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「頼む。オレたちを助けてほしい」
何か市成が世迷言を言い出した。
なにをどうしたらそんな発想が出てくるのだろうか。
「どうして僕が助けないといけないの?」
「今の通山ならそれができると思うから」
「確かにできるとは思うけど、僕が助ける義理はなくない?」
「クラスメイトじゃないか」
「いや、そのクラスメイトを信じずに殺したくせに、クラスメイトだから助けてほしいっておかしくない?」
助けを求めたい気持ちは分かる。辛い訓練の毎日だろうし、生傷も絶えないみたいだし。
最近は勇者達が強くなったのもあって、兵士・騎士達の手加減も無くなっているみたいだったからね。
と言うか、そろそろ勇者達の方が強い。
ステータスとスキルは言わずもがな、技術も伴うようになってきて、一流レベルではないと勝てないと思う。冒険者だとB級。
だけれど、勇者達は国の奴隷になっている。
そのせいで訓練であろうと、兵士や騎士に攻撃することができない。
具体的には、勇者が隙をついて一本入れようとしても、すんでのところで動きが止まる。
止まった隙に、逆に容赦のない一撃が加えられる。
訓練をつけている騎士曰く「やったと思った時が最も危ない」ということだ。
勇者達にしてみれば溜まったものではないだろう。理不尽だと思うだろう。
なるほどなるほど、大変だとは思う。
藁にもすがりたくなったのかもしれない。
でも残念。僕は藁じゃない。取りつく島もなく断ったけれど、市成は諦めた様子もなく説得を始める。
「あの時はオレ達が悪かったよ。通山の話を聞こうともしなかった事、後悔してる。
真実を知って反省したんだよ。だから辛い訓練も耐えてきた。オレ達は十分に罰を受けたんだ。
だから許してほしい。助けてほしい。2度とこんな間違いは犯さないから」
「やだよ。面倒くさい」
「どうして。謝ったし、罰も受けた。あとどうしたら許してくれるんだよ」
まるで悲劇のヒーローのように髪を振り乱して、感情をぶつけるように言ってくる。
あー……うん。そうだね。そういう思考回路のわけね。
学校だとそうだろう。謝ったら許す。正しいことだ。
ルールを破っても、罰を受ければ許される。
うんうん。正しい、正しい。でも。
「いやいや、どうやっても許さないよ。
謝ったら許してくれって、人を殺しておいてそれはないでしょう」
「でも生き返ったじゃないか」
「消しゴム借りたわけじゃないんだから。しかも生き返らせたのは市成じゃないだろ?」
「罰も受けた」
「はぁ……生き返っても、市成が僕を殺した事実は変わらない。
死ぬという恐怖を冤罪で与えられた事実は変わらない。トラウマにもなったこの恐怖どうしてくれるの? 虐められていた時の不満や恨みはどうしてくれるの?」
「どうしてって言われても……」
どうしようもできないだろう。
特にトラウマについてはどうにもできない。
と言うか、僕はこれに殺されたのか……。
なんだか悲しいやら、苛立つやら。折角顔を合わせたので、言いたいことは言ってしまおうか。少しは心が晴れるかもしれない。
「結局市成は、僕の気持ちはどうでもいいんだよね。
だから許してなんて言えるし、助けてなんて言える。
そもそも普通は、殺した相手に許しを請うなんてできないのに。たまたま生き返ったから、これ幸いと胸のつかえを取ろうとしているだけでしょう?」
「ち、ちが……」
「でも、まあ。市成達が大変だったのは、既に粗方知ってるよ。
訓練が急にきつくなって、怪我も頻発するようになったみたいだし、騎士や兵士から罵倒されることもしょっちゅうだってね」
「あ、ああ。大変だったんだ。だから」
縋るような市成の目がなんだかとても気持ち悪い。
なんだかんだで手を差し伸べてくれると思っているのだろうか。自分は差し伸べなかったくせに。
「大変だとは思うけど、それは別に罰じゃないよね。大変だから罰だと思い込んでいるみたいだけど。
確かにクラスメイト達がフラーウス王国に奴隷のように扱われることが、復讐だとしていたよ。
でも僕が主導していたわけじゃないし、そもそもフラーウス王国はそういう計画だったんじゃない?
最初から僕が居なければ、召喚された段階で今と同じようになっていたよね。
僕の『契約』があったから、良い生活を送れていただけ。
僕を殺したら、必然的に今の生活になる。
全然罰じゃないよね。本来そうなるはずだった状況になっただけだよね」
これが罰になるのであれば、多くの学校嫌いの学生が学校に行くことが罰になるだろう。
働きたくない社会人が会社に行くことが罰になるだろう。
なぜだか「まさか本当に通山が」なんて呟いている市成にちゃんと説明してあげよう。
「だからフラーウス王国からどんな扱いを受けても、僕は許さないし、助けないよ。
僕がすることと言えば、苦しむ君達を見て笑うことくらいかな。
様を見ろってね。
あとは、せっかく生き返ったから僕に絶対に許されない、恨まれ続けることも入れておこうかな。
あ、でも1つだけこれをしてくれたら、許してあげようか」
絶望に濁っていた市成の瞳に希望の色がにじむ。
市成ってこんなにコロコロ表情が変わったっけ?
それとも僕が遊びすぎているだけだろうか。面白いように気分が上がったり下がったりするから、ついやりすぎているのかもしれない。
「うん。一度死んで、生き返ることができたら、その時は許してあげる」
「そんな無茶な」
「無茶でもなんでも、死ぬ怖さを知るには一度死ぬしかないからね。
目には目を歯には歯を、なんていうのが此処でも通じるかしらないけれど、分かりやすくはあるんじゃない?
命を奪った償いは、命でもって果たされる……なんて。でも、まあ……」
視線を市成から今まで黙ってくれているトパーシオン王女に向けた。





