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GYAOOOOO!!
ついローマ字で表現したくなる迫力。
目の前にいる中位竜の風竜が同種の少し小さい個体に雄たけびを上げている。
つまりここには中位竜が2匹いる。
中位竜ともなれば、ランクで言えばA級――平均ステータス150以上――に相当するような魔物だ。
実力D級の僕が普段目にするようなものとは訳が違う。
こんなのが町に現れれば、それだけで大混乱は必至。普通の冒険者であれば、出くわした段階で絶望するだろう。
しかもこれで中位竜なので、当然さらに上の上位竜とかもいるから驚きだ。
僕ならデコピンで消し炭にできるだろうけれど。
それに『隠密』を使っておけば気が付かれない。
ここは森深くの山の上。なんでこんなところで竜の縄張り争いなんて見ているかと言えば、それは今朝のことにまでさかのぼる。
◇
結局のところスァロクが僕たちの後をつけていたのかはわからない。
スァロク本人が着いてきていた可能性が高いとは思うけれど、もしかしたら別の人がスァロクに教えていたのかもしれない。
どちらにしても、あの日以来少なくとも町の外で僕たちを監視する人は居なくなった。
でも軟派は続いている。手を変え品を変え、容姿を褒めたり、達成した依頼の難易度が高いことを褒めたり。
よくもそんなに言葉が思い浮かぶものだ。
適当にあしらっても懲りずにやってくる精神力は驚くほどだ。
中二の時分であれば『驚嘆』とか使いたくなるレベル。驚嘆はそんなに中二っぽくないかな?
ともかく、町の外での監視はないけれど、町の中では監視されているような気分だった。
気になるのは僕にばかり構ってくること。見た目ならルルスだって可愛いと思うのだけれど。
それからコレギウムで依頼を紹介される回数が増えた。
数回に1回は僕に話が来るようになったのだけれど、流石にこれは多い。
はじめはE~D級のステータス的には十分達成可能な依頼だったのだけれど、次第にC級に足を踏み入れるんじゃないかと思しき依頼まで回されるようになった。
弁解をしておくと、その依頼がC級なんて達成するまで知らなかったのだ。
討伐依頼ではなくて、採取依頼だったから鑑定を持っていてもそのランクが良くわからなかった。
何かランク高い魔物が多いとは思ったけれど、『隠密』を使えば行って帰ってくるだけだし。
ルルスは精霊化すれば問題ないし。
で、何かおかしいなと思いつつ、今日もまた採取依頼を勧められたので受けた。
なぜなら報酬が高いから。
それで依頼書に書かれているところに行ったら、風竜の縄張りだったわけだ。
加えて縄張り争いをしているというタイミング。
見物人としては完璧のタイミング。だけれど依頼を抱えた冒険者にしてみると最悪のタイミング。
片方が殴りつければ、片方は尻尾で反撃するような、手に汗握る攻防。
硬いはずの鱗は剥がれ、割れ。青い血が流れる。
周りへの影響も馬鹿にできない。台風かと思うほどの暴風が2体の周りで渦巻いている。
下手に近づこうものなら、並の存在であれば切り刻まれることだろう。
そんな見世物を見物しながら、ふとルルスに尋ねてみる。
「ルルスはアレらに勝てますか?」
『あれくらいなら数秒で勝てるでしょう』
「やっぱりルルスは強いんですね」
『フィーニス様なら一撃ではないですか?』
「そうですけどね。それにしても、なかなかに迫力ある見世物ですね」
『悠長なことを言っていますけど……』
「ルルスが言いたいことは分かりますよ? 誰かが僕のことを試しているってことですよね。」
『やはり気が付いていたんですね。放置するんですか?』
「仮にあの町のコレギウムを壊滅させても、大して意味はないと思いますし。
それにそのうち精霊の樹まで招待してくれますよ」
精霊の樹の場所がわからないから、案内してもらおうとそういうことだ。
たぶん聞けば教えてくれるだろうけれど、尋ねた時点で精霊の樹に連絡が行く。
だったら連れて行ってもらった方が楽しそうだ。
僕の存在が知られている以上、精霊の樹での立ち位置は決まっているようなものだし、後は僕の扱いがどうなるか。
「あと単純に、こいつらどこまでやる気なんだろうって怒り交じりの好奇心があるだけです」
『怒ってはいるんですね?』
「ちょっとイラっとしているくらいですよ?
とは言え、一線は越えた感じはしますね。普通なら死んでますよ」
実力を試すにしても、竜種の巣まで採取に行かせるとかやりすぎだと思う。
誰がこなせるよ、こんな依頼。
まあ、僕はこなすけど。
2体の竜を尻目に『隠密』使って該当する薬草を取って終わりだ。
『それにしても、どうしてフィーニス様が特別な存在だと気が付いたんでしょうか?
特別な存在だと気が付いている割に、亜神だとは思っていないみたいですが……』
「ああ、それですね。割と簡単ですよ。僕もちゃんと考えるまで忘れていましたけど」
『どういうことですか?』
「この体って神様に貰ったわけですけど、その種族は分かりますか?」
『エルフですよね?』
「ルルスでもわからないものなんですかね?」
『そうおっしゃるということは、ハイエルフ……いえ、これはエンシェントエルフ……!?』
おお、ルルスが驚いている。これはレアだ。
だとすれば、もっと教えるタイミングは計るべきだっただろうか?
というわけで、忘れていたけれど僕はエンシェントエルフの体を持っている。
エルフの古代種で、現存するエルフよりもステータスが高いと言われているらしい。詳しくは知らない。
風竜が竜種の中位種であれば、僕はエルフという種の上位種と言っていいかもしれない。
そんな存在なのだ、具体的な方法は置いておいて、使い道はきっといろいろあるんだろう。
特にエルフ社会の上層部とか、喉から手が出るほど欲しがったり、逆に何としても殺したかったりしても可笑しくはない……と思う。
まあ、僕はすっかり忘れていたけどね。興味なかったからね。
風竜の縄張り争い。少し大きさが小さいほうが順当に負けたところで、僕たちは町に戻ることにした。





