閑話 オレが消える日 後編2
「どうしてこうなったのか、どうして話せないのか、そんな顔をしていますね」
オレのところにやってきたメイドは、そう言ってオレを煽ってくる。
ああ、知りてえよ。なんでこんなことになったのかな。
だが声も出せないんじゃ、睨みつけるか、牢屋の格子にしがみつくくらいしかできない。
それがわかったうえで、あえてこんなことを言うわけだ。イラつかないわけがない。
ならせめて大きな音でも立ててビビらせてやろう。
格子を思い切り蹴ればビビるだろうし、うまくいけば壊すこともできる。
何だ難しいことじゃない。
格子に近づき、右足で思いっきり蹴ろうとしたら、左足が何かに引っ張られて転んだ。
っち、枷で繋がれているんだった。
メイドがオレを見て笑いをこらえている。
笑うなと怒鳴りたいが、声が出ない。
「そういえば、キョウスケ様は私の名を一度も呼ばなかったですね。
もしかして忘れていたんでしょうか?
だとしたらもう一度教えておきましょう。私の名はアナステナ・ウィーオアラと申します。
もう呼ばれることはないと思いますが、呼ぶときには家名でお呼びくださいませ」
今更名前が何だってんだ。お前が言った通り、声が出ねえから呼べねえんだよ。
立ったままこちらを見下ろしていたアナステナ(絶対家名で呼んでやらねえ)は、どこからか椅子を持ってきてそれに座る。
どうやらここに居座る気らしい。さっさと消えればいいものを。
「まずはなぜ私がここに来たのかをお話ししましょう。
単純な話です。これからキョウスケ様がどうなるのか、それを伝えに来ました。
ですが準備に時間がかかりますので、その間にキョウスケ様が退屈しないように話し相手になるようにとも言われております」
何が話し相手だ。馬鹿にしやがって。
「ですがキョウスケ様は話せませんので、私が一方的に話します。
最後まで聞くように、これは命令です」
命令だと? 誰が聞くか。
そう思ったはずなのにオレはオレの意思に反して、まっすぐにアナステナを見る。
体が乗っ取られたのか、と思って動かしてみるが、問題なく動く。
それなのにアナステナから視線を離すことができない。
「まず勇者達はこの国の奴隷となりました。正確には王家の奴隷ですね。
その指輪に隷属の魔法が込められていて、嵌めた時点で奴隷となります」
言われて指輪の方を見る。見ることができたのは、アナステナが指示したからか。
貰った時は高そうな指輪で、最悪売ってやろうと思っていたのに……くそッ。
いやこの指輪さえ外してしまえば……。
「一度嵌めた指輪を勝手に外すと死の魔法がかかりますのでご注意ください」
言われて指輪に伸ばしかけた手を止める。
「貴方達の世界で奴隷がいるのか、どのような扱いを受けているのかは知りませんが、この国では奴隷は物です。もう貴方は人ではありません。
本来命令出来るのは王族だけになりますが、今回に限り特別にその権利を1回のみ認めてもらいました」
つまり嫌でもこいつの話を最後まで聞かないといけねえってことか。
「急に言われても納得できるものではないでしょう。
知りたいこともたくさんあることと思います。ですから私が知りたいと思っているだろうことにお答えしていきますね。
まずは訓練でしょうか? 急に厳しくなったとお思いかもしれませんが、それは違います。
もともとのスケジュールに戻っただけです。貴方の扱いが悪かったのは、自身のふるまいを思い返せばわかるでしょう。
メイドを一人殴り殺してしまうほど凶暴な兵器を、放置するわけにはまいりません。
きちんと使い物になるように、教育するのは何ら不思議なことではありません」
あのメイドを殺そうとしたのはそっちだろうが。
なぜオレのせいになる。むしろオレは感謝されるべきだろうが。
「なぜという顔をしていますね。勘違いしないでほしいのは、私たちは貴方に感謝しているんですよ?
何せ邪魔な存在が2人もいなくなったのですから。
ですがそれはそれとして、人を殴って殺せるような存在を好き勝手にさせるわけありません。
いつ他の道具を傷つけられるかわかりませんから。
それから感謝していても、褒美はありません。よく切れるハサミに褒賞を与える人はいないですので。
次にどうして貴方が牢屋にいるのかですが、奴隷風情が貴族子女に手を出そうとしたのですから当然です。
これから貴方には罰を受けてもらうことになります」
とことん道具扱いをするアナステナに言い返したいのに、殴り飛ばしたいのに、何もできずにギリっと歯をかみしめる。
話を最後まで聞くという命令は、いまだ終わらない。
「そういえば、お礼が途中でしたね」
礼だって? 何をいまさら。意味が分かんねえ。
「マコト様を殺すきっかけを与えてくださりありがとうございました。
おかげで勇者を正しく兵器として扱えるようになりました」
……? 何言ってんだ? 通山を殺したことがどうしてそうなる?
「分からなければいいのです。
最後に貴方がこれからどうなるかですが、実験に付き合ってもらうことになります。
内容は禁術。禁術は死した人を見た目も記憶もそのままに、魔物として蘇らせるものです。
すでに説明はされていたはずですが……その様子だと、覚えていらっしゃらなかったようですね」
くすくすと笑われる。
はらわたが煮えくり返りそうだ。いや、すでに煮えくり返っている。
声が出せれば罵倒していただろう。枷が、命令がなければ暴れているだろう。格子がなければ殴り殺していただろう。
「禁術ですが、欠点として徐々に劣化して、人のままでいられるのは1年にも満たないという点が挙げられます。
その理由としては、一度体から離れた魂がまた同じ肉体に宿ったとしても、きちんと定着しないからと仮説が立てられていますが、実験をするにも非道なことで進めることができませんでした。
ですがちょうどいい道具が見つかったわけです」
そう言って、アナステナがオレに意味ありげな視線を向ける。
待てよ、それはオレを実験に使うということか?
「具体的には貴方の魂はそのままに、他人の魂を禁術で入れてみたらどうなるのかという実験を受けてもらいます。
その結果どうなるのかはわかりません。実験ですからね。研究者には結果の予想がいくつかあるようですが、あいにくと私は研究者ではありませんので。
それから魂はちゃんと凶悪犯罪者の物を使いますから、安心してください」
待てよ、待て、待て。安心できる要素は何一つないんだが。
オレに他人の魂を入れる? そんなことしてどうなるって言うんだよ。
「それではそろそろ時間ですので、私はこれで」
アナステナはオレの疑問を放置して、牢屋から去っていった。
代わりに顔を隠した男たちが入ってきて、オレを連れていく。
暴れようにも枷のせいでうまく抵抗できない。結局逃げられずに、いかにもな部屋のベッドに寝かされた。





