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老エルフは僕のステータスを見た後、ゆっくりと跪いた。
今は亜神でも、少し前までは一般高校生だったので、明らかに年上の人に跪かれると「おおぅ……」と引いてしまう。
うん、引くよね。なんか、不快感とかじゃなくて、引くよね。
でもまあ、曲がりなりにも神なので、敬ってくれる存在を蔑ろにするのもよろしくない。
「これまでの無礼、真に申し訳ございません。今までの発言を許せとは申しません。しかしながらこの世界の終わりを見届けることこそ我が償いとし、この場での断罪は死以外でお願い申し上げます」
「別に気にしていませんよ。わたしが望むのは、さっき言ったとおりわたしのことを話さないこと。
それもスキルで封じさせてもらいましたから。話し方もさっきまでと同じにしてください。
下手に畏まられると、スムーズに会話できなくなりますしね」
「あい、分かった。ワシも長年人の上に立ったせいで、慣れなくてな。心遣いに感謝する」
うおぅ……。素早い変わり身。僕でないと見逃しちゃうね。
正直今更、人の話し方とかは気にしない。
口汚かろうと、言っていることがまともなら話を聞くし、そうでなければ面倒くさいだけだ――判断基準は僕にあるので、僕の匙加減なんだけどさ。
「ところで、前国王で合ってますか?」
「左様。今となっては、国の厄介者にすぎぬがな」
「その話はあとで聞かせてもらいます。
なぜわたしがこうやって地上に出張ってきたのかと言いますと、精霊を回収するためです。
精霊は神が使わした世界の調整役。それを捕らえたまでは目を瞑りますが、その力を私欲のためにしか使いませんでしたね?」
「否定はできない」
「他にも要因がないとは言いませんが、精霊が閉じ込められた結果、世界が崩壊に向かったというのは間違いないでしょう」
「ではお主の目的は、精霊を解放し世界を守ることか?」
前王の視線が鋭くなる。まるで世界を守るのを許さんとばかりだ。
この翁の決意がどれほどのものかはわからないけれど、勘違いは正しておかないといけない。
「いいえ。わたしの目的は先ほども言ったとおり回収です。
神はすでにこの世界を見放しました。新たな世界のために精霊を神のもとに送るのがわたしの仕事です。そもそもこの世界は、精霊を解放しても崩壊は免れないほどに」
「そうか……」
前王はぽつりとそうつぶやく。
どことなく哀愁漂わせている感じはするけれど、なんとなく安心したような印象も受けた。
どうやらこのご老体は、本当に世界の崩壊を目の当たりにしたいらしい。
「それでわたしが知りたいのは、ここの精霊の場所に行くにはどうしたら良いのかです。
場所はおおよそ把握できているんですけどね」
「それだけの力があれば、なんの問題もなかろう? 力でねじ伏せられるはずだ」
「できるだけ穏便にいきたいんですよ。精霊が誤って死んでしまうと苦労が水の泡ですし。
とりあえず、精霊の檻がある部屋までの行き方は分かりますか?」
「精霊の間に行くには、国王が必要になる。具体的には血液だな。
それで国王の私室にある鏡に魔法陣を書き込めば道ができる。その先が精霊の間だ」
わーお。鍵じゃなくて血か。しかも、それなりの量が必要になりそうだ。
それに国王だけとなると、暗殺とかされた時点で精霊との接触ができなくなると思うのだけれど……。
「この国の国王の選出方法はどうなっていますか?」
「表向きには世襲制だな。他の国とそう変わらんだろう。
だが本来この国の王とは、現王の持つ冠を戴いている王家の者となる」
つまり冠被った状態で、血で文字を書けということか。
冠がフラーウスで言うところのカギ。さらに血で魔法陣を書かないといけないうえに、王家の血筋縛りとか……。
んー、フラーウスほど簡単にはいかないか。
「前王なら魔法陣は分かりますよね。教えてもらっていいですか?」
「何か書くものはあるか?」
言われたのでこの世界で一般的なペンと上等な紙を『創造』する。
アナザーワールドテクノロジーのカギとは違って、こういったものは簡単に作れて楽である。
材料は消費するけれど、木なんてそこら中にあるし、この空間が樹の中だから紙は簡単に作れる。
渡すとすぐに書いてくれたので、適当にしまった。
「ありがとうございます。それでなんで貴方はここに捕らわれているんですか?」
とりあえず欲しい情報は手に入ったので、興味本位のほうに行ってみる。
「どれだけ前だったか。季節が数百回は前のことだ。
この世界に向けて、神より「精霊を解放しなければ未来世界が滅ぶ」と神託が下った。
ワシはただ、その神託通り精霊を解放しようとしたまでよ」
言い捨てるわけでも、悔しそうなわけでも、淡々とそう言う前王はやっぱり僕と似ているのだと思う。
最初からどうでもいい僕とは違い、この人は世界を救う気があったのだろうけれど、今はもう諦めたのだろう。
「だが世界は神の意志に反した。
目の前の繁栄が精霊の力によるものであると知っていたからこそ、その力を手放そうとはしなかった」
「長命種ならまだしも、当時の人は自分が生きているときには関係ないでしょうからね。
少しでも兆候が見られればまだしも、当時はそこまででもなかったでしょうし」
「そうだな。精霊を解放しようとするワシ等を世界は許さなかった。
現王である我が子は、繁栄を捨てられない派であったこともあって、あっけなく簒奪された。
精霊解放派の主要な人物は殺され、ワシだけが捕らえられた」
「なんで殺されなかったんですか? 血筋的には少なくとも第六王子までいるみたいですし、よほどのことがない限り途切れないですよね」
「精霊の檻を開けるカギ。それをワシが渡していないからな。
最初は毎日のように場所を聞きに来おったが、最近ではもう顔すら見せんな。
長い時の中で、惰性で生かされているだけよ」
前王はそう言って、声をあげて笑った。





