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雨の森を抜けた先に、見えてきました第一村。
畑があって、家があって、井戸まである。井戸なんかは初めて見る。
そして意外なことに結構人がいて、にぎわっていた。
受付さんに危ないと言われていたので、さびれていると思ったのだけれど、違ったのだろうか。
のんびり行くと決めたし、寄り道して行っても良いかもしれない。
村と言うと何となく宿泊施設とかがないイメージだけれど、泊まれるところはあるだろうか。
なければ森で身を潜めておくけれど。
「そこのお嬢ちゃん。一人旅かい?」
「はい、そうです。これでも冒険者ですから」
村の入り口で、見張りをしている人に声をかけられたので、胸を張って返す。
前回と違って、ちゃんと身分証明が出来るものを持っているのだ。
背負っている袋から、冒険者のカードを取り出そうと思ったのだけれど、先に「何もないところだが、ゆっくりしていってくれな」と言われてしまった。
見た目で安全だと判断されてしまったのか、それともセキュリティが緩いのか。
村を出入りする人はいるけれど、僕のように初めて来ましたと言う人はいないようで、そのあたりの確認はできない。
「何もないという割には、人が多いですね?」
「こう、辺鄙なところにあると、珍しい魔物がいるとかで冒険者が集まるんだ」
「危険だって聞きましたが、そんなこともなさそうですね?」
「危険は危険だなぁ。いつ魔物が来るかもわからない。近くにあった村が壊滅して、この村まで逃げてきた人も多いんだ」
村と言えば閉塞的、よそ者は受け入れない、なんて思っていたけれどそう言うことはないらしい。
もう少し話を聞きたかったけれど、あまり村の入り口で突っ立っていてもよくないだろうから、とりあえず村の中に入ることにした。
◇
この村は何だかちぐはぐな感じがする。
村人たちは気が良い人が多く、冒険者との衝突も少ない。
冒険者が暴れても、すぐに別の冒険者が止めに入るので、村人に危険は少ない。
いつ魔物に襲われるかわからない恐怖はあるのかもしれないけれど、人々を見る限りは平和でにぎやかな村なのだ。
だけれど少し自然の方に目を向けると状況が変わってくる。
例えば村を通っている川。これがあまり綺麗ではない。
飲み水にするにはひと手間必要で、中に入って遊びたいとも思えない。
入りたくないというのは僕の感覚で、村の子供たちは楽しそうにしていたけれど。
眺めていたらガキ大将っぽい男の子が来て「お前も仲間に入れてやるよ」と言われた。
年齢は12歳。鑑定ってこういうときにも便利。
そっぽを向いて鼻の頭を掻きながら、耳を真っ赤にしている様は好きな子に話しかけたいけれど、ついついそっけない態度を取ってしまっているかのようだ。
あー、そう言えば、今の僕は見た目美少女だった気がする。
一目惚れでもされたのだろうか。でも、この年代の子だと女子に話しかけると言うだけで、気まずくなってしまうという場合もあるか。
何にしても、あの川には入りたくない。
だから、お礼を言いつつも濡れるのは嫌なのでと断った。
気落ちして戻っていく男の子の背中が、妙に小さく感じたのはたぶん気のせいではないのだろう。
それから畑も見てみた。知っている野菜、知らない野菜といくつも育てられていたけれど、知っているものもなんだか小さい。
鑑定してみるとどれも質が悪く、食べられないこともないけれど、おいしさ的にはよろしくなさそうだった。
あの川の水を使っているから、質が良いものはできないかもしれないけれど、それでもなんだかなという感じ。
腰を下ろしてじっと野菜を見ていたせいか、畑で働いていた老婆に見つかって「お嬢ちゃん、外から来たんかい?」と声をかけられてしまった。
「はい。国境の町の方から来ました」
「それはそれは、遠いところからよう来たねぇ。大変じゃったろう」
「これでも冒険者ですから、大丈夫ですよ。狩りとか得意ですからね」
そう言えばこの辺だと動物見ないな。魔物が多いせいで住める場所が少ないのかもしれない。
老婆は「そりゃあ、そりゃあ」と納得したのかしていないのか、分からない調子で言うと作物の方を見た。
「外から来たんなら、この畑はびっくりしたかもしれんね」
「何かあったんですか?」
「もともと、こうなんよ。王都から離れた村はこれくらいしか、野菜は育たんのよ」
思い返してみれば、あの町で畑は見なかったように思う。
それでも、この村の野菜よりも良いものを使っていた。と言う事は、王都やその周辺の町から運んできたのか。
「大変ですね」
「そうさね。昔は大変じゃったけんど、今は賑やかになったもんよ」
笑う老婆に見送られて、町探索を終えた。
なにせ暗くなってきたからね。
長らく同じ宿屋に泊まっていたせいか、宿泊場所の確保を忘れていたよ。
こういう時はとりあえず、コレギウムに行ってみれば良いかな。
この村にあるのは、町にあるようなしっかりしたものではないけれど。派出所とか、出張所とかそんな感じ。
村の中では大きな建物だけれど、それは職員の居住スペースがあるからだとか何とか。
◇
村のコレギウムは、何となく家の近くにあった郵便局を思い出す。
ATMが1つだけで、待合室もそんなに広くないところ。
受付の向こう側で職員さんが何やら忙しく働いているのも、雰囲気が似ているゆえんかもしれない。
入った時にはそこそこ冒険者がいたので、その人たちの受付が終わって、落ち着いてきたところを見計らって受付まで歩いた。
「あら、小さいお客さんですね。どうしましたか?」
「この村で冒険者が泊まれるような宿屋がないかなと思いまして」
「ええっと……」
「これでも冒険者ですよ」
今度こそカードを袋から取り出して、机の上に乗せる。
困っていた受付さんが、カードを拾い上げた。
「F級冒険者のフィーニスさんですね。確かに。ですが……」
受付さんが僕を見て困っている。
冒険者なのはわかったと思うのだけれど、何か駄目なのだろうか。
「紹介できそうな宿が冒険者を集めて、雑魚寝させるものなんですよ。
そこにフィーニスさんのような人を入れると……」
言いたいことは分かった。僕は気にしないけれど、周りが気にするパターンだろうから、大丈夫ですよとは言えない。
「それなら、野宿を……」
「駄目です」
「えっと、別に……」
「駄目です」
にらみ合ったままフリーズした僕たちに、カウンターの向こうから救いの声が聞こえてきた。





