第11話 悪魔、そして転入生
「そういえば僕って、ソーニャに家を教えたっけ?」
「そんなこと、些細な問題じゃないか」
…………?
まあ、ソーニャのことだからそういうこともあるのだろう。
『思考停止をするな。何故、こいつならお前の家を当てられるのだ』
(…………匂いとか?)
『そんな馬鹿なことがあるか。大方、教師からお前の家を聞いたのだろう』
ああ、確かに。
グラゼビュートの言葉にアイゼルは納得がいった。確かに王立魔術師学校は入学時に、自らの住所を通達しなければいけない。何故かというと、生徒が死んだときに遺体を届けるためである。
「ふふっ、ちなみにだが種明かしをするとな? 王都の中でもあーくんの匂いが強いところをたどってここに来たのだ」
『………………』
おかしいな。彼女の契約主は嫉妬だから、身体強化魔術は使えないはずなんだけど……。
ま、まあ、ソーニャのことだ。そういうこともあるのだろう。うん。
『……化け物か』
悪魔に化け物と呼ばれるとは、ソーニャも中々の物である。
「っていうか、僕の部屋で二日過ごしたって言ってたけど学校は?」
「さぼった」
「嘘だろ……」
序列一位が学校さぼって序列最下位の部屋に上がり込むとか、他の学生にバレたら変な噂が立つこと間違いなしだ。
「……帰って」
「む? 何故だ」
「ただでさえ序列最下位で変な噂立てられてるのに、ここにでソーニャが僕の部屋に上がり込んだなんてことが学校に広まってみろ。僕はその日のうちに学校に居場所がなくなるぞ」
「……そういうものか?」
「ああ、なんたって僕は序列最下位だからな」
「ふうむ。まあ、あーくんがそう言うならそうなのだろう。まあ、何はともあれあーくんが無事でよかった。私は帰るぞ」
「あ、あぁ」
やけに聞き分けが良いソフィアに恐怖を覚えながらもアイゼルはソフィアを見送った。
「また明日」
と、やけに含みのある言葉を残して。
……怖っ。
『童、お前の知り合いにはとんでもない奴がいるな』
「ソーニャだけだよ」
アイゼルは剣を腰から外してベッドに投げる。ドスン、と見た目以上の音がしてベッドに剣が落ちた。
『俺を投げるな』
「腰にあると邪魔なんだよ」
『馬鹿、部屋の中で剣を外す戦士がどこにいる』
「部屋の中で外さないで剣をどこで外すんだよ。ここは狭間の森と違って、平和なんだから」
『平和、平和だと?』
グラゼビュートはそこまで言って激しく噴き出した。
『ハハハハッ。『正一位』が六体……いや、七体もいるこの土地が平和だと? 王立魔術師学校が落ちたものばかりだと思っていたが、もしやこの国の人間が根本的に平和ボケしているのではあるまいな』
「それって、どういう意味だ?」
『どういう意味も何もあるまい。俺たちは、どうあがいたって悪魔だ。今は人間と契約して力を与えてやってはいるが、根本的には相いれないってことを念頭に入れておいたほうが良い』
「……いや、契約があるから悪魔は人間に反抗できないぞ」
『その契約主は、人間か? それとも悪魔か?』
「それは……悪魔だけど」
『ああ、そうだ。アイツらは悪魔だ。その気になれば人間との契約なんぞいともたやすく破るだろうさ』
「…………」
グラゼビュートの言葉に、アイゼルは言い返せない。……言い返すことが出来ない。彼の言葉はどこまでも真実だから。確かに、『正一位』の悪魔たちは一方的にこちらの契約を破ることが出来るだろう。それをしないのは、今の人間と悪魔の関係がWin-Winだから。だが、もし悪魔たちがその関係に飽きたとしたら……。
「そういえば、さっき『正一位』の悪魔が七体いるって言ったけど、王都に『正一位』の位の悪魔は五体しかいないぞ?」
『俺は正一位だ』
「冗談?」
『マジだ』
『正一位』とは、悪魔の位の中でも最上位。強さの位でいえば、文字通り別格。世界の理をたやすく捻じ曲げ、0から1を生み出すことが出来る神々にも等しい力を持った悪魔たちのことだ。
「何で『正一位』ならこんな剣に封印されてるんだよ」
『騙されたのだ』
「悪魔が、騙された……? あははははっ、悪魔が、騙された。ははははっ」
『笑いすぎだぞ』
「いや、だって、悪魔が騙されるなんて、馬鹿じゃんか」
『……むぅ』
そういったきり、グラゼビュートが黙り込んだ。
「おいおい、拗ねるなよ。僕が悪かったって……」
『お前など、もう知らん』
「ごめんって」
『心の中で笑っているのは分かっているんだからな』
「悪かったって、ぷっ」
アイゼルは再び噴き出してしまい、笑いころげて結局この日、グラゼビュートはろくに話をしてくれなかったのだ。
翌朝、朝日で目を覚ましたアイゼルは太陽の光で目が覚めるというのが、とても幸運であるということを噛みしめていた。
「朝日っていいな」
『うむ……。俺も、五百年ぶりだ』
「五百年前って……グラゼビュートはいつからあそこにいたんだよ」
『さて、多分七百年前とかだと思うが、正確な時期は分からん。俺が封印される前の王立魔術師学校の学生は凄かったぞ』
「……王立魔術師学校は設立されて、今年で40年とかだぞ?」
『む?』
堕ちた堕ちたというものだから、王立魔術師学校の落ちこぼればかりが狭間の森に行っていると思っていたが、そもそも学校が違うという落ちである。
『そうか……。王立魔術師学校は無くなっていたのか』
「分かりづらいから、名前変えてよ。旧王立魔術師学校とかにさ」
『むう……』
グラゼビュートはそう唸って黙り込んだ。
アイゼルはそんなグラゼビュートを放っておいて朝食をとると、剣を身に着け家から飛び出した。
『……あぁ、確かに700年前と比べると街の形も変わっているな』
(気が付かなかったの)
『他の悪魔達に気を取られて、な』
(そうか)
アイゼルは朝の喧噪に包まれる街の中を抜けていく。衛兵たちが街の警戒に回り、冒険者たちが朝から魔物の狩りに出かけていく。魔術師たちはこんな朝だというのに気が滅入るような杖や触媒を売っている。異国の商人たちが片言の標準語で彼らの国の物を売りさばいていた。
王都は今日も、人と物に溢れていた。
『ごちゃごちゃしていて、騒がしいな』
(これが王都だよ)
『ふむ。もう少し、落ち着けないものか。……そういえば、亜人種が見えぬな』
(…………ん)
『どうかしたか?』
(亜人は……まあ、今度時間があるとき話すよ)
アイゼルはそう言うと、遅刻ギリギリの校門をくぐり抜けて、教室に向かう。
教室に入ると、先にエーファが来ていた。
「おはよう」
「おはようなのだ!」
「お、おは、おはようございます」
アイゼルはカバンを地面に置くと、剣をいい感じに調整しながら椅子に座った。
「今日も相変わらず二人ね」
座ると同時に扉を開けてローゼが入ってきた。
「さあ、今日はみんなに良い話があるわ」
「僕の落第の危機が無くなるんですか?」
「それで喜ぶのは貴方だけでしょ……。そうじゃなくて、転入生がいるの」
「転入生?」
このⅥ組に?
「入ってきていいわ」
ローゼの言葉とともに扉が開けられ、入ってきたのはどこまでも黒い髪と黒い瞳。顔には絶対的強者の微笑が揺れている。
「ソフィア・メイソン。序列一位だ。よろしく、あーくん」
そう言って彼女はこちらを見ながら微笑んだ。
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