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閑話 作戦通達

 ようやくこの時が来た。来てしまったというのが正しいのかもしれない。

 わたくし――トパーシオンは、私室で明日のことを考える。


「いよいよ明日でございますね」

「ええ。ソテルにも迷惑をかけたわね」


 ソテルが淹れてくれたお茶を飲みつつ、彼女のことも労う。

 ここ数十日とても忙しかった。王女である以上、忙しさは当たり前の物として享受してきたつもりだったけれど、戦争を行うとなると普段とは比べ物にならないほど処理しなければならない案件が多い。

 幸いだったのは、わたくしの案がスムーズに採用されたこと。


 精霊を奪われた事件、見ようによっては賊に逃げられた立場になるわたくしだけれど、逆に言えばわたくししか賊の侵入には気が付かなかったと言える。

 功績を大きく見せ――そもそも賊を捕らえるのは役割ではない――、どうにかわたくしの影響力を削ぎ落とそうとする勢力を黙らせた。

 賊が侵入した理由については、誤魔化さないといけなかったけれど、事情を知っているのは懇意にしているところだけなのでひとまず有耶無耶にすることができた。


 そうして賊については一旦保留にさせ、裏で戦争を行う準備をする。

 賊の侵入とニゲルとの戦争を結び付けさせてしまうと、そこからほころびが出て国内に敵を作ってしまいかねない。

 仮に奪われた精霊の代わりを手に入れるための戦争だと知れれば、精霊を管理していた王家に、奪われた責任を取らせようとする派閥が出てくることだろう。そして王族の首を狙ってくるかもしれない。


 わたくしの首を差し出すことで精霊が戻ってくるというのであれば、民の生活が守られるというのであれば、喜んで犠牲になろう。

 しかしわたくしが死んだところで、精霊は戻ってこない。

 王家が無くなることで権力争いが起きることは明白であり、争っている間に精霊の加護は完全になくなっていることだろう。


 そうなればフラーウスは終わる。

 だからニゲルから仕掛けてきたことにしなければならない。

 ニゲルがちょっかいを出してきたと印象付ければ、こちらから攻めていっても国内で不満が出ることもないだろう。


 サキの報告によれば、ニゲルを除く4か国は今回の戦争について様子見をするとされている。

 特にウィリディスはエルフ族と獣人族で対立していて、いつ紛争が始まってもおかしくない状況らしい。エルフ側に上位種が現れたらしいので、おそらくエルフ側が勝つだろう。

 問題は紛争のタイミングだけれど、こちらの戦争に合わせてくることが濃厚。

 ちょっかいをかけてくるニゲルが動けないうちにということらしいけれど、隠れ蓑にされているようで気分はよくない。


 だけれど、フラーウスが理由もなくニゲルに攻め込んだとなれば、様子見を止めるかもしれない。

 ニゲルがやっていたようにちょっかいをかけるとはわけが違うから。

 明日は我が身と思われたら、ニゲル側に付く可能性は否定できない。

 だから、ニゲルを攻めるための大義名分は必要になる。


「何にしても、明日勇者達には伝えるわ」

「無事に作戦が成功することをお祈りいたします」

「ええ、そうね」


 軽く返したつもりだったのだけれど、どうやら表情に出ていたらしくソテルが心配そうにこちらを見ていた。


「殿下。本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。作戦は成功するわ」

「そうではありません。先ほどからお顔が真っ青になっております。

 他の方法を模索するだけの時間はないのですか?」

「時間は分からないわ。分からないからこそ、最短だと思う道を選んでおかないといけないのよ。

 だから、だから大丈夫よ」


 気が進まないなんてものではない。許されるならば、早々に撤回したい。

 しかし悠長にしている間に、タイムリミットが来るかもしれない。

 迷っている間に全てが手遅れになるかもしれない、そんな状況なのだ。


 だから、大丈夫ではなくても、大丈夫だと言わなくてはならない。


 今日はもう寝ることを伝えると、ソテルは心配そうな顔をしながら、頭を下げて部屋から出ていった。





 夜が明けて、勇者達を集める。

 このことは極秘になるため、フラーウス側は王家を含めて数人しか集まっていない。

 勇者達は集められたことに不安そうにしている者もいれば、こちらを睨みつけている者も居るし、粛々と発言を待っている者もいる。


 すでにここで騒ぐことは禁止してあるので、伝えることを伝えたら作戦行動に入ってもらう。


「集まったみたいね。勇者達には極秘任務を通達するわ。

 当然だけれど、この作戦については他言は許されない。表立って行動することも禁止よ。

 勇者達には実戦、その前段階を行ってもらうわ」


 勇者達のうちの半分ほどだろうか、目を丸くして驚いている。

 当初の予定よりもかなり早いとはいえ、全員がB級冒険者並みのステータスは持ち合わせている。

 そろそろ実戦をさせても良い段階だ。実戦や前段階と言うのは建前ではあるけれど。


「それでは命令を下しましょうか。

 勇者一同はこれよりニゲルとの国境付近に向かい、トルーク村とワスター町を全滅させてきなさい。

 その際、勇者が行ったとバレないように、ラブの『化粧』で魔族のフリをしてもらうわ。

 作戦行動中は一切の私語を禁止。指揮官に従って確実に全滅させること」


 わたくしにとっても苦渋の選択。だけれど、ニゲルが手を出してくるのを待っている余裕もなく、こちらが被害者である立場になるには他に方法がなかった。

 幸か不幸か、魔王は国境付近の魔族を好きにさせている。その行動をすべて把握しているわけではないはずだ。

 仮に把握していたとしても、彼らは好戦的な民族なのだから、こちらから攻めていく分には喜んで応戦するだろう。


 大義名分が欲しいのは、ニゲル以外の4か国にアピールをするためなのだから。


 2か所も狙うのは、確実にニゲルの王都を攻め滅ぼすため。

 少ない被害でやりすぎれば、それはそれで他国からの小言を貰うことになりかねない。

 町と村1つずつで国全体を守れるのであれば、必要な犠牲として割り切らなければ。


 勇者達を使うのは、騎士や兵を使えば彼らの士気が下がってしまうのが明白だから。

 敵国や魔物ではなく、守るべき民を殺したとなれば、いかに屈強な兵たちでも心を折られてしまうかもしれない。

 その点勇者であれば、仮に心が折れたとしても、最悪命令して無理やり動かすこともできる。

 いずれ人を殺すのだから、安全なうちに経験させておくことも無意味ではないはずなのだ。


 それでもできることならば、今のうちに一人でも多くの民がトルークとワスターから離れてくれることを願いましょう。

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本作が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
最終第5巻が2023年9月7日より配信開始です。
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