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馬車での移動は時間がかかる。
揺れは思ったほどでもないけれど、それでも揺れるものは揺れる。
「ルルスは大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。お姉様」
スァロクに正体を伝えられた数日後には、精霊の樹に向かうための馬車が用意された。
特別荷物もないので、すぐに出発することになったのだけれど、これがなんとも暇なのだ。
しかも馬車が行くのは森の中。乗り物が苦手だったら完全にグロッキーになっていたことだろう。
それでもかなり揺れは軽減されていると思う。少なくとも、僕の持つにわか知識で改善できるところはなさそうだ。サスペンションとか流石に聞きかじりの知識しかないから、そもそも改善できないと思うけれど。
それにむしろ地球の車に乗ってこの道をいっていたら、いまよりも揺れているのかもしれない。
やはり技術的にはこの世界はかなりの物を持っているのだと思う。
速度の問題? それもありそうだけれど。
「お嬢様方。そろそろ休憩するよ」
馬車の中には基本僕とルルスだけしかおらず、周りをスァロク含めた5人ほどの騎士が囲んでいる。
御者も含めると、9人の旅路。昼食や野営、宿の手配は全部お任せなので、非常に楽。
でもたぶん、僕たちが走っていった方が早い。
で、休憩や食事の時にはスァロクがこうやって伝えてくれる。
なぜスァロクなのかと言われると、単純に僕たちと面識があるから。
他の騎士が僕たちの扱いに困っているというのもあるだろうけれど。
何せ伝説のエンシェントエルフが、こんな小娘なのだから。
A級の採取依頼を達成したという結果があっても、僕の実力を見たことがないのだ。
スァロクも見たとして、鎧猪を一撃したところだけだろうから正確に測れていないはず。
ついでに僕も自分の全力は知らない。
ルルスの全力も知らない。
ちょっと遊びで風竜さんに喧嘩を売りに行ったら、本当にデコピンで倒せてしまったので、知りようがない。
ほどなく馬車が止まって、休憩が始まる。
僕としてはまったくもって休憩しなくていいし、ルルスも同様だろうけれど、馬は休憩させないといけないのだそうだ。当然か。
だからやっぱり走った方が早いと思う。
それでも馬車をということは、それだけの扱いをしていますよと言うアピールなのだろう。
「精霊の樹でのわたしの扱いはどうなるんですか?」
「フィーニス様は、特別枠になるらしいよ。
一応は王族と対等ということにはなっているけど、権力的にはそうでもないとか何とか」
「つまりお飾りですね」
まあ、そんなところだろう。いくら伝説の種族だからと言っていきなり国のトップに据えるとか正気の沙汰ではないし、逆に何の地位も与えなければ貴族たちにいいように使われる可能性もある。
だとしたら、とりあえず権力のない高い地位につけておいて機嫌を取りつつ利用するというのも、1つの手段だろう。
何か手柄でも立てたら、王族と結婚させて権力を与えてくるかもしれないけれど。
相手が人族ならこんな感じなんだと思うのだけれど、エルフなので実際のところは不明。
エンシェントエルフ様のお心のままに、なんてなってくれると非常に楽そうだ。
精霊連れてって、後は世界崩壊まで達者で暮らせよと言って、次の国に行く。
そろそろフラーウスとニゲルの様子も見に行きたいところなので、スムーズに話が進んでほしい限りだ。
なんて思っていたら、木の下でルルスと一緒にいる僕のところに騎士の一人が慌てて走ってきた。
「賊が現れました」
「そう言うことでしたら、馬車の中に隠れていますね。
わたし達のことは気にせずに存分に戦ってください」
すぐさまそう言って、ルルスを連れて馬車に戻る。
僕は当然戦わない。戦うのは騎士の仕事だろうし、それを奪うことはしない。
僕のことを考えなくて良いと言った分、楽になるかもしれないし。
後は馬車の中で見物していたらいいだろう。
それにしても、良く賊に気が付いたなー。僕は気づけなかったよ。
何となくわかるようになってきたけれど……たぶん人型の相手が取り囲むように20人くらいかな?
森の中だろうにほぼまっすぐこちらに向かってくる。
それをエルフたちが射程に入った段階で、遠距離から一方的に攻撃し始めた。
徐々に賊は足を止め、エルフたちのもとに辿り着いたのは半分以下の8人。
それでも、エルフの騎士たちは1人以上を相手しないといけない。
「近づくだけで撃ってくるとは、エルフどもは野蛮だなぁ。
自分たちの都合しか考えてねえ」
「そちらこそ、急に文句を言い出してきたではないか」
「お高く留まりやがって、構わねえ、やっちまいな」
何て会話が聞こえてきたので、幌の隙間から様子をうかがうと、賊と言うのは獣人だった。
もしかしたら他の種族もいるのかもしれないけれど、話の流れ的にエルフは居ないと思う。
それで獣人だけれど、人に耳と尻尾をつけた感じのビジュアルをしている。
後は手足が動物のそれに近そう。
族のリーダーっぽいのはトラみたいな見た目。一緒にいるのもネコ科っぽい。
「ルルスはこの対立どうみますか?」
「金品目当てなのではないでしょうか」
「まるで興味なさそうですね」
「興味ないですからね」
話しながら頭を整理しようかと思ったけれど、ルルスの気持ちもわからんでもない。
「では、光の精霊的にはこの国の精霊に近づいていると思いますか?」
「そうですね……近づいているとは思いますよ。少しずつですが、力が強くなっているのを感じます」
「なるほど……精霊の力ってやっぱり、精霊の近くにいたほうが大きいんですよね?」
「はい。おっしゃる通りです」
だとしたら、この諍いはちょっと面倒くさい可能性がある。
精霊の樹に着いてからも、どうせ面倒くさいことになるのだろうけれど、これはもしかしなくても、スムーズに話が進まなくなった奴ではないだろうか。





