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次の日。コレギウムに朝から向かう。狩り依頼がないかを見てみたけれど、残念ながら1つもなかった。狩ってくれば売れなくはないけれど、どうしても割安になってしまう。
大金貨が余っている以上、お金の心配はする必要はないのだけれど、何と言うか地球での感覚が残っている感じ。お金があっても働かないと悪い気がする。
仕方がないのでD級の討伐依頼でも受けることにしよう。
「鎧猪って猪ですよね?」
「猪みたいな魔物です。猪との違いは皮が鎧のようになっているので、並の矢では傷をつけるのも難しいでしょう。狙うなら目や口、後は関節でしょうか。魔法が使えるならそちらを使うのが簡単です」
「普通の動物との処理の違いはありますか?」
「皮が固く血抜きが大変なこと以外は普通の猪と同じですね。
首に皮膚の継ぎ目があるので、一般的なナイフがあればなんとかでしょうか。
コレギウムとして最低限持ってきてほしいのは、牙ですね。1体分でも持ってきてくれれば依頼達成です」
「なるほど分かりました」
猪と変わらないなら問題ない。
気を付けるべきは、皮膚に当てないこと。
手加減のために弓を使っているけれど、それでもD級の魔物の防御力くらいなら軽く貫けると思う。
「そういえば、動物の狩り依頼ってないんですね?」
「もしかして、国外から来たんですか?」
「森の中で迷っていたら、って感じなんですけど」
あ、受付さんが少し呆れている。
美人のそう言う表情が好きと言う人もいるかもしれないけれど、僕はどちらかと言うと怖いと感じていた側。
美人に罵倒されてお礼を言う種族の方々の気持ちはわからないのです。
それが駄目だとは言わないですが、僕は嫌です。
まあ今の状態で罵倒されても、へッと思うくらいだけれどね。
たぶん神様が相手だったら、土下座する勢いで謝ると思う。
それから、ルルスに耳のことを言われて、他のエルフたちの耳を見ているのだけれど、皆ピコピコしていることがあって楽しい。
呆れる受付さんの耳は微動だにしていないのだけれど、これは感情を隠すのがうまいのか、単純に呆れているときは動かないのか。
「フィーニスさんもそうだと思いますが、エルフは基本的に狩りは得意ですから、依頼に出さなくても皆さん狩ってくるんです」
「言われてみればそうですね。魔物討伐が多いのもその関係ですか?」
エルフの強さを考えると、B級までの討伐依頼は問題なくこなすと思うのだけれど。
でも数が少ないのか。だからなのか。
「そう言うわけではありませんがエルフは数が少ないですから、どうしても魔物討伐が追い付かないんです」
はい、正解。これは名探偵名乗れるかな。名探偵フィーニス。語感は悪くないと思うけれど、向いていないのは知っているのでパス。
「それは大変ですね。ですが、魔物が増えていないようでよかったです。
定期的に殲滅しているんでしょうね」
「……ええ、そうですね。それでも、出来るだけ討伐の手伝いをしていただけると助かります」
「そうしないとわたしもお金なくて困りますからね。何か良い依頼があれば教えて下さいね」
「よろしくお願いします」
頭を下げてルルスのところに戻ったところで気が付いた。
そう言えば、ルルスって冒険者になっていないんだっけ?
こちらを首をかしげながら見てくるルルスに、一応尋ねてみる。
「ルルスは冒険者にならなくていいんですか?」
「お姉様が話をしている間に行ってきましたよ。お姉様と同じF級です」
「ステータス的にはわたしの方が上ですけどね」
「分かっていますよ」
僕と軽口をたたくルルスのステータスがこちら。
ルルス
年齢:14 性別:女
体力:45
魔力:65
筋力:30
耐久:35
知力:60
抵抗:65
敏捷:50
エルフってことで敏捷は高めで、後は魔法関係に振ってみたD級相当――と思われる――ステータス。
対して僕は魔法方面を下げて、物理方面を上げた感じのステータスにしている。
一応他のエルフのステータスも参考にしているので、目立つこともないだろう。
周りからの視線を感じるけれど目立っているわけではないのだ。
そう言うわけで、目立っていない僕たちは町の外まで鎧猪を倒しに行くことにした。
◇
「お姉様が倒しますか?」
『隠密』は使わずに森の中に入って、木の上を飛び移るように移動する。
鑑定で鎧猪を探したところで、ルルスに尋ねられた。
鎧猪とはかなり距離があり『隠密』無しでも、気づかれてはいないだろう。
鎧猪は何と言うか、毛皮の代わりにサイのような皮膚を持っているといえばわかりやすいと思う。大きさは動物の猪の1.5倍くらいで、前世で遭ったら絶対に泣く自信がある。
野生動物を舐めてはいけない。人は武器なしには、犬も倒せないことだろう。
鎧猪の継ぎ目は見えづらく、目も常に開いているわけではないし、小さい。つぶらな瞳は可愛いけれど、それを狙うとなると、エルフでも難しいのではないだろうか。
僕もやってみないとわからない感じだ。出来るとは思うけど。
「わたしがやっても良いですけど、ルルスってどれくらい手加減できますか?」
「出力の調節は出来ますが、どの程度までなら一般的なのかよくわからないです」
「それならわたしがやります。弓の練習にはもってこいですからね。
弓の腕前がステータスに現れないのは地味に助かります」
ということで、背負った弓に矢をつがえる。
狙って、狙って……射る。
ヒュ……と高い風切り音を立てて飛んで行った矢は、まっすぐに鎧猪に向かいその目を穿った。
次いで現れた2体目も、同様に一撃で仕留める。
「行きますよ」
ルルスに声だけかけて、音を立てないように鎧猪に近づく。
「ルルスは血の匂いが広まらないようにできますか?」
「それくらいなら大丈夫です」
今更だけれど光の精霊だからと言って、光属性しか使えないわけではないらしい。
そうでないと、ルルスだけで世界の調整なんてできないだろうから、考えてみればおかしなことではないのだけれど。
光はルルスが生まれた時に持っていた属性で、最も得意な属性だと言える。
富んだ土を作ろうと思ったら、ルルスもできるけれど、土の精霊の方が向いているということになる。
ともあれ、ルルスのお陰で他の魔物が寄ってくるのをあまり気にせずに、作業が出来る。
継ぎ目に合わせてナイフを添わせて、いつもの要領で血抜きをしたのだけれど、安物のナイフが一気にきれなくなった。
あとでスキルで何か作っておこう。
鎧猪の皮膚くらい切れるナイフも作れるけれど、作るとしたらそれよりもいくつかランクが下の奴かな。
何て考えながら処理をする。
本当は今すぐにナイフを作りたいところなのだけれど、人に見られながらやるのは趣味じゃないのだ。





