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第01話 落ちこぼれ

 一つ、熱を保った風が両者の間を抜けた。


 「君のお仲間、みんな逃げちゃったのにねェ」

 「いいさ。構わない」


 相対するのは二人の男。

 銀の髪に金の目をした少年と、深い緑とひどく濁った灰の目をした男。


 燃え盛る家々の瓦礫が少年アイゼルの後ろで音を立てて崩れた。その音に、アイゼルの後ろにいた少女が驚くように身体を震わせる。


 「ふうん、まあ強がりじゃなさそうだ」

 「ああ。お前を倒すには僕一人で十分だ」


 コイツが、元凶。ここまで長いようで短い道のりだった。


 「倒す? 君が、私を?」


 アイゼルの言葉に目の前の怪人が腹を抱えて笑い始めた。


 「あははははっ! 倒す、私を倒す!! 魔人の中でも最強と名高いこの私を、お前が倒すだと?」


 目の前の男がひとしきり笑ったあと、まだ笑い足りないのか顔を歪めながらアイゼルの後ろにいる少女を指さした。


 「下らないことは言うな。その子をよこせ」


 その言葉に後ろの少女がビクリと震える。魔人の言葉はどこまでも冷たくアイゼルの心臓を縛り上げる。

 だが、アイゼルは微笑みながら、大丈夫だと頭をなでた。


 「それは出来ない相談だ」

 「見た感じ、戦闘系の魔術師ではない。防御系の魔術師でもない。……支援系ってとこだろう、そんな魔術師がこの私の手からどうやってその子を守るつもりなんだ」

 「……この子は、さんざん裏切られてきた」

 「は?」

 

 目の前の怪人は、アイゼルが当然言い出したことの意味が分からず首を傾げた。


 「村人にも、両親にも、そして助けを求めたアカデミーの生徒にも裏切られた」


 アイゼルの言葉に熱がともっていく。


 「魔人だからな。仕方ない。それが私たちの運命というものだよ。少年」

 「仕方なくない(・・・・・・)


 アイゼルが強く言い切った言葉に、思わず魔人がたじろいだ。


 「この子はどれだけ裏切られても、どれだけ暴力を振るわれても、それでもなお自分のために力は使わなかった。お前みたいな屑と一緒にするんじゃねえッ!」

 

 アイゼルが啖呵を切る。


 もう戻れない。無論、戻るつもりはない。


 「ははっ、元気が良いことだ。でも覚えておくといい、どれだけ気合を入れたって力の前には無駄なのさ」

 「……ッ」


 僕はアイツに勝てるか?


 ……いや、無理だ。


 片や落ちこぼれ。片や最強。


 今更ながらに、自分のしたことが恐ろしく足が震えてきた。でも、ここで逃げるわけにはいかない。今の僕には守るべき者がいる。


 だから今もなお、怯える様にアイゼルを見つめる少女を優しくなでた。

 そして、精一杯作った笑顔で少女に語り掛ける。


 「安心して、僕は絶対君を守るから」

 「……うん」


 そうは言うが、まだ信じてはいないのだろう。だが、それも彼女の持つ力と境遇を考えれば当然だ。だが、アイゼルはだからこそ彼女の味方なのだ。いや、味方でなければならないのだ。


 「王立魔術師学校アカデミー序列最下位ラストワン』、アイゼル・ブート」


 魔術師が名乗り上げる。彼の人生において、勝利という言葉はそうそう刻まれていない。だが、この一戦、この戦いだけは負けるわけにはいかぬのだ。


 故にそれは死んでも引かぬ意思表示。この一戦に全てを賭ける男の戦い。


 無論、悪魔と言えどもそれには応える。


 「位階序列『正二位アルファ・セカンド』イグザレア・アラート」

 

 アイゼルは背中の剣に手をかける。

 悪魔は両手をひろげた。


 両者は炎に囲まれた戦場で、戦いの火蓋を落とした。






 二ヵ月前。


 「ねえ、アイゼル君。これ、読める?」


 進路指導室で、アイゼルと彼の担任であるローゼは机を挟んで向かい合っていた。


 いつもなら、机の上に載るほど大きな胸を堪能するアイゼルだが、今ばかりはそんな余裕などなかった。


 「成績表、ですよね」


 王国で使われている標準語、いまだ識字率は低いが王立魔術師学校アカデミーに通っている生徒で読めない人間はいないだろう。


 「いや、そこじゃなくて。その下のところ」

 「今学期成績結果120人中120位……」

 「そう、最下位よ最下位」

 「いやぁ凄いですね。三期連続でこんな成績、取ろうと思っても中々取れないですよね」

 「馬鹿っ!」

 

 うおっ、ローゼ先生が珍しく真面目に怒ってる。


 「まあアイゼル君の魔術は少し特殊だからね? この学校も成績を図りかねている部分はあるわ。けど、アイゼル君。君、三期連続成績最下位よ」

 「ははっ。ここまで才能ないと笑えちゃいますよね」


 自分を卑下したように笑う少年に、教師は困り果てる。


 「いや、笑えないから……」

 

 ローゼは痛む胃をさすると、目の前の問題児をどうするべきか悩んだ。


 「うーん、君のその魔法。『賢者』様と同じなのよね?」

 「あ、そうらしいですね」

 「なんでこんなに差が開いているの」

 「よく勘違いされるんですけど、賢者様が凄いのは魔法のおかげじゃないですからね。あれ、あの人が特別なだけですから」

 「まあ、ともかく、先生も教師だから君たちの進路について考えなければいけないわけです。それで、一応聞いておくけどアイゼル君の第一志望は?」


 成績表とともに、自分の目の前にある進路希望書に目を通しながらローゼは尋ねた。


 「王家直属魔術師部隊ロイヤル・ウィザード、一番隊『流星スターダスト』です」

 「いや、無理だから」


 即決。


 「そんなぁ!」

 「いや、確かにあそこは滅茶苦茶人気だからね。アイゼル君が行きたいのも分かるのよ。けどねぇ……」

 「10番以内しか行けない、ですよね」

 「そうよ。あそこに入るためにはこの学校を卒業する際に、序列10位の中に入ってないといけないの。それが分かっているのに、どうして進路希望書にそんなこと書いたの」

 「いや、あの、凄い私的な理由なんですけど」

 「進路なんて私的な理由以外で決めることあるの?」

 「お金が、要るんです」

 「あぁ……。確かに王家直属魔術師部隊ロイヤル・ウィザードは高給取りだもんねえ。それに退職しても天下りを斡旋してもらえるって噂だし」

 「はい。僕には、お金がいるんです。それもたくさんの」

 

 真面目な顔をしてそう言いきったアイゼルの顔をローゼは覗き込んだ。


 「そういうことね。まあ、それなら私個人としては応援するのだけど……この学校の教師としてはそうもいかないのよ」

 「どういうことですか?」

 「え、だってこの学校四期連続で序列最下位だと落第だから」

 「……嘘ですよね」

 「マジよマジ。大マジ」

 「終わった……」

 「諦めるのが早すぎるわよ。そもそも、これだって序列最下位ラストワンが奮起するために作られた制度で今まで誰も適応されたことないのよ。まさか、学園始まっての落第者が私の生徒から出るなんて、想像もしてなかったわ……」

 「先生、僕まだ落第してないですよ」

 「でもリーチかかっているわよ」

 「確かに」

 「まあ、アイゼル君の魔法は少し特殊だからこの学則が適用されるかどうかは怪しいところがあるから少し学長と掛け合ってみるわ」

 「お願いします。僕はどうしてもこの学校を卒業して王家直属魔術師部隊ロイヤル・ウィザードに入らないといけないんです」

 

 そういって頭を下げるアイゼルにローゼは困り果てた。


 こうやって頼まれると弱いのよね。


 「ま、期待はしないでよ。それよりも、普段からもっと頑張ることね」

 「一応それなりに努力はしてるはずなんですけどね」

 「結果が出なければ意味は無いのよ」

 「ぐぬぬ……」

 「さて、一応これで面談は終わりだけど相談しておくことある?」

 「どうやったら強くなれますかね」

 「ああー。なるほど、そう来たか」


 ローゼは自分の豊かな胸を支える様に腕を組むと、目の前の生徒の悩みを解決するアドバイスを模索した。


 「ひたすら努力よ」

 「うーん、僕一応頑張ってはいるんですよ?」

 「ちなみに何をやっているの」

 「素振り500回に、魔力放出120回。筋トレは毎日メニュー変えて入学当初からずっと継続してます」

 「授業の予習と復習は?」

 「やってますよ」

 

 才能無いんじゃないの? と、思わずローゼの口をついて言葉になりそうだったそれを慌てて飲みこんだ。


 魔力放出なんて、アイゼルの歳だと20回出来ればそれなりに優秀の部類だ。彼はその6倍。たゆまぬ研鑽がもたらした恩恵だろう。


 「学業は優秀だもんねぇ」


 しかし、この学校は基本的に魔術師としての実力によって序列が決まる。あいにくと、勉学がそれなりに出来たところで魔術師の世界ではそれだけではやっていけないのだ。


 「うーん、これは荒療治が必要かもね」

 「荒療治、ですか」

 「うん、荒療治」


 王立魔術師学校アカデミーの卒業者は平均して98.2%。残りの1.8%は落第するのではない。訓練中に殉死するのだ。


 「荒療治」


 アイゼルが再び繰り返す。生徒が毎年一人か二人死ぬような学校で荒療治。


 「ま、これも学長に頼んどくから」

 「……オネガイシマス」

 

 アイゼルは、もしかして余計な一言を言ったのではないかという疑念とともに進路指導室を後にした。

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