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「貴方が生かされている理由はわかりましたが、貴方が生きているのはどうしてですか?」
自殺を封じられているという感じはしないので、尋ねてみる。
好奇心は猫を殺すらしいけれど、亜神はたぶん殺せないだろう。
笑っていた前王は、特に不機嫌になった様子もなく答えてくれる。
「ただの自己満足だ。世界崩壊を止めることのできなかった爺の哀愁よ」
世界崩壊を止められる立ち位置に居ながら、それをなすことができなかったことへの罪悪感とか、責任感って奴だろう。
自己満足と言うのも嘘ではないだろうけど、この世界の存在としては好感が持てる。
「それなら世界崩壊までは生きていないといけないですね」
「そう思って生きてきたが、どうやらワシの生も無駄ではなかったらしいな」
「季節が20回と言えば、前王様がここに入れられていた期間の足元にも及ばなさそうですね」
「瞬きの間もなさそうだな」
なんだか機嫌が良いのは、長年待ち望んでいたことがようやく来るからか。
世界崩壊を止めようとしていた人が、世界崩壊で喜ぶって言うのもものすごい皮肉だと思うけれど。
それでこの老エルフが満足ならいいのだろう。
人の幸せなんて、誰かに決められるものではないだろうし。
そう考えると、満足して逝った僕を拾い上げた神様ってなかなかに鬼畜なのではないだろうか。
おかげさまで要らぬ苦労を強いられている気がする。
なんて、いまさら言ったところでどうにもならないか。
長いものに巻かれる、というわけではないけれど、神様の意思に反するなんてやる気はない。
圧倒的に格上に果敢に挑んで、みたいな蛮勇という名の愚行をしたくないからね。
圧倒的格上を検索エンジンにしている気がするけれど、それは気のせいだ。そうに違いない。
「ところで檻の鍵の場所を教えてくれませんか?」
「それはできんな。鍵があるからこそ、ワシは生かされているようなもの。
お主が見つけたということがどこからか漏れたとき、ワシも用済みになる」
「どの道、精霊は回収しますから変わらないと思いますよ?
鍵は必須ではないので、教えられなくても貴方は用済みになるかもしれませんよ?」
「そうか、ならば取引をしようではないか」
「亜神を相手に強気ですね」
別に取引を受けないわけではないけれど、ちょっとしたお遊びというやつだ。
それに一応正真正銘神の一種みたいなところあるし、ちょっとくらいは威厳っぽいのを出しておきたい。
「殺したくば殺すがいい。世界崩壊が確約された今、世界に対する執着も薄まったわ」
「殺さないってわかっているのに、そんなこと言われるのはちょっと癪ですね」
「で、取引はどうする?」
「受けますよ、受ければいいんですよね?
精霊回収後に住む場所でも用意しますよ」
「話が早いな。では準備ができ次第こちらも教えよう」
今すぐには教えてくれないと。それもまあ、当然か。
「わたしが避難場所を用意したら、前王が鍵の場所を教えてくれるってことで良いですか?」
「連れていってくれんと困るな」
「こちらが望んだ場合、精霊を回収する手伝いをしてくださいね」
「安全を保障してくれるならな」
「保障はしませんが、最大限努力はしましょう」
「それで構わん」
「約束ですからね?」
「うむ」
……王族と話すの疲れる。
楽しいところもあるけれど、疲れる。
とりあえず『契約』で縛ることもできたので良しとしよう。
今回の契約だと避難場所を用意しなければ、契約自体がなくなるので、面倒に思ったら何もしないができる。
これでひと泡吹かせられる……と言いたいけれど、たぶん承知の上なんだろうな。
「それでは、今日は帰ります」
「また来るがいい」
そうやって前国王様の御前を後にした。
◇
いったん部屋に戻ろうかと思ったところで「もう一人いた金髪のエルフはどこに行った?」みたいな話をしているのを聞いた。
僕が気にした様子がないため、聞き出すことも難しいけれど、捕まえれば僕を操るのが楽になるのだとか。
人質ですね。分かりやすい。ルルスには消えてもらっていて良かったと思う。
僕に直接聞かれることはなさそうだけれど、聞かれたらこう答えてやろう。「金髪のエルフ? そんなのいました?」って。
魔物としての幽霊はいるみたいだけれど、死んだ人の魂が云々の日本でいうところの幽霊はこの世界にはいないらしいけれど、精霊の樹7不思議とか作ってみても面白いかもしれない。
消えた金髪エルフの謎。
失われた国王の王冠。
王の私室に血で書かれた魔法陣。
牢獄に閉じ込められた動くミイラ。
消えた精霊。
壁に突如現れる顔。
窓辺に現れる白い女性。
これで7つ。壁の顔はシミュラクラ現象ではないし、窓辺の女性は揺れるカーテンではない。
冗談はさておき、やっぱりルルスを狙ってきたか。
なんと言うか、よくルルスを狙おうと思ったよね。
ルルスもこの世界だと最強クラスだと思うんだけれど。
実際の強さについては見たことないからわからないけど。今度ルルスと模擬戦でもしてみようか。
こっそり部屋に戻って『隠密』を切った。
「そもそもの話なんですけど、ルルス達はどうして捕まったんですか?」
『恥ずかしい話ですが、フィーニス様のように別の世界から来た勇者に捕まりました。
どうやら、その勇者がいた世界には精霊に近い存在が居たようで、使役方法も確立されていたのだと言います』
「厄介な奴が召喚されてきたんですね」
『……いえ、確かに勇者は別の世界から現れましたが、召喚されてきたわけではなさそうでした。
迷い込んできた、と表現したほうが近いと思います』
「それが初めての勇者ってわけですか」
『私が知る限りではそうなります。最初の勇者が居たからこそ別世界の存在が知られ、勇者召喚が確立されたようです』
「勇者ということは、魔王を倒したんですよね?」
『そうですね、とは言ってもかなり昔のことで、記憶が曖昧ではありますが……』
「今の6か国ができる前の話でしょうからね。
で、捕まったということは、普通に負けたんですね」
『不意打ちをされたから……と言っても、負け惜しみのようですね。
正面から戦えばどちらが勝つかわからない、くらいでしたでしょうか』
ルルスを相手に互角以上の相手……魔王も倒した。
確かにそれくらいないと、あの檻は作れないか。
なんともまあ、面倒なことをしてくれたものだ。その勇者が明らかに地球の人じゃなかったというのは、元地球人としては一安心、だろうか。





