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鎧猪は牙と持てるだけの肉を持って帰ることにした。
余った部分は放置。本当は燃やして埋めたほうが良いのだろうけれど、現状使っても良いかなと思う手札だけでやろうと思うと、ものすごく時間がかかる。
万が一、死体につられて魔物が集まってきたとしても、この位置なら町に影響もないだろうからきっと彼だか彼女だかも目を瞑ってくれるだろう。
ルルスが居てくれるお陰で、持って帰れる量が増えたのは純粋にありがたかった。
◇
「はい。確かに鎧猪で間違いありません。これで依頼達成となります。
危なくはありませんでしたか?」
「遠くから狙いましたから。何せわたしは天才弓使いのフィーニスちゃんですからね」
「お姉様……」
鼻高々に胸を張って言ってみたら、ルルスが呆れたように僕を呼んだ。
悪いなルルス。この国ではこのネタで行くんだ。そして僕が天才弓使いである以上、ルルスは天才魔法使いになる。
魔法少女にしなかっただけ、ありがたく思うがいい。
受付さんはパチパチパチと控えめに拍手してくれた。
受付さんの耳を見る。特に動いていない。悲しい。
「へぇ……その年で鎧猪を一撃で仕留めるなんて、なかなかやるね」
悲しみに暮れる演技でもしようかと思ったら、後ろからこんな男性の声がする。
非常に振り向きたくないので、無視することにした。ルルスも適当にあしらうだろう。
「そう言えば、何かいい依頼ありましたか?」
「えっと……」
僕が尋ねても受付さんは答えず、代わりに僕の後ろを不安げな様子で見る。
まったく、子供に絡んでくる系冒険者はいない世界だと思ったのに、そんなことはなかったのだろうか。
エルフの冒険者が駄目なんだろうか。
後ろにいるということは、帰り道は塞がれているわけで、相手をしないわけにはいかないんだけど……。ルルスは隣で我関せずと言わんばかりに、目を閉じている。
なぜルルスではなく僕に絡んでくるんだか。
「何用ですか?」
「お、なんだか悪いね。用事って程ではないんだが、前途有望な若者がいたから、アドバイスでもと思ってね」
「間に合ってます」
振り返った先にいたエルフ男性は、エルフだけあってイケメンだ。
だけどここはエルフの町なので、見慣れたイケメンだともいえる。
そもそもイケメンに絆される気はない。なにせこちとら亜神様だ。
異性とか同性とかそう言うのは、あまり関係がない。
むしろ元男なので、男は出来ればのーさんきゅーでいたい。
「オレはスァロク。よろしければお嬢さん方。名前を教えてくれないかい?」
お、ナンパの仕方を変えてきた。
前世だと知らない女の子に声をかけるとか、メンタル的に不可能だった僕にしてみれば羨ましいほどの強メンタルだ。
でものーさんきゅーは変わらない。
「と、言っていますが、この人信用できる人ですか?」
のーさんきゅーでも、情報は欲しいので、受付さんに聞いてみる。
「そうですね。スァロクさんは数年前に『精霊の樹』からやってきた高ランクの冒険者で、女性に対して軟派なところはありますが、人気があって信頼できる人ですよ」
「そうそう、だから名前を教えてくれたら、きっといいことあるよ。
パーティを組んであげたりとかね」
「なるほどなるほど。ですが、のぞき見をする人は評判が良くても、名前を教えるつもりはないですね」
スァロクの目が一瞬剣呑とした……気がする。
すぐにひょうきんな表情に戻ったので、見間違いだったかもしれないけれど。
「いやいや、言いがかりはよしてくれよ」
「この肉塊を見ただけで一撃で倒したなんて言う人が、良くそんな風にとぼけられますね」
「あー……あー……。オレそんなこと言ってた?」
スァロクが受付さんに確認すると、彼女はゆっくりとした動きで、だけれど確かにうなずいた。
「はぁ……嬢ちゃんたちが2人で森の中に入っていくから、万が一がないように着いて行ったんだけど……」
「信用は出来ませんね」
「わーった。わーったよ。ちゃんと信用を得てから、誘うようにしよう」
引き際をわきまえているのか、そう言って去っていくスァロクを見送り、受付さんに向き直る。
「あの……良かったんですか? またとないチャンスだと思うんですけど……」
「いかに人気があろうと、今のあの人はわたし達にとってはこっそりつけてきた変態ですからね。
さすがに信用できませんよ」
「そう……かもしれませんね。ですけど、良い人ではあるので、何かある前に助けを求めてみてください」
「考えておきます。ところで『精霊の樹』って何ですか?」
僕が問いかけると、受付さんはキョトンとこちらを見る。
チラッと、ルルスを見てみたけれど、首を振られたのでたぶん彼女も知らないのだろう。
この国では常識なのかもしれないけれど、残念ながらわたし達は分からないのだ。
受付さんも合点がいったらしく、手を叩いて応えてくれた。
「確か外から来たんでしたね。精霊の樹というのは、他国で言うところの王都でしょうか。
エルフの王族が住む場所で、この国を豊かに保ってくれています」
「そうなんですね。今日は帰りますが、スァロクさん? でしたっけ?
わたしの名前教えないでくださいね。それでは」
一応釘を刺しておいて、コレギウムを出る。
有名な冒険者からの誘いを断ったということで、多少目立ったけれど、その割には視線も少なく及第点ということにしておいてやろう。
帰り道、ルルスに「始末しなくていいんですか?」と聞かれて意外と過激なんだなーと思った。





