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僕たちがこの世界にきて一か月が過ぎた。
この世界に一か月という区切りがあるかはわからないけれど、アルクスに聞くと30日経ったとのことなので、僕的には一か月で問題ない。
この一か月、クラスメイト達はそれなりに自由に過ごしていた。
訓練はあるものの、普段の学校よりも拘束時間が少ないのだ。
しかも訓練で優秀な成績を収めることができれば、お忍びで町に行っていいとも言われている。
少ない時間でより効果を上げるための方策なのだろう。
休みは6日に1回ながらも、豪華な部屋、質のいい家具、転移前ではありえない専属のメイドのいる生活。女子は希望すれば執事を連れることもできるとあって、今ではほとんど文句は出ていない。
そして少ない文句は僕が受け止めることになる。
物理・非物理問わず、暴力という形で。
何をしたとしても、クラスの中心人物と王国のどちらも見て見ぬふりをするのだから、良い的でしかない。
しかもそんな生活を送っているのに、すでに上位層は王国の一般兵よりも強くなっている。
それほどの成果を見せてはいるものの、成長に関しては不満が結構出ている。
というのも訓練していても、1日に合計で1~2しかステータスが上昇しないのだ。
ゲームでの上昇数を見ていると、どうしてもそれでは満足できないのだろう。
だけれど、この世界の人にしてみれば1日に1上がるというだけでも脅威である。
平均150もあれば、この世界でトップクラスになれる。
合計数値で言えば、1050と言ったところだ。仮に毎日1ずつ上がるとすれば、初期値を考えなくても3年程度でたどり着ける。
こちらの1年が何日かは知らないが、1050日で世界の頂点と言われたらまず無理だろう。
現実だとどこかで能力の限界が来るらしいけれど、勇者である僕たちは普通の人よりも限界値が高いのは想像に難くない。
と言うか、僕の魔力の初期値がすでに300だ。これをすべて駆使出来れば、いとも簡単にこの世界の魔法使いのトップになれるだろう。
でもほとんどスキルに持っていかれている。
ただこの見せかけの300という数字はまったく意味がないわけでもない。
平山のグループにいる丹沢佳奈美は、『魅惑』というスキルを持っている。
簡単に言えば、異性を自分の虜にすることができるらしい。
だけれど、それが僕には効かなかった。その理由が魔力の高さだと推測できる。
「精神」という項目があるので、こちらが関係してくるのかなと思ったけれど、15しかない精神で無効にできるわけがない。
魔法の訓練をしている限り、無関係ではない様子だけれど、ステータスは明確に何が何を表しているのか決まっていないらしい。
例えば魔力だとゲームで言うところのMP、魔法攻撃、魔法防御にかかわってくるらしい。
それなら僕はこの一か月どうだったかと言うと、ステータスから見てほしい。
ツヤマ マコト
年齢:16 性別:男
体力:20(+10)
魔力:35(+5)(300+50)
筋力:20(+10)
耐久:30(+15)
知力:58(+5)
抵抗:27(+10)
敏捷:25(+10)
称号 :異世界からの旅人
スキル:翻訳 契約
魔力以外で見ても、全部で合計60上がった。
魔力を入れると110だけれど、相変わらず9割は持っていかれている。
クラスメイト達が大体25~30らしいので、一人だけものすごく成長しているようだけれど、むしろこれは当然の結果と言っていい。
何せ朝起きて走り込み、訓練で剣を振り続け、魔法の勉強を欠かさず、訓練後は誰かのサンドバッグにされ、夜もギリギリまで魔法の練習をしているのだ。
魔力の上昇値の異常はよくわからないけれど、他の能力は単純にクラスメイトの2倍3倍の努力をしただけのことだ。
それでも、この世界の人からしてみたら羨ましいのだろうが。
おそらく僕と同じ程度訓練しても、ステータスが上がらないことがあるのだと思う。この辺りを調べてみると面白いかもしれないが、そんなことをしている暇があれば、少しでも強くなれるように努力をしなければ。
この生活を始めて最初の15日は、どれだけ頑張っても追いつけず、クラスメイト達には馬鹿にされ、暴力にも屈し、涙を流さない日はなかった。
だけれど後半になるにつれて、涙は流れなくなり、代わりに乾いた笑いがこぼれるようになった。同じくして周りのことがほとんど気にならなくなった。
いまの努力を続けたところで、仮にステータスが並んだところで、それで僕の勝ちになるわけではないのだ。
何せクラスメイトは翻訳を除いて2つずつスキルを持っている。
1つしかない僕では、ステータス的に引き離さなければ相手にならないだろう。
実は藤原道久という男子生徒もスキルを1つしか持っていないとされている。
だけれど彼はもう1つスキルを持っているはずだ。
何せ1つ示されたスキルの名前は『隠』。
果たしてどの程度隠せるのかはわからないけれど、『隠蔽』のスキルを持っていて、もう1つのスキルと『蔽』の字を隠しているだろうから。
もう1つのスキルは『隠密』に違いない。
クラス全員のスキルを知っているわけではないけれど、なんだかんだでその人の特性に合わせたスキルを授かっている事が多いのだ。
藤原のクラスの姿は、悪いい方をすれば八方美人。グループには所属せずに、それでも誰かしらと一緒にいるみたいなポジションだ。
そして勇者の従者である『隠密』であることが知れれば、城内が騒がしくなるのは必至。いまだに騒がしくないということは、隠し続けているのだろう。
そういう意味で、藤原は僕の中で中立的な立ち位置にある。いじめを受けたこともないし。
そういう感じで、クラスメイトの中で僕的に中立な存在は何人かいるけれど、恨みが無いだけだ。
興味も関心もない。お互い不干渉。薬でもなければ毒でもない。
でも最近、最後の情のようなもので、中立組の誰かに接触しようかなと思っている。十中八九逃げられるけれど。
同じ世界を故郷に持つものとして、同じ学校に通い、同じクラスでともに学んできた者としての最後の情だ。
その情を向けることができるのが、友人ではなくて中立というのが、なんとも僕を表現しているようで皮肉が利いている。
そして、その瞬間は意外とすぐに訪れた。
◇
朝の走り込み。ステータスは着実に上がってきているとはいえ、これももう惰性でしかない。そうでなければ、悪あがきだ。
早朝のまだメイドくらいしか起きていない時間から走っているのだけれど、その日は珍しく別の存在が僕に声をかけてきた。
「通山君、毎日こうやって走ってたんだね」
「文月か。何? 笑いに来たの?」
「ち、ちが……」
必死に首を振る彼女の名前は文月梦。
僕とはほとんど話したことはないけれど、考えてみると小学校のころから何度も同じクラスになっていたと思う。
僕以外ともあまり話す方ではなく、普段何やっているのかわからない、挙動不審な女子。どうやら笑いに来たわけではないらしいのだけれど、要領を得ない。
僕へのいじめは進み、今現在女子の中には僕を視界に入れるのすら拒否する人もいるくらいなのに、こうやって話しかけてくるというのは奇跡と言える。
何で女子の嫌がらせは、質が悪いのだろう。直接僕に仕掛ける時も、殴る蹴るではなくて、水をかけるとか持ち物を隠すとか、服を破くとか、精神的にクルものが多い。
多くのクラスメイトが中立からいなくなる中で、彼女は数少ない中立の女子だ。
あと中立なのは、女子だと意外にも賢者の月原とその友人の山辺。あとは最近長物を振り回している染野椿姫くらいか。月原は正直微妙、山辺と染野も会ったら嫌な顔くらいするので、完全不干渉だったのは文月だけか。
男子だと藤原とこちらに来る前――今もかもしれないが――に女みたいだとよくいじられていた女木伊織と本ばかり読んでいた物部国弥。こちらは3人とも僕に全く興味を持っていない。
「何もないなら続けて良い?」
「あ、の。できれば、お話できないかなって」
「話? ……良いよ。僕も話したいことがある」
何かの縁だ。最後の情をかけるのは彼女にしよう。
幸いこの時間はメイドがくっついていないので、内緒話をするには都合がいい。
「それで話って?」
「通山君のステータスが異様に伸びていたから、どうしたのかなって。
でも、それがどうしてかは、今日分かったんだけど……」
「ふうん」
「そ、それでね。通山君、無理してないかなって……」
「してないように見える?」
「ううん。ごめんね。どうして……ううん、ごめんね……」
文月は同じ言葉を繰り返す。
一回目は反射的に、二回目は何かを納得したらしい。
話が進まないので、こちらから勝手に進めることにする。彼女の話に、付き合う義理はないから。
「ステータスを見たってことは、文月は鑑定か何か持ってるの?」
「うん。どうしてわかったの? 違うね、あたしが言ったんだよね。一応スキルも見えるんだよ。
もう1つは『器用貧乏』って言うの。あたしらしくて笑っちゃう」
文月の笑いは自虐的なのだけれど、なぜ”らしい”のかは僕にはわからない。
それにあまりいいイメージの言葉ではないけれど、スキルとしてある以上悪いだけでもないと思う。
「効果は?」
「何でも器用にこなせるけど、極められないんだって。
実際、魔法が使えるようになるのは早かったけど、すぐに皆に抜かれちゃって。
先生には「普通の冒険者くらいですね」って言われちゃった」
「何でもできるの中にスキルは入る?」
「市成君の勇者とかみたいに、特殊なのは無理。でもスキルでなくてもできることなら、大丈夫みたい」
「勇者のコピーは出来なくても、勇者が使う剣術はある程度できるみたいなものか」
「凄いね。そんな感じだよ」
だとしたら、僕の情も無駄にはならないかもしれない。
すべては文月次第だけれど。
「じゃあ、僕からの話だ。でもその前に、今から話すことは僕の許可なしに誰にも話さないと約束してほしい」
「えっと……」
「スキルが見えているなら、どういう事かも何となくわかるだろう?」
「わかった。誰にも話さない」
スキルが発動したことを確認して、文月に必要な情報だけを伝える。
「この世界で幸せに暮らしたいなら、今日にでも藤原に接触するんだ」
「藤原君に?」
「彼はおそらく隠密のスキルを持っている。隠れて行動することに長けているはずだから、器用貧乏を使って実用可能なレベルまで引き上げてほしい」
「うん。わかった」
「それから、僕のことを信じてくれるなら、これから言う事を約束してほしい」
「約束するよ」
「僕が死ぬ事があったら、自分の使える全能力を使って、出来るだけ穏便にこの城から逃げろ」
真剣に僕の話を聞いていた文月の表情が混乱してしまったのがわかる。
でも、これ以上話すつもりはない。
これで僕のことを信じてくれるならスキルの強制力に従って、この城から逃げるだろう。
「待って」と引き留めようとする文月に、もう僕には話しかけないように伝えてから、自分の部屋に戻ることにした。
◇