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「嬢ちゃんたちなかなか見ない耳してるな。パッと見、人族かと思ったぞ」
「わたし達は家族以外の獣人族を見たことがなかったので、むしろ皆さんの耳のほうが珍しいです」
「そりゃあ、大変だったなぁ」
連れていかれた詰め所の中にはクマの耳をした大男がいた。
今の僕の大きさと比べると、それこそ山に見える。
ステータスも高くて、物理方面だけ見ればA級冒険者と言われてもそん色はない。
大きな体だけれど、速さもそれなりにある。
しかし魔法関係は弱め。
「大変になったのは最近ではあるんですけどね。
そう言うわけで、あまり獣人族の状況が分かっていないのですが、やはりエルフに攻め入るんですか?」
「それが獣人族の総意って奴だ。と言うか、ここいるのの大半はエルフに攻め入るために、居るような奴らだ」
「そうですか……それならよかったです。両親は獣人だとバレて殺されてしまったので……」
「そうか……そうだよな……」
口から出まかせを言っても、この見た目のせいか、勝手に解釈してくれて助かる。
ルルスがあまりしゃべらないのは、その時のショックのせいだってことにしておこう。
「でもようやく王様に会えるんです。わたし達の家族の努力も報われますよね?」
「ああ、そうだ。そうだな……」
クマの親父が涙を流している。
流石は神の演技力と言ったところだろうか。
いや、単純にこのクマさんが涙もろいだけな気もする。
会えると確定して言っているのは、そうすることによってクマさんの協力を得られるかと思っているから。
今の状態でこの集落のリーダーに会えるかはわからないけれど、やっと会えるアピールをしておけば、仮に駄目でもクマさんが同情してうまく話が転がらないかなと思っている。
このクマさんの立ち位置は分からないけれど、仮に実力者であれば味方になってくれるのは大いに助かるはずだ。
だから駄目だった時には、思いっきり落ち込む演技をするんだ。
◇
そんな風に思っていたのだけれど、明日時間を取ってくれるということで、今日は自由に過ごしていいと言われた。
その代わり監視は付くらしいけれど。怪しい行動をしなければ、咎められることもないだろうし、これくらいなら想定内。基本は干渉しないとも言われたので、万々歳だ。
明日まで軟禁される可能性も考慮していたので、待遇としては上々だと思う。
ルルスとか全く話していないから、怪しさ満点だと思うし。
「それじゃあ、適当に屋台でも見て回りましょうか」
「お姉様は食べるのが好きですね」
「美味しいものを食べると幸せになれますからね。
ルルスも食べてはいますよね?」
「食べますけど、興味深いなとしか思わないです」
「ルルスはそうかもしれませんね。わたしは元の生活の延長なので、楽しみ方を知っているんですよ。たぶん」
ルルスと危うい会話をしながら獣人の集落を歩く。
人が増えるたびに家を付け足し付け足ししていったような集落には、屋台が結構出ている。
売っているものはとにかくシンプル。お肉を焼いただけとか、生の野菜や果物とか、何なら生のお肉も置いている。
全体的に調味料とかそう言うのは使ってなさそうだ。
そしてエルフのところとの大きな違いは、動物の肉よりも魔物の肉の方が多いこと。
売っている女性に話を聞いてみたところ、魔物しか狩ってこないからだと言われた。
逃げる動物よりも、向かってくる魔物を倒した方が簡単だし、やりがいがあるのだという。
「血の気が多いですね」
「憎いエルフとの戦いがすぐって話だから、気持ちは分からなくもないんだけどね。
でもたまにはもっと食べやすいのを狩ってきてほしいもんよ」
「美味しいですよ?」
「そりゃあ、美味しくなるようにしてるからね。
食べられる状態にするまでに時間がかかるんだよ」
「それならわたしはとても運がいいわけですね。こうやってお金を払うだけで食べられますから」
なんて小粋な会話をしつつ、集落を歩く。
買う食べ物は焼いたお肉か野菜・果物。生の肉を食べてもお腹を壊すことはないし、食べようと思えば食べられるのだけれど、どうも通山時代の忌避感がぬぐえない。
何だったら血が滴っているようなものもあるけれど、ビジュアル的に手を出そうとすら思えない。
だけれど食べる人はいるもので、屋台の前で豪快に食べていた。
本当に文化の違いを感じる。
ぐるっと回ってみたけれど、畑のようなものはなく、エルフ以上に狩猟採集に頼っているらしい。
あと面白かったのは、草食動物系の獣人も普通にお肉を食べるし、肉食動物系の獣人も野菜を食べていたことだろうか。
勝手なイメージだったけれど、見た目虎の人とかお肉しか食べないと思っていたので驚いた。
おかげで僕たちがお肉を食べても不思議がられないので構わないのだけれど。
一応情報収集も兼ねた食べ歩きだったけれど、あまり情報は集まらなかった。
獣人の皆さんがとにかくエルフを敵視していることと、リーダーの評判くらい。
リーダーはなかなか評判が良くて、彼に着いて行けばエルフに負けるはずがないと言われるほど。
ここに集まった人たちは、リーダーのカリスマによるものもあるというわけだ。
逆に言えばリーダーを倒してしまうと、その勢いは一気に落ちる。
僕がリーダーを殺せばエルフが勝つだろうし、殺さなければどちらが勝つかわからない、と言ったところだろうか。
その辺どう転ぶかは、明日の話し合い次第かなー。なんて思いつつ、今日一日の活動を終えた。





