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洗われてしまった。体の隅々まで洗われてしまった。
恥ずかしいのに、心地よくて、よくわからないままにお風呂から上がった。
服は用意してくれていたらしく、簡素なシャツと丈夫なズボンを着せられた。
「朝食はどういたしますか?」
「どうするってどういうことですか?」
「こちらのお部屋でお召し上がりになるか、大食堂にて他の皆様とお召し上がりになるかです。
大食堂に行くのであれば、急いで準備したほうがよろしいかと」
「それなら、急いで食堂に行きましょう」
たぶんクラスメイトとゆっくり話ができるのは、食事の時間くらいしかないと思う。
訓練も一緒にやるだろうけれど、話している余裕があるかわからないし。
アルクスさんに案内してもらって、食堂に向かうと多くのクラスメイトがいるのか騒めいている。
雰囲気も昨日に比べると、穏やかになっているところを見ると、話を聞いてもらえそうだ。
そう思っていた。
でもそれは間違いだった。
僕が食堂に入った瞬間。周りが静まり返った。
それから、こちらを指さして小声で何かを話している。
「粋がってた雑魚が、よく顔出せたな」
多くの人物が遠巻きに見ている中、クラスの中でも特に素行が悪い磔馬恭介が取り巻きを引き連れながら、ニヤニヤとこちらに近づいてきた。
「粋がっていたわけじゃ……」
「いやいや、いきなりオウサマにフケイな真似してただろ?
しかもこちらに相談もなしに勝手に約束までして。一歩間違えたら、オレ等全員どうなっていたかわかんねえよなぁ?
これはオレだけじゃなくて、市成や月原も同意だろう? こんな状況でオレですら、協力しようって思ってたんだぜ?」
磔馬はいつもは敵対している、市成や月原さんにも同意を求める。
勝ち誇ったような顔は、反応を待つまでもなくその二人が僕の行動に否定的であるということなのだろうか。
本当に?
「同意するのは癪だけどね。今回の通山君の行動には問題があると思う。
国王様が寛大だったからよかったものの。この世界は元居た世界とは違うんだ。
結果として、何もなかったから良いけど、勝手をされると困る」
「せめて相談してから行動して欲しかったわ。なぜあんな行動をしたのかしら?」
市成と月原さんがそれぞれ、言葉を述べる。
二人とも僕のことを訝しげに見ているけれど、最後の最後で僕が望んだ問いが来た。弁解させてくれるのであれば、きっとわかってくれる。
「それは」
「目立ちたかっただけだろ? 普段ボッチで目立たねえもんな。
オウサマに盾突ける自分カッコいいとか思ってんだろ? そういう自己満足は一人でしておけよ? オレ達に迷惑かけんなよ、雑魚が」
言い終わるなり、僕を殴ってきた。
顔面を殴られたはずなのに背中にも衝撃が走って、壁まで吹き飛ばされたのだと感じたところで、意識を失った。
◇
目が覚めるとベッドで寝かされていた。
左頬が腫れていて、少し触っただけでもかなりの痛みが走る。
一応手当はされているらしく、ガーゼのようなものが手に触れた。
咳をして血が出るほどではないけれど、体の内側がじくじく痛むほどには内臓にダメージを受けたらしい。
痛む体で無理に体を起こしてみると、アルクスさんが隣に控えている。
「どれくらい寝てました?」
「ほんの少しです。ですが食堂は閉まってしまいましたので、簡易的な食事だけになります」
アルクスさんが差し出したのは、コッペパンとスープ。
高校生の朝食としては少ないけれど、物語で見るような硬い黒パンや塩と屑野菜のスープではなくて、柔らかい白パンと具材がたっぷりのスープ。
おいしかったのだろうけれど、痛みのせいでよくわからなかった。
これから訓練があるのだと思うと、とても憂鬱になってくる。
何せ僕に弁明の機会は与えられなかったから。
いや、たぶん弁明の機会が与えられていても、碌なことにはならなかった。
なぜなら市成は国王を「寛大」だと評したから。
周り全てを把握していたわけではないけれど、市成の言葉に同意している人が多かった。
つまり多くのクラスメイト達は王国に対して、あまり悪い感情を持っていないのだと思う。
第一王女に興味津々だった市成だけならまだしも、他のクラスメイトもそうだということは、昨晩からの扱いに気をよくしたのだろう。
正直食堂に行くまでは、僕も絆されそうになっていた。
でも、見える位置だけ治療されて、1ミリもこちらを気遣う様子もないアルクスさんを見ていると気持ちが急激に冷えた。
クラスメイト同士の争いには手を出さないつもりなのだろう。
たぶん、殺されることになっても。
その代わり契約通り王国側が僕に何かしてくることはないし、おそらく頼めばある程度願いも聞いてもらえる。
もう信じられるのは自分だけだ。
自分の身は自分で守るしかない。
市成と磔馬、月原さんが僕を受け入れてくれなかった時点で、クラス内での立場は無いに等しい。
クラス内で目立つ存在としてあとは平山さんがいるけれど、同グループの津江さんの態度を見るにどう考えても話を聞いてはもらえない。
だとしたら、自分の身は自分で守るしかない。
強くなるしかない。
強くなるには、嫌でも訓練を受けるしかないだろう。素人の僕が効率よく強くなれるわけがないから。
「訓練ってどこであるの?」
「訓練場までご案内します」
もう誰にも敬意を見せる気はない。
そんな僕の心の表れに、アルクスさんは特に気づいた様子もなく歩き出した。
◇
「そんな顔でよく出てこられたな」
「契約だから」
「っへ、雑魚が何やっても変わんねえってのによ。そうだよな」
「恭介さんの言うとおりだ。一発で吹き飛ばされてたってのに」
「だっせえよな」
訓練場に行っても絡んでくるのは磔馬達だけ。
ここまで露骨にやっていると、市成あたりが止め来るものだけれど、完全に無視している。
ここは我慢のしどころだと、奥歯を噛んで耐える顔が楽しいのか、磔馬達の笑い声がどんどん大きくなっていった。
だけれどそれも、訓練が始まるまでの話。
一度訓練が始まれば、全員が同じことを行う。
男女関係なく刃を潰した剣を持たされて、最初は素振りから始める。
皆素人のはずだけれど、スキルのおかげか初めから様になっている人もいる。
今日は足並みをそろえているけれど、明日以降はそれぞれにあった訓練をするらしい。
午後は城の中に戻り、魔法について学ぶ。
最初にどの属性の魔法が使えるのかを調べて、魔法の基本を教わる。
属性は基本となる『地水火風』と特殊属性の『光闇』の計6種類と言われている。
この世界の人だと1つでもあれば戦術の幅が広がり、2つあればステータス次第では魔法だけでやっていける。
3つあると優秀とみなされ、4つあれば尊敬される。
それとは別に特殊属性はそれだけで貴重とされていて、特殊属性を持っているだけで扱いが変わる。
クラスメイト達がどうかと言えば、1属性がちらほらいるものおおむね2~3属性は持っていた。
僕も地属性と水属性の2つを持っている。
4属性持ちも結構いて、その度に先生――魔法の訓練をしてくれる人はこう呼ぶように言われた。物理の訓練の人は教官――達が盛り上がっていた。
特殊属性持ちもそれなりにいたけれど、それ以上に市成の結果に先生達が気絶しそうなほどに驚いていた。
地水火風の4属性に加えて、光も持っていたから当然といえば当然か。
しかも市成は勇者だけではなくて、光の使者なるスキルを持っていて超一流の魔法使いになれるだけの資質を持っているらしい。
勇者というだけで超一流の剣の腕を手に入れられるらしいし、本当に伝説の勇者の再来ではないかと周りが騒いでいる。
クラスメイト達の多くもそれを褒めたたえているようすで、訓練がなかなか進まなかった。
◇
初日の訓練が終わったのは、意外にも夕方になる前だった。
初日だからかと思ったけれど、毎日これくらいの時間には終わるらしい。
時間にして午前午後ともに3時間ずつくらい。意外とホワイトだ。
訓練の後は夕食まで、城の敷地内であればある程度自由に過ごしていいとのこと。
基本的に専属のメイドがいて、行ってはいけない場所は教えてくれる。
つまり今からはフリーだ。
「通山。ちょっと顔かせよ」
そう思っていたのに、磔馬に声をかけられた。
「やることあるから」
「いいや、お前のやることは、オレ等のおもちゃになることだ。
違うな。オレがちょっと強くなりすぎたからな。手加減の訓練だ。手伝ってくれるよな?」
そう言って殴られる。
肯定も否定もあったもんじゃない。
でも言葉通り手加減はしているらしく、痛いが気絶させられるほどではない。
だが圧倒的なステータス差がある現状、その手加減は地獄が長く続くだけでしかない。
磔馬達が満足して城の中に戻るころにはすっかり日が沈んでいた。
地面に沈む自分がとても惨めで泣けてきた。
でも万が一にでも泣いている姿を誰かに見られるのも悔しくて、声を押し殺して泣いていた。
◇
涙が枯れて、乾いたところで、自分の部屋に戻る。
クラスメイト達は夕食を終えているらしく、自由に城を見て回っていた。
まるで修学旅行気分と言わんばかりで、自分との違いに辟易としてくる。
「うわ……通山じゃん」
「汚ったな。せめて泥落として来いよ」
「訓練の後に磔馬達につかまったんでしょ? いい気味じゃない?」
「それもそうね。って言うか、よく生きていられるよね、あたしなら自殺するわ」
「死ねばいいのに」
すれ違うだけで聞こえてくる陰口に、笑い声。
憐みの目を向けられていると思ったら、アルクスに対してだった。
部屋に戻るとお風呂に入る。
今朝と同じように手伝うとアルクスが入ってこようとしたけれど、今度は全力で拒否してシャワーだけ浴びた。
それから、今朝と全く同じ夕食を食べて眠った。
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