閑話 作り出した地獄
残酷な描写があります。と思います。
これはなんだ?
これはなんなんだ?
村が燃えている。
オレ達が燃やしている。
人々が逃げまどっている。
子供も、大人も、男も、女も。
関係なく泣き叫びながら、どこかへ走ろうとする。
だけれど、村を出たところで弓矢に射られるか、魔法で燃やされる。
血の匂いがむせ返る。人の焼けた匂いが胸を蝕む。
村の中にいれば、剣に切られる。
斧に断たれる。
槍に貫かれる。
また一人、村人から剣が生えた。
いや、オレが生やした。
オレが刺した。
この感触は初めてではない。初めてではないが、こんなに気持ち悪くもなかった。
どうして?
どうしてこんなことになったんだ?
オレは『勇者』ではなかったのか?
人々を守る『勇者』ではなかったのか?
それなのに、どうして無抵抗の人を殺している?
殺そうとはしていない。
子供の1人くらい、隠して逃がしたい。
それなのに子供に近づけば、オレの剣はその子を殺す。
あの王女はどうしてこんなことをさせる?
自分の国民に対してだけは、優しそうだったのに。
◇
通山に負けて、許してもらおうと誠心誠意謝ったけれど許してもらえなかったあの日から、オレ――市成隆俊の生活はまた変わってしまった。
疲れ果ててできることは少なかったとはいえ、存在はしていた自由時間が無くなり、食事と睡眠以外の時間は常に訓練という名のリンチに遭った。
ステータスが上昇したおかげで、軽い怪我で済んでいたけれど、痛いものは痛いし、何より精神的にきつい。
休めはするがきっちり時間を管理され、唯一の自由な行動と言えば疲れ果てて気絶した時くらいだ。
それもすぐに起こされる。
出される食事の味もわからなくなってきた。何を食べても、粘土を食べているような感じ。
ベッドに入れば死ぬように眠って、朝は日が昇る前にたたき起こされる。
褒められることもなく、労われることもなく、やってくる言葉は罵倒ばかり。
そんな生活を送っていたある日、トパーシオン王女に呼び出された。
城にいるクラスメイトが全員集められて、最初に騒がないように命令される。
それでもこうやってクラスメイト達と会うのは、久しぶりな感じがする。
皆疲れたような顔をしていて、話せなくてもなんとか意思疎通できないかと目があった人に合図を送ろうとしてみる。
だけれど皆、目があった瞬間に目を逸らす。
結局何もできずに、作戦の説明が始まった。
作戦を聞かされた時、オレは自分の耳を疑った。
オレ達を奴隷のように、兵器のように扱う王女が自国の村と町を壊滅させろというから。
オレ達を誘拐してきたけれど、国民に対しては真摯だと思っていたのに。
抗議をしたくても今は何も話せない。
左手薬指の指輪が疎ましい。
◇
作戦を行う場所までは隠れて移動する。
その間、久しぶりにクラスメイト達と話すことが許された。
訓練中は話せるとは言っても、必要最低限しか許されず、不要なことを話せば罰せられる。
自由時間に話せるけれど、ほとんど話す気力もないのだ。まとまった時間として交流できるのは、本当に久しぶりのことだ。
それなのに、誰もオレの周りに来ようとしない。
無視するかのように、それぞれ小声で話をしている。
こちらから話しかけても、軽いあいさつ程度ですぐに話すのを止めてしまう。
移動だけでも数日あるのに、結局まともに誰とも話せずに目的地に到着した。
◇
日も暮れかかったころ、平山さんが全員にスキルを使って、オレ達の見た目を浅黒い肌に赤い瞳にした。
全員にスキルを使い終わったところで、城からついてきた騎士? 指揮官が指示を出す。
「近距離攻撃が主な者はトルーク村に入り、住人を手あたり次第殺せ。魔法も使える者は家を焼き、燻り出せ。
遠距離攻撃ができる者は村の外で村を囲うようにして待機。外に逃げてきた者を殺せ。
トパーシオン殿下がおっしゃられた通り、誰一人生きて逃がすことは許さん。
近距離組は殺しの経験があるタカトシを先頭に、行動開始!」
声に合わせてオレ達は動き出す。
自分で動いてはいるものの、その実命令以外のことができない。
簡単な柵で覆われた村に入って最初に見えたのは、男の子だった。
泣きながらドアを叩いている。
粗末な服を着て「ごめんなさい、ごめんなさい」と叫んでいる。
ネグレクトかなとも思ったけれど、「もう村の外にはいかないから」と言っているため、教育の一環なのかもしれない。
地球でも昔は夕飯抜きとか、夜に家の前に放り出すとか、あったらしいから。
オレはまっすぐ男の子に向かっていく。
泣いていた男の子は、オレに気が付くと顔を引きつらせて「ま……」と何かを言いかけた。
だけどそれ以降声は聞こえてこなかった。
なぜなら、オレの剣が男の子の首を断っていたから。
首から血を噴出した男の子の身体が、ばたりと倒れる。
飛んでいった首が、遠くで転がる。
ははは……なんで? なんでこんな……。
殺せと命じられたけれど、今オレは殺そうとはしていなかったのに。
体が動いた。
当然だ。オレたちは奴隷。命じられたままに人を殺す。
寒気がした。気持ち悪くなって胃の中身を吐いてしまったが、倒れることは許されない。
急に静かになったせいか、家の中から男の子の親らしき女性が顔を見せた。
倒れた男の子を見て口を押さえ、オレの方を見て叫びそうになった首を切り落とした。
それから魔法を使って、家を焼く。
薄暗かった村に明かりがともった。
あたりがよく見える。
クラスメイト達が、血の気が引いたような焦点のあっていない目で人々を殺していた。
たくさんの家から火が上がった。
ここがどこかと言われたら、迷わず地獄と答えるだろう。
だけれど、その地獄はオレ達が作った。
焼ける臭いも、血の海も、亡骸も、命乞いも、叫び声も、全部全部オレ達が作り上げた。