閑話 責められる者
朝になる前に村は壊滅していた。
叫び声もなく、命乞いの声もなく。亡骸と血だまりと、焼け落ちた家々と、それから嗚咽がこの場を支配している。
泣いているのはクラスメイトの特に女子に多い。
吐くものもないのか、口に手を当てて嘔吐しそうなのに、そのままでいる人もいる。
オレ達への被害はない。
強襲された村人たちは、碌に対抗できないまま蹂躙されていったから。
それなのに喜んでいる人はいない。
増本をはじめ、何人か目をギラギラさせているけれど、危険しか感じない。
まるで次の獲物を探すかのような目だ。
思えば率先して村人を殺していたように思う。
確認を終えた指揮官がオレ達を集める。
来た時と同じように馬車に入れられ、1人1人に水と食料を渡される。
水は辛うじて飲めるけれど、食欲はない。
ただでさえパサパサした保存食は食欲がわかないのに、今これを食べるのは拷問に近い。
次の作戦も夜に行うから、それまで休んでおくようにと指示され馬車が動き出した。
休むと言っても、眠気はなく。馬車の揺れが激しく体を休めるどころではない。
それでもこのだるさをなんとかしようと目を閉じてみると、村の光景が脳裏をよぎる。
どうして殺すのかという怨嗟の声が。助けてと叫ぶ命乞いが。恐怖に引き攣った顔が、殺さんとばかりに開かれた目が。
一向に頭から離れない。
周りを見ても誰も寝ようとしない。
目がギラギラした奴らは普通に食べていたけれど、それ以外の者は食べ物に手を付けようともしない。
このままでは良くない、オレも気持ちが落ち込んでいるとはいえ、周りを見れば比較的冷静なオレが皆を元気づけたほうが良いかもしれない。
そう思って、泣いている女子に近づこうとしたら、平山さんがキッとにらんできた。
「来るなっ!」
「な……」
いきなり怒鳴られてたじろいでしまう。
まるで憎き敵を見るかのような目を、どうしてオレが向けられているんだ。
「何よ、我が物顔してっ。今でも自分がクラスのリーダーだとでも思っているわけ?
こうなったのは、全部、全部あんたのせいよ! あんたが通山を殺さなければこうなっていなかったわ」
「誰も止めなかっただろう!」
平山さんが喚くので、ついカッとなって感情的になってしまった。
確かに通山を殺したのはオレだが、その時に誰一人として止めなかった。
むしろ皆やれと言わんばかりだった。
「だから今まで黙ってたんじゃない。ずっと文句言いたかったのよ!
クラスをこんなにめちゃくちゃにしておいて、なんで今でも我が物顔でまとめようとしているのよ。
せめて反省した顔くらいしなさいよっ」
平山さんの目から涙がこぼれる。
ハッとして周りを見ると、オレに対する好意的な視線は一つもなかった。
どうすることもできずに、オレはすごすごと端っこに引き下がるしかなかった。
◇
静まり返った馬車が次の目的地にたどり着いた時、まともに休めていた人がどれだけいただろうか。
オレはもうクラスメイトの顔を見ることもできずに、頭も働かなかった。
外に出されたオレ達は村の時と同じように指揮官の指示を待つ。
「今回はやり方を変える。外から魔法で門を固定。出られなくしたうえで、火を放つ。
火を放つのはヒカリが担当する。全力を叩き込め。
その他は町から外に出る者がいないか監視、見つけ次第殺せ。行動開始」
開始が宣言され、オレは魔法で門を固定する役目に回る。
3か所ある門に3人ずつ配置されたけれど、オレは一人で居たかった。
特に一緒に来たのが平山さんと、さっき平山さんに慰められていた丹沢さんなのが質が悪い。
完全にオレを敵視していて、話なんてできそうもない。
ぎすぎすした雰囲気だけが存在する中、任された門の前で呪文を唱える。
中から人が出てこないように、門の前に土の壁を張りそれを強化する。
ステータスで言えば、魔力関連のステータスは一人当たり100前後。オレは魔法が得意とは言い難いけれど、全体的に能力が高いので魔法職としてやっていけないわけではない。
それが3人も集まれば、並の使い手ではこの壁を突破することはできないらしい。
突破されたとしても、その辺の冒険者程度では相手にならないほどには強くなっているのだとか。
あとは合図を送って待つだけ。
何もない時間が出来ると、ふと考えてしまう。
クラスメイト達がこうなったのはオレのせいなのか、どうなのか。
確かにオレが通山を殺した。それは認める。
だがあの状況になったのは、オレだけのせいではないはずだ。
皆アイツをいじめていたし、邪魔だと思っていたに違いない。
その通山を排除するために、今回はたまたまオレが選ばれただけだ。
状況が少しずれていたら、平山さんが手を下した可能性だってある。
何なら、磔馬が勢い余って殺した未来だってあるかもしれない。
あの時通山を疎ましく思っていたのは、オレだけではない。
殺すとき皆がそれを望んでいたのだから、皆で殺したようなものだ。
……だから、今まで黙っていたのだと、言われたんだっけ?
いやそもそも通山が悪くなかったという話だったのか。
オレが冤罪で通山を殺して、そのせいで守りが無くなって……。
それだって、王女がそそのかしたから悪いんだ。
冤罪だったとしても、通山殺しはオレだけのせいじゃない。それは、皆認めていただろう。
だからこの件に関しては、クラス内で優劣が決まるわけじゃない。
通山については悪かったと思う。許してもらおうとした、謝った。それでも許されなかった。
だとしたら、オレはこの件に関してもうどうにもできないではないか。
それにオレは勇者だ。クラスメイトの中で、一番強い。だから、守ってやろうと思った。
元気づけてやろうと思った。それだけなのだ。
それなのに、非難されるいわれがどこにある。
そう思ったところで、急に世界が明るくなった。
隕石のような巨大な炎の塊が、雨のように町に降り注ぐ。
門から出られない町。あらゆるところに降り注ぐ炎から逃げられる人はいないだろう。
きっとこの炎の雨は町を壊滅させる。
オレはできるか?
腰にぶら下げている剣を触る。
無理だ。できない。
オレは勇者のはずなのに。クラスメイトの中で最も強いはずなのに。
月原にはできて、オレにはできないのは……。
頭がぐちゃぐちゃになる。
剣を手にしたせいか、昨日の村のことが頭によぎる。
オレのせいで村人を殺さないといけなくなったのか?
わからないが、昨日の悲鳴が耳を離れない。
「くそッ」
手にした剣を壁にぶん投げた。





