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「ということで、ルルスは獣人みたいな見た目にもなれますよね?」
『なれますよ。やってみますか?』
精霊の樹の与えられた一室で、尋ねてみるとルルスは疑うことなく人型に戻った。
これからの予定と言うか、国王との話は聞いていたから、次に向かうのがどこなのかもわかっているのだろう。
猫耳と尻尾を生やした、僕そっくりの姿になる。
「ルルスのそれは、正しく獣人の姿ってことでいいの?」
「そうですね。自然に動かすことはできないので、正しいかはわかりませんが」
なるほどなるほど。つまり耳は4つではないらしい。
髪で隠された下には、人が持つ耳はないのか。
ぱっと見でわからないところは、聞いておかないと僕が化けるときに問題になりかねない。
だから触り心地も確認しておこう。
「出発は明日でしたよね?」
「そうですよ。今日中でもよかったですが、準備時間を設けたほうがそれっぽいかなと思いまして」
「そうかもしれませんが、私の耳を触る意味はあるんですか?」
「予想通りフニフニモフモフで、病みつきになりそうな触り心地です」
「感想は聞いていないのですが……」
困っているルルスには悪いけど、満足するまで止める気はない。
「獣人族の集落にもいきますが、その前にフラーウスまで様子を見に行きますよ?」
「そうなんですね。お供します」
「全力で向かいますから、明日は精霊状態でいてくださいね」
「私、人型に戻る意味ありました?」
「ありましたー、ありましたー」
この新触感は一秒でも早く体感しておくべきだった。
これを知らないなんて、人生を8割損している。
なんてよく聞く話だけれど、知らないと損するものを合わせると軽く10割を超えるだろうから、人間は皆損ばかりしているのかもしれない。
◇
やってきましたフラーウス。
懐かしのフラーウス。
今は王都を遠くから眺めているだけですが、なんと言うか緊張感が漂っている気がします。
ここまで来るのはとても大変だった。
どうせ居るだろうなと思っていた精霊の樹の追っ手を『隠密』で撒いて、数時間の月日をかけてやってきた。
何が大変だったかと言えば、加減。
一度本気で走ろうとしてみて、世界がヤバい感じがしたのでやめて、世界がヤバくなさそうなレベルでやってみたけれど行き過ぎて。
ついでだからと、ウィリディスの前王が隠れるのに良さそうな場所を探して、獣人の集落の場所も確認しておいて、ようやくたどり着くことができた。
たぶん真っすぐくれば1時間かからない。
どれくらいの速さだったのかと言えば、ルルスが目を回すくらい。
最初とかまるでついてこられていなかったので、僕が運ぶことにした。
ケモミミモフモフの代金ということにしておこう。
フラーウスまで来たら、後は勝手知ったるなんとやら。
前やったように城に侵入し、情報を集めて、何事もなく出てきました。
トパーシオン王女に顔出ししようかとも思ったけれど、基本邪魔しないって約束があるので『隠密』に徹することにしました。まる。
一番難易度が高いのが、フードお兄さんのお店に入る客を待つっていうのは一体全体どういうことなのだろうか。
あと、こうやって移動してみて思うんだけど、国境ってなんだろうね。
『なかなかいいタイミングで戻ってこられたみたいですね』
「先にこっちに来ておいて正解でした。戦争自体に興味はありませんが、その直前の段階で勇者が使われるのであれば、願ったり叶ったりです。
本当に勇者って道具なんだなーって思いますよね」
『フィーニス様もそうだったのではないですか?』
「僕は最初から道具とは思われていなかったんじゃないですか?
道具というよりも、障害ですよ」
最初から僕のことは排除する気でかかっていたと思うし。
『それにしても、勇者居ませんでしたね』
「ルルス的には勇者ってどう思っているんですか?」
『基本は同情でしょうか? フラーウスに利用される境遇は同じでしたから。
ですが、フィーニス様への仕打ちを考慮すると……無、でしょうか?』
「妥当とは言ってくれないんですね?」
『それはフィーニス様も同じことですよね?』
「うんうん、そうですね」
はっはっは。と笑い声が出てしまう。
なんと言うか、この距離感なのだ。
この距離感の友人が欲しかった。
「僕が報われてほしいとか言ってませんでした?」
『それはそれ、これはこれです』
互いに深く干渉するわけでもなく、邪魔をするわけでもなく、迎合するわけでもなく、否定するのでもなく。
無関係ではなく、ほどほどに同情的。
いわば相棒。今のルルスは僕にとって、そんな立ち位置なのかもしれない。
「それでは、勇者達が向かうであろう場所に行きましょうか」
『そうですね』
「無の割に、楽しそうですね」
『これから起こることは、勇者だけに関することではありませんから』
向かう先はニゲルにほど近い、フラーウスの町や村。
行うのはフラーウスの上層部にしか知らされていない作戦。
ここで勇者達の心が折れなければいいのだけれど。





