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「お前は強いと聞いている。それこそ、騎士達にも負けない強さがあるだろうとも。
それなのに、お前を連れてきた騎士が腕を失ったのはどういうわけだ?」
「護衛が護衛対象を守るのは当然のことと思いますけど。
その騎士がわたしに恨み言でも言っていました?」
この王子様もスァロクみたいなこと考えているのか。
ちょっと煽ってみると、第六王子は「言ってない」と苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
苦虫を噛み潰すって言うけれど、苦虫ってなんぞや。
かつて虫食はあっただろうし、今の日本であっても食べられているところでは食べられているだろうけれど、虫を食べるというのが個人的には忌避感がある。
そんなことはどうでもいいか。
「だが、力の強い者が力の弱い者を助けるのは当然だろう?」
「力が弱いものを助ける……ですか。では獣人の味方をしましょうか?」
「なぜそうなる。獣人どもは、我らへの恩を仇で返すような輩だぞ!」
「弱いものを助けるのでしょう? 精霊の樹を押さえている以上、エルフ側の方が圧倒的有利でしょうから、獣人側の方が弱者になると思うのですが」
「そうではない。お前はエルフなのだから、エルフを助けて当然ではないか」
言いたいことは分かるけどね。
それにその考え自体は王族として間違えているとも思わないけどね。
王族だから権力を持っている。だけれどその力はむやみに使うのではなく、民=弱者のために力を使うように教育されてきたのだろう。
と言うかこの王子、わがまま放題かと思ったけれど、王族としての矜持のようなものはしっかり持っているらしい。国民のために使えるものは使うくらいの潔さはありそうだ。
だけれど、自分が納得できないことを飲み込むことはできない、と言った感じかな。
「ではわたしがその騎士を助けたとして、わたしに何のメリットがありますか?」
「国のためになるのだ、誉だろう」
「誉でどうやって生きていくんですか? 殿下はもしかして誉を食べて生きてきたんですか?」
「何だお前は、さっきから馬鹿にしおって」
王子が怒った。怖い!
今更か弱いアピールしても意味ないだろうけれど。
と言うか、怖くないし。むしろデコピンしたい気分。
怒りに任せて前のめりになってきたせいか、王子が近づいてきたのも嫌だ。
「馬鹿にしているのは殿下でしょう?
護衛はわたしを守ることで報酬がもらえたはずです。仕事ですから。
ですが、わたしが彼を助けたところで、わたしは何ももらえません。仕事ではないですから」
「そんなに金が大事か」
「大事ですよ。何言っているんですか?
お金がないのにどうやって生活する気ですか?」
「出来るだろう普通に。オレは今まで金などほとんど使ったことはない」
「それは国が払っているんでしょう。殿下の口に入る食事は、どこからともなく現れたものではないはずです。
着ている服だって、お金を払って買ってきたはずです。
ということで、そんなことも知らない殿下はおかえりください。話すの面倒くさいです」
つい本音が漏れたら、王子がとても不機嫌そうな顔になった。
この王子が言いたいこともわからなくはない。見返りもなく誰かのために働くことは素晴らしいことかもしれない。王族であれば、民からの見返りもなく、それでいて民のために動かないといけないこともあろう。
でもそれは押し付けたとたんに陳腐になる。
そもそも支配者階級と被支配者階級では条件が違うのだ。
王子は前者、今の僕は後者。相容れるのは難しい。
と言うのが、僕の考えだけれど、これが正しいかどうかは知らないし、王子の教育係でもないので教えるつもりもない。
ただただ面倒だから帰ってほしいなと言うだけだ。
こちらに会話の意思がないと分かってくれたのか、王子は忌々しそうにこちらを見ながらも、部屋を出て行こうとする。
そこでふと思うことがあるので、出ていく王子の背中に語り掛けることにした。
「わたしが本当に弱いものを助けるのだとしたら、世界にいるすべての人がわたしの敵になりますよ?」
「何を言っている?」
足を止めた王子がこちらを訝しげに見てくるけれど、これ以上は答えてあげない。
せいぜい悩めばいい。そしてもうこの部屋に来なければいい。
にっこりと笑って黙っていると、舌打ちをした王子は荒々しく扉を開けて出て行った。
「まあ、助けようにももう助からないみたいですけどね」
閉じた扉に向かって、そんな風に小説の主人公みたいに呟いてみる。
ちょっと哀愁を漂わせたかったのだけれど、我ながら白々しいにもほどがある。
この世界を守ろうと思えるほど、思い入れがないのが原因かな。
でもこの世界の弱者の中で、この世界に住む人が助けるべきは、この世界そのものだと思う。
僕は助けないし、今更遅いのだけれど。
それをせずに、人同士で勝手に争っているのに、弱者も強者もないよなー。
こう考えられるのは、僕が世界の事情をある程度把握しているからなんだけど。
とりあえず今夜から、お呼びがかかるまで、精霊の樹を探ることにしよう。





