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コレギウムというものは、国をまたいで存在する組織になる。
同時に国とは別系統の組織である。だからこそ、その裁量で国境を超えることができるのだとか。
また仮にその国が戦争を始めたとしても、コレギウムに所属していることを理由に戦争に連れていかれることはない。
では国とコレギウムは無関係なのかと言われたら、当然そんなことはない。
むしろ、この2つは密接にかかわりあっている。
そもそもコレギウムの建物を建てるための土地は、その国に依存しているのだ。
所属している冒険者もその多くが、同時にその国の国民になる。
それはつまり冒険者として戦争に連れていかれることはなくとも、国民として徴兵は出来る。
また国民が冒険者になるということは、コレギウムはその国というよりも所属している町や村を蔑ろにしすぎると、冒険者の数が増えずに解体に追い込まれる。
国としても落伍者の受け皿や、魔物を減らすという意味ではコレギウムに依存するところもあり、互いが勝手にできるという関係ではない。
つまり何が言いたいかと言えば、コレギウムが国の意向に従うのはそれほど珍しいわけじゃない。
あと単純にコレギウムの職員だとか、幹部だったとしても、人なので大金ちらつかせたら簡単に言うことを聞くこともある。
だから受付さんは大変だなー、とそう言う話だ。
何せ見た目14歳のひいき目に見てD級程度の実力の女の子に、上からの指示でA級相当の依頼を勧めなければならないのだから。
何も知らない人であれば、死刑宣告をするようなものだ。一般人がやるには少々責任が重い気がする。
依頼なのでこちらが受けなければそれで終わりだけれど、それならそれで受付さんに皺寄せが行くかもしれない。
だから可哀そうだなーと思う。
人によっては、僕が死ぬ事で心を病むこともあるだろうね。
逆にそんな依頼を達成してくることがあれば、驚くとは思うよ。
でもね。だからと言ってね、大声で「A級の依頼達成したんですか!?」と叫ばないでほしい。
目立つから。非常に目立つから。
ほらルルスの機嫌が悪くなった。
気の遠くなるような期間、閉じ込められ消滅寸前のところまで力を奪われ続けたのだから、ルルスが種族問わず人と呼ばれる存在を嫌っているのは分かる。
だけれど、僕自身はそこまでではない。
フラーウスには思うところはあるけれど、他の国の人には興味がない。
世界を崩壊させようとしているといっても、僕には愛着のない世界の話だし。
それはつまり、この世界の人が死のうがどうしようが知ったことではないということだけれど。
「フィーニス様。コレギウム・ドゥチェスがお呼びです」
「ルルスを連れて行っても良いですか?」
見た目14歳がA級依頼を達成したことに騒めくコレギウムの中、驚いた受付さんとは別の職員が僕を呼ぶ。この場にいても面倒くさそうなので、逃げ出すために話に乗っかることにした。
あちらの思惑として、事が大きくなりそうだから動き出したのかもしれないけれど、むしろそれなら好都合。
「はい。パーティメンバーもご一緒で構いません。
大丈夫でしたら、着いてきてください」
職員さんが先導するのについて、僕たちはコレギウムの奥へと入っていった。
◇
待っていたのはコレギウム長ではなく、スァロクだった。
だけれど、軟派な軽い雰囲気はなくまるで騎士のように真面目腐った顔をしている。
最初からこの雰囲気だったら幾分印象も違っていただろうに。
連れてきた職員はすでに退出し、ここには僕とルルスとスァロクだけになった。
「まさかスァロクさんがコレギウム長ってわけじゃないですよね?」
「はい違います。そして数々の無礼をお許しください、フィーニス様」
僕の前に跪き、丁寧な口調で許しを請う姿はなんとも騎士らしい。
「さて、許すかどうかはそちら側の心がけ次第かと思いますよ?
特にうちの妹がどんどんイライラしているようで、こちらも戦々恐々としているんですから」
「いいえお姉様。私はイライラなどしていませんよ?」
ルルスは無表情で弁解するけれど、そのあたりがイライラしていると言われるゆえんだと思う。
ちらっとスァロクを見てみるけれど、特に反応はない。ルルスに対して何かしらのマイナス感情を抱くと思っていたけれど、そこまで愚かではないらしい。
「現状の評価で言えば、わたしは『精霊の樹』の上層部に対してあまりいい感情は持っていませんよ?」
「なぜそれを……?」
跪き今まで顔を上げなかったスァロクが、驚いたように顔を上げた。
目が合うので、にっこりと笑ってあげる。
「わたしに接触してきておいて、それはないんじゃないですか?
……ああ、なるほど。貴方達はわたしが自分のことに気が付いていないと思っていたんですね?」
「……」
黙ってうつむくスァロクの反応に、この考えは間違いではなかったと確信する。
確かに現状エンシェントエルフが現れるとしたら、エルフが先祖返りして生まれることだけだろう。
外見による大きな違いはないので、普通のエルフと勘違いして育てられたなんてことはありそうだ。
僕も見た目が変わらないから、自分の身体がエンシェントエルフのものだと忘れていたのだし。
エンシェントエルフって言っても、彼らの全盛期だと彼らこそが単なるエルフだろうし。
「まあ、貴方に文句を言っても仕方がないんですよね。どうせ上からの指示でしょうし。
それからその気持ち悪い話し方なんですか? 騎士のつもりですか?」
「いやぁね。オレこれでも騎士なのよ」
「どうせ誰も見て居ませんし、前みたいで構いませんよ」
「それじゃあ、遠慮なく。公式の場ではしっかりしますけどね」
話し方が戻って一安心。なんか、無理している感じがして、こっちまでムズムズしてくる。
スァロクにも考えがあるんだろうけど、それを僕が察してやる必要はこれっぽっちも無いはずだ。
ある意味で優秀な騎士なのかもしれない。密偵みたいなことしているけれど。
「ところで、精霊の樹に連れて行ってくれるんですよね?」
「君が良かったらね」
「一度行ってみたかったですからね。
そちらの話を聞くまでは大人しくしておくと誓いますよ。ですからちゃんと案内してくださいね?」
こちらを警戒しているのを隠そうとしているスァロクに、僕は出来るだけ優しい声でそう告げた。





