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いつものように『隠密』を使って精霊の樹を探索していたけれど、簡単に行けそうな範囲に精霊につながる道はなかった。
でも王族だけが入れる階にフラーウスの貴族区画で見たようなバリアがあったので、たぶんそこが関係しているんだろうなと言う気はしている。
んー、あの王子と婚姻したら警戒されずに入れるかもしれないけれど、婚姻かぁ……。
何か政略結婚していく貴族令嬢たちの気持ちがわかったような気がする。
愛とか何とかいっている場合じゃないよね、本当に。
婚約破棄物とか流行っていたけど、つまり今から僕が婚姻のために成果を出そうとしている間に、王子が裏で愛をはぐくんでいて、最終的に公でこき下ろされそうになるわけだ。
軽く殺意がわきそうだ。
しかも僕と違って、彼女たちは家と家のつながりだろうし、婚約者のために勉強しているときに浮気されているって言うのが多かった。婚約相手は刺されても文句言えないと思う。
そもそも僕は婚約していないけれど。
閑話休題。
いっそルルスに頼めば、見てきてくれるだろうか。
「ルルスならあのバリアの中調べられますか?」
『この程度であれば大丈夫です。あの檻ほどではないでしょうから』
「それじゃあ、この先に精霊がいる場所があるのか見てきてくれますか?」
『わかりました』
気前よく行ってくれて助かる。
後で何かお礼をしよう。
ルルスが中を見ている間に外からいけないかなと確認に行ったけれど、無理そうなのであきらめた。
さすがに空を飛べるスキルは持っていなかったと思う。
空を飛ぶ魔法は使えるだろうけれど、どのみちバリアが外にも及んでいるので、やるなら大騒ぎ必至だ。
動き回ると合流が面倒くさそうなので、とりあえずルルスが戻ってくるのを待つ。
しばらくして、戻ってきたルルスに「どうでした?」と尋ねた。
『ここの先に風の精霊が捕らえられているのは確かです』
「風なんですね」
『予想ではありますが、おそらくそれぞれの精霊の属性に合わせて捕らえる場所を決めているのではないでしょうか。檻自体は私を捕らえていたのと似ていましたが、ものすごく風通しが良かったです』
「そういえば、ルルスのところは窓が大きかったですね。
道順とかわかりますか?」
『それはなんとも……一応各部屋は覗いてみましたが、上に続く階段は見当たりませんでしたね。
ですから、天井をすり抜けていきました。バリア内でしたが。だいぶ上の階にいましたよ』
「場所は分かったということで、今回はひとまず置いておきましょうか。
フラーウスだと王家だけが持つ鍵が必要でしたから、そう言うのがまた必要になるでしょうし」
つまりこれからは、何が必要で、どこで使えばいいのかがわかればいいだろう。
それからバリアへの侵入方法。
あとは、適当に情報収集かな。
◇
1日探ってみて、バリアを越えて例の階に穏便に潜入する方法はわからなかったけれど、今回の探索で面白い事もわかった。
まずはエルフ族と獣人族の関係。
簡単に言えば、かつて精霊を捕まえ管理することになった時に、頭のいいエルフに獣人が管理を任せたということ。そしてエルフの王族は、約束通り獣人たちが住む地へも平等に精霊の恩恵を与えていたようだ。
強いて言えば精霊の樹周辺は恩恵が大きくなるので、その分エルフが得しているけれど管理している手数料みたいなものだと思えば、当然の取り分とみることもできる。
だけれど精霊の力が弱まり、獣人が――精霊を知っているのは一部だけらしいけれど――抗議したらしい。エルフとしては平等にやっているわけで、抗議される謂れもない。
怒ったエルフ側が獣人族への恩恵を少なくしたことで、完全に決別した。2種族が暮らしていた町や村はぎすぎすしているとのこと。中には壁を作って完全に接触を断ったところもある。
どっちがどうのと言うつもりはないけれど、僕が呼ばれた理由である獣人族との争いはこういう経緯で起こったらしいので、助かったような、余計なことに巻き込まれたような。
少し前まではなんだかんだで良き隣人だったものが、今では敵となるわけで自分たちの侵攻に妥当性を持たせるために僕を使いたいらしい。
「この戦はエンシェントエルフ様が認めた聖戦である。全軍誇りを胸に戦うように!」
みたいな感じで鼓舞するのかね?
そもそもこういった戦いでどういったことが行われるのかなんて言うのは、僕にはわからない。
対獣人戦に微妙にかかわってくるのが、フラーウスとニゲルの戦争。
現状この二国間がきな臭いぞ、くらいの情報が入っている。
それに対して周辺国はフラーウス寄りで静観するスタンスをとっているらしい。
戦争が始まればニゲルからのちょっかいに気を払わなくてよくなるので、それに乗じてエルフ側は獣人を攻めるつもりらしい。
あちらの戦争と違って、こちらは国内で行われる紛争。隣で戦争をやっているとこちらへの注目度が下がるので、より動きやすくなるという寸法のようだ。
それでうまくいくのかは知らないけれど、下っ端は国王の言うことを聞いておけばいいんだろう。
それよりも、フラーウスが戦争を始めるのもそろそろなのか。1度様子を見に行きたいところだけれど、こっちも区切りが良いところまで行きたい。
それにしてもあの作戦を実行するのだろうか。
クラスメイト達が起用されるかはわからないけれど、上手く立ち会えたらいいな。
で、面白情報の最後は、精霊の樹の中でも上階にありながら隔離された場所にいた。
要するに牢屋。だけれど、無骨な鉄柵で仕切られたようなところではなく、上流階級が入れられるような場所。
そこに1000歳に近い、年老いた――それでも見た目は初老と言った感じの――エルフが居た。





