閑話 あたしの世界 前編
ある日あたし、津江美香は異世界転移なんて訳が分からないことに巻き込まれた。
最初は嫌だったし、許さないと思っていたけれど、この異世界の生活はなかなか悪いものではないとすぐに分かった。
この世界に来た時にあたし達はスキルというものを貰ったらしい。
あたしが貰ったのは『扇動』と『雲隠れ』。『雲隠れ』はかくれんぼが上手になるみたいな感じで、『扇動』はあたしが噂の発信源になれる夢のようなスキルだった。
あたしは噂話が好きだ。実はあの人……という話を聞くだけで楽しかったし、それを誰かに伝えると満たされた。
何と言うか噂を聞くのは誰かの秘密を覗き見ているみたいだし、噂を伝えるのは皆が驚いてくれるからあたしが話の中心になれたみたいで最高だった。
次第にあたしは噂を聞いて集めるだけじゃなくて、自分で探すようになった。
二人で歩いている男女を見かけたので、付き合っていると話した。
それから、その2人は周りからいじられるようになったけれど、正式に付き合い始めたらしい。
授業中あたしにばかりを当てる先生が、下級生の子を空き教室に連れ込んでいた。
それを見て、あたしはセクハラをしていると噂を流した。
しばらくして、その先生は学校からいなくなった。
女木が実は女だって噂した時は楽しかった。
その他にも、たくさんのうわさを流した。
そんな生活の中で、異世界に送られたあたし達だったけれど、生活自体は悪くなかった。
訓練をしないといけないのは面倒くさいけど、学校の授業と違って堅苦しくはないし、小難しくもない。
魔法はちょっと憧れていた部分もあったから、出来るようになるのは楽しかった。
部屋は豪華だし、ベッドは毎日新品みたいだったし、ご飯も美味しい。
小言を言ってくる両親もいないし、天国みたいな場所だなとすら思った。
だけど1つだけムカついたのは、陰キャの通山が最初イキったこと。
クラスの代表とでも言わんばかりに、王様と話し出して、契約なんて結んだ。お陰で訓練に出ないといけなくなった。
でもそのあとのステータス判定で、さぞかし高いステータスをしているんだろうなと覗いてみたら、クッソ弱かった。
だから皆に教えてやった。イキっていたくせに糞雑魚なんだと。
その時にあたしは、あたしのスキルの使い方を知った。
あたしが話すと皆が通山を見た。
皆、機嫌が悪そうに通山を見ていた。
あたしが教えてやったから、通山がどれだけ身の程をわきまえていなかったのかが皆に伝わった。
そこにあったのは、今までにないほどの達成感だった。
それからあたしは何日かに1回、王女様に呼ばれて話をした。
話の内容は通山の事。お城の人になかなかひどいことをしていたらしく、あたしも力になれればとクラスメイト達に通山の本性を話した。
あたしが話せば、通山へのいじめがひどくなり、通山への視線が冷たくなった。
これをあたしがしているのだと思うと、無性に楽しくなった。誇らしくなった。
通山という悪をあたしが成敗しているんだという気になった。
しかもあたしがクラスメイトに伝えてくれたということで、特別にお城の外にも出してもらえた。
日本では見られない町を見るのは、なんだかんだ楽しかったし、珍しいものも結構あった。
そこでお土産を買っていけば、感謝されたし、人生全部うまくいっていた。
うまくいっていたはずだった。
あたしが世界の中心だと言っても良いくらいだった。
――あの日が来るまでは。
◇
ある日、とうとう通山がやらかした。
担当のメイドを犯したうえで、殺したらしい。
本当に女の敵だ。クラスメイト全員に警告しておいて本当に良かった。
下手したらクラスの誰かが、通山の欲求の捌け口になっていたかもしれない。
しかも通山はスキルを使って、お城の人たちを縛っていたらしい。
こんなに優しくしてくれていると言うのに、いっそ死ねばいいのに。
と言うか、人ひとり殺したんだから、自分も死ぬべきだよね。
そんな風に思いながら事の成り行きを見守っていたら、市成と決闘になってみっともなく叫びながら死んだ。
叫び声は最高に面白かった。
最後の最後まで自分が悪かったと認めなかったのはムカつくけど、居なくなってスッキリした。
市成はちょくちょく、我が物顔で話しかけてくるから嫌いだったんだけど、今日だけは良い奴に見えた。
◇
それから2日後。あたしの世界が急に変わった。
優しかったお城の人たちが、急に怖くなった。
訓練の時間が長くなって、自由時間が無くなった。
訓練中も今までは怪我をすることがなかったのに、怪我をすることが多くなった。
朝起きてご飯を食べて、訓練をして、ご飯を食べて、寝るみたいな、何の楽しみもない生活になった。
友達と話す時間も極端に少なくなった。
1週間くらい経った頃、クラスメイトの1人が訓練をしていた騎士たちに、ボロボロにされた。
大きな怪我はしなかったみたいだけれど、全身が傷だらけで魔法で治してもらうまで、見ていられないほどだった。
さすがにこれはやりすぎだと思ったあたしは、王女様に抗議をしに行くことにした。
今までも何度も話していたし、あたしを頼ってくれていたので、あたしの願いなら聞いてくれるに違いなかった。
お城の人たちに、今の訓練はおかしいと話せば皆頷いてくれたし、これなら王女様も大丈夫、そう思ってあたしは王女様の部屋に向かった。





