閑話 とある女生徒の独白
特に本編で目立たないクラスメイト視点も欲しいかなと思って書きました。
異世界召喚に巻き込まれたアタシ――森崎沙紀は、とにかく不安だった。
ステータスとか言われてもそれが何だって話だし、スキルと言われてもよくわからない。
アタシ達が勇者って言うのもわからなかったし、楽しそうにしているクラスメイトの気持ちもわからなかった。
だけれど、それから始まった生活はそこまで悪いものではなかった。
部屋はきれいだし、ベッドはふかふかだし、お城の人は親切。訓練にさえ出ていればあとは自由で、訓練も普段の学校の授業よりも短かったから、前よりも自由時間が増えたと言っても良い。
それでも知らない土地に急に連れてこられた不安は、なかなか拭えるものではなかった。
何せアタシには特に仲が良いという人がいない。
だから周りに合わせて、何とか目立たないように生活していた。
たとえそれが息苦しくても、そうするほかになかったのだ。
何でそう思っていたのかと言えば、通山君の存在がある。
彼はこちらの世界に召喚された後、あることがきっかけでクラスの中の上位カーストに睨まれることになった。
それについてはアタシもムッと思ったのは事実だ。だって、いきなり国王に契約を持ち掛けたのだから。見ている側としては、冷や冷やしたのだ。
結果、快適な生活が送れるようになったので、アタシとしては何も口出しする気はなかった。
だけれどそう思わない人が少なからずいた。
その中に市成君や月原さん、平山さんあたりが居たのが悪かったのだと思う。
磔馬君達も加わって、ついにいじめにまで発展した。
それと同時期に通山君の耳を塞ぎたくなるようなうわさも聞こえてきた。
だからいじめられても仕方がないのかなと、思うようになった。
通山君に対する悪口が気軽に言えるような雰囲気が出来上がっていた。
通山君になら何をしても良いみたいな雰囲気が出来上がっていた。
気が付けばアタシもそれに加わっていた。
元より悪いことをしている通山君の悪口を言うことで、異世界に連れてこられたという不安を紛らわせることができたから。
一緒になって悪口を言わないと、今度は自分がいじめの対象にされかねないから。
殊勝なことを言ってみたけれど、当時は罪悪感なんて全くなかったんだ。
皆やっているから大丈夫だろうって、本当に通山君なんか死んでもいいって思ってた。
皆も同じことを言っているから、間違っているなんて思いもしなかった。
だけれどこの世界にも慣れてきたころ、それが間違いだったと思い知らされた。
◇
まずは通山君が死んで、少しした後の訓練。
今まで優しかった騎士達が、皆厳しくなった。
なんだかんだで怪我なんてほとんどしたことなかったのに、その日を境に生傷が絶えなくなった。
大怪我をすることはないけれど、毎日体のそこかしこを怪我する。
体育の授業みたいだった訓練が、いきなり本格的なものに変わったのだと思った。
ある日、平山さんのグループの1人である津江さんが訓練に来なくなった。
何かをやらかして兵士たちにリンチにあっていた。
怖かった。
アタシも何かやらかしたら、津江さんと同じような目にあいそうで、今更になってアタシ達がフラーウス王国に生かされているのだと自覚した。
兵士にリンチされている津江さんを見ても、月原さんが何も言わなかったのが印象的だった。
市成君もここのところずっと、気落ちしている。
ある日、磔馬君が別人のように変わってしまった。
磔馬君だけじゃない。皆、皆。きっとアタシも変わってしまったのだろう。
しばらくして、津江さんが売られた。
人が売られるって感覚がまずわからなかったのだけれど、本当にお金で売られてしまったらしい。
人を売り買いできる世界。何の後ろ楯もないアタシ達は簡単に売られてしまう。
少しでもフラーウス王国に盾突いたら……ううん、ちゃんとした働きが出来なかったら、たぶん売られてしまう。
それがなんだか怖かった。だって日本じゃあり得ないから。
知識としてはある。歴史を学んだ。
現実にあることも知らなくはない。少年たちが戦争に駆り出されているという話は聞いたことがある。ならばお金で売り買いされる人もいるのだろう。
だけれどそれは遠い世界の話。日本にいるアタシには関係のない話だった。
それなのに目の前に現れたそれは、アタシに不安を植え付けるのに十分だった。
その時に告げられた重大な事実。
すなわち、どうしてアタシ達への対応が悪くなったのか、その理由。
フラーウス王国からアタシ達を守っていたのは、通山君だった。
金槌で頭を叩かれたような気分だった。
でも通山君はお城の人達に酷いことをしていたって……。
そもそもそれって本当だったの?
通山君はいじめられていた。
特に磔馬君達のグループに暴力を振るわれていた。
ボロボロの身体で噂通りのことをしていた?
無理だ……とは言わないけれど、現実的じゃない。
ならアタシ達がしていたことは?
アタシ達は……アタシ達は……。
アタシ達はどうしたら良いの?
ああ……ああ…………。ごめんなさい、ごめんなさい。
だけど許してくれる通山君はもういない。
◇
アタシ達が勇者としてフラーウス国民にお披露目された。
盛大に行われ、多くの人が沸き立っている中でアタシ達は皆浮かない顔をしていたかった。
だけれど、命令によってそうはいかなくなった。
アタシ達は作られた笑顔で、決められた行動をとった。
フラーウスを盛り上げるために、フラーウスの繁栄のために。
その様はまさしく道具と言って差し支えない。
まさにアタシ達にぴったりだ。
通山君を亡き者にするために、良いように踊らされたアタシ達はまさしく道具だろう。
アタシ達には謝ることも許されない。
仮に通山君が生きていたとしても、アタシ達を許してくれないだろう。
◇
お披露目の後、アタシはとある部屋に押し込められた。
逃げ出さないように格子が取り付けられた、執務室のような場所。
そこでアタシは他の国の情報を集めている。
アタシのスキル『テイム』と『獣の耳』が、諜報に向いているかららしい。
『テイム』した動物たちに他国の様子を見てもらい、『獣の耳』で動物たちの声を聴く。
そして得た情報を紙にまとめてお城の人に渡す。
普段の訓練に加えて与えられた仕事で、本格的にアタシの自由時間は無くなった。
動物たちと一緒に居られる時間を地球では望んでいたけれど、今は虚しさしか感じない。
何のために生きているのか分からない。
朝起きて動物達から話を聞いて、訓練をして、情報をまとめて、寝る。
そんな生活でも、津江さんに比べるとマシかなと思うと救われた。
同時にあさましい自分に嫌気もさしていた。





