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町が火の海に沈んだ。
僕にはどんな町だったのかはわからないけれど、沢山の炎にすべてが破壊された。
突然訪れた理不尽に町中が騒然としていたけれど、やがて誰の声も聞こえなくなってしまった。
一つ前の村も大概だったけれど、こちらもこちらでえげつない。
即死した人は運が良かったと言えるレベルだと思う。
村は皆即死したようなものだけれど、町のほうは火に巻かれて徐々に死に近づいていくって感じだから。
死ぬのは嫌だよね。わかるわかる。
前の村はどちらかと言うと、クラスメイト達の精神をがっつりと削っていっていた。
終わった後、ほぼ全員の目に正気はなかったし、今の作戦も心ここにあらずみたいな人が結構いた。
つい先日まで人を殺したことがなかった人に村を壊滅させるとか、フラーウス王国もなかなかなことをしてくれる。
まあ止めるつもりもなかったけれど。
村も町も運がなかったとしか言いようがない。
とは言え実は、町のほうは被害者を減らそうとフラーウス側も動いてはいた。
具体的には村人に扮した兵が1人、傷だらけの状態で町に逃げていた――ふりをしていたのだ。
そこで魔族が村を壊滅させて、この町に向かっているとナイスな演技で訴えていたらしい。
ルルスに頼んで見てきてもらったのだけれど、ちょっと見てみたかった。
うまくすれば、僕たちの挨拶シリーズが増えたかもしれないのに。
それがちょうど昨日の夜。クラスメイト達が村を襲い始めて少ししたくらい。
そのおかげかクラスメイト達が到着するころには、結構な数が逃げていたけれど、当然逃げられなかった人もいるわけで。
夜は見張りを立てていたとはいえ、町に入れないことを優先して門を閉めてしまったのが運の尽きだった。
魔族達は、門を開かないようにしたうえで、町の中を火の海にした。
これやったのほとんど月原なのが驚きだ。
前に会った時もそうなのだけれど、月原はクラスメイトの中で最もステータスが高い。
特に魔法にかかわるところが高く、そこだけ見ればA級冒険者にも劣らないだろう。
加えて『賢者』による単純な魔法強化もあるのでこれだけのことができたと言える。
これをやった後、月原は魔力が枯渇して意識が朦朧としていて、それを山辺が支えていた。
町を1つ壊滅させるだけの魔法を1人でやったらそうなるのも当然だ。
こんな魔法を簡単にバンバン撃てる人がいたら、この世界のバランスは崩れていたと思う。
僕はできるけど。バランス崩しているけど。
『フィーニス様は何もしないんですか?』
「何もする気はないですよ。今日は見に来ただけです。
この作戦は前々から知っていましたし、勇者が作戦を行うことになれば、こうなるだろうなと思っていましたから」
初めて人を殺して、しかも相手は無抵抗な幼子も居た。
それを殺すときの心の負担は、残念ながら僕にはわからないけれど、憔悴した勇者達を見れば想像くらいはできる。
復讐の1つとしては十分な成果と言って良さそうだ。
「それに目的の邪魔にならない限り、邪魔をしないと約束しましたからね」
『それでは今日はこれで戻りますか?』
「んー、そうですね。じゃあせっかくですし、1つだけ小細工しておきましょうか」
僕の視線の先。市成が剣を投げつけていた。
それを拾わずに行ってしまったので、周りを確認して近寄る。
拾ってみたけれど、特になんの変哲もない剣だった。
何の変哲もないと言っても、結構なお値段がするけどね。
鉄の塊だからね。
でも、日本にいたころに、ふと日本刀の値段を調べてみたけれど、頑張ったら買えそうかなくらいの値段だったような気がする。
イメージ的に何百万とか、何千万とかするものだと思っていたのだけれど。
そういう意味だと、こっちでも感覚的には同じだろうか?
いや、日本だと1000円で包丁買えるしどうだろう?
そんな中級冒険者が使っていそうなありふれた剣を拾ったのだけれど、剣身にべったり血が付いている。
もちろんフラーウスの紋章が付いているわけでもなく、本当にただ買ってきただけの剣なのだろう。
それと全く同じものを複製して、複製したものを放置しておく。
見つからないようにその場から離れて、一行を観察していたところまで戻った。
『その剣をどうなさるんですか?』
「昨日の村に置いていこうと思います」
『それでどうなるんですか?』
「なんにもならないかもしれませんし、何かのきっかけになるかもしれません。
でも特に大きな意味を持つことはないと思いますよ」
所詮思い付きの行動だ。
こうなるかなという予想はあるけれど、ならない可能性のほうが高い。
僕の目的はあくまでも、クラスメイトたちが少しでも長くフラーウスにこき使われるのを祈ること。
フラーウスは村と町の全滅を理由にニゲル国に宣戦布告をするだろう。
そして始まる戦争が1日2日で終わるはずがない。フラーウスの現状を考えるなら、数か月で決着をつけたいのだろうけれど。
だけれど、当初の目的を考えるなら、ニゲルを落として精霊を奪った後も、別の国へと侵攻したいと考えるはずだ。
精霊が弱っているから、別の精霊が欲しいっていうのが発端だし。
ともかく今は何もせずとも、クラスメイト達は苦難の道を行くだろう。
その先に救いもない。今は別にそれで良い。
「さて、この剣を村に投げ捨てたら、獣人の集落に行きましょうか」
ルルスに声をかけて動き出す。
軽く駆けるくらいなので、話をしながら。
「ルルスは思ったより楽しそうではないですね。
てっきり虐殺とか見るのが好きなのかと思ってました」
『この世界の人に恨みはありますから、苦しむのを見るとスカッとはします。
ですが思ったよりも虚しいですね。自分でやりたいとは思いません』
「まあ、ルルスは最初から自分でやる選択肢はないはずですけどね。
下手に動かれると、僕が困るかもしれませんから」
『心得ています。ですがそうですね、世界の調節をしている方が性に合っているようですから、今後も見るだけで良いかなと思います』
「それくらいがちょうどいいですよね」
最終的に世界崩壊に巻き込まれますし。とは言わないでおいた。
ルルス的には、世界崩壊は本意ではないだろうし。





