をのんだ。
最初にアイゼルに触れたのは、風だった。こんな狭いテントで風など吹くはずもあるまいと、そう思って辺りを見回すと、そこにあったのは草原。
地平線まで伸びる草原と、さんさんと輝く太陽。ふと、後ろを振り向くと先ほどアイゼルが入ってきた入り口は見えなかった。
「嘘だろ……」
『あの程度のテントにここまで綺麗に空間偽装を施すとは、それなりの魔術師のようだな』
「転移魔術じゃないのか?」
『あの魔術をそうそう使える人間はいない。これは、テントの中に上書きされた空間だ』
出口を探しているアイゼルの上を大きな影が飛んでいく。
「……何だ、今の」
『影だったな』
「いや、大きさ……」
『50メルはあったな』
「………………」
アイゼルは、恐る恐る上を見上げる。そこにいたのは、とても赤い、紅い魔物。一つの鱗はアイゼルの顔ほどもあり、その硬さは砦にも該当すると言われている。魔法は、王家直属魔術師部隊の一番隊『流星』が束になって挑んでも勝てるかどうか怪しいだろう。力は剛力、人間など比べるべくもない。むしろ、比較されるのは天災。
そこにいたのは、ドラゴン。俗に、紅竜と呼ばれる種族のドラゴンである。
「……嘘だろ」
『童、剣を抜けッ!』
そうグラゼビュートが言った瞬間、ドラゴンの口の中に莫大な魔力が蓄えられ始めた。
「クソがァ!!」
そしてアイゼルは躊躇うことなく剣を抜いた。