閑話 遅すぎた気づき 後編
清良と別れ部屋のベッドの上に座っていると、ノックとともに「よろしいでしょうか」とここ2か月聞き続けた声がした。
クラスメイト1人1人につけられたメイド。その中でわたしを担当しているセーリャさんの声。
「どうぞ」
「失礼します。今、お時間大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫です」
セーリャさんは綺麗な女性。編み込みの髪がとても似あっていて、所作も見惚れるほどだ。
お城のメイドともなると、平民ではなくて貴族から集められるらしく、相応の教育をしているということだろう。
セーリャさんはどこからか、手の平大の綺麗な箱を取り出すと、ゆっくりと開いて見せた。
その中には、今日クラスメイト達が嵌めていた指輪が、いかにも高級品ですとばかりに収められている。
「それは?」
「勇者の方々の身分を証明する指輪です。
今後王都だけではなく、フラーウスの町々、時には国を出て活動することもあるでしょう。
その時に使う通行証のようなものです。通行証としてだけではなく、通常は立ち入りが禁止されている場所にも入ることができるようになります」
「それはすごいですね」
「どうぞお受け取りください」
差し出された指輪を躊躇わずに受け取る。
それでもすぐに手に嵌めることはせずに、手の中でコロコロと転がしてみた。
小さい指輪に、なんだか魔力のようなものを感じる。
「その指輪は特別製で、嵌めることで自動的に大きさが調整されます。
一度試してみてはどうでしょうか」
なるほど、そう言われたら試してみたくなる。
そして嵌めたが最後、二度と取れなくなるのかもしれないけれど。
それとも本当に通行証としての役割しかないのだろうか。
わたしが指輪で遊ぶのを止めないせいか、セーリャさんが困った顔をしていた。
「これを嵌めると王国に逆らえなくなるんですよね?」
「何のことでしょう?」
「それなら1度セーリャさんが嵌めてみてくれませんか?」
わたしがセーリャさんの手を取ろうとすると、彼女は逃げるように体を引いた。
「その指輪は一度嵌めると、個人が認証されてしまいます。
そうなると他の人が使えなくなりますので、お戯れはおやめください」
「そうですか。ではどうして、扉の向こうに騎士がいるんですか?
セーリャさんはメイドで騎士を連れて歩くような身分ではないですよね?」
「……夜も遅いですから、付き添ってもらっただけです。城内とは言え夜は危ないですから」
にっこりとセーリャさんが笑う。あてずっぽうで言ったけれど、本当に騎士がいたのか。
それにしても、これが貴族か。さっぱり考えていることが読めない。
こちらの探りをのらりくらりと躱されてしまう。腹の探り合いはやめよう。ただの高校生がどうにかできる相手ではない。
「この指輪がセーリャさんが言ったようなものだとしても、奴隷に落とすためのものだとしても、わたしは嵌めるつもりでいるんですよ」
「……なぜ?」
どうやら興味を引くことには成功したらしい。
「わたし達にはもう、どうもできませんから。
部屋の前にいる騎士はわたしよりも強い。違いますか?」
「ヒカリ様は何を知りたいのですか?」
「昨日の事件の真相を。出来れば、今日までにフラーウス王国がしたことを。
教えてもらえれば、わたしはこの指輪を嵌めます」
「教えなければ?」
「この部屋の修理代が膨大になります」
どうせわたしにできることは、部屋をめちゃくちゃにする程度だろう。自殺するほどの勇気はないから。
暴れて、取り押さえられて、指輪を嵌めさせられてそれで終わり。
それなら、わたしは何を知らなかったのか、何を見てこなかったのかを知りたい。単なる自己満足でしかないけれど。
「分かりました。お教えします」
セーリャさんが折れて話し始める。
「昨日の話をする前に、我々がやってきたことをお話します」
「話し方、普通にして良いですよ?」
「いえ、ヒカリ様がその指輪を嵌めるまでは、担当のメイドですから」
きっぱりと断るセーリャさんに、プロ根性を感じる。でももうこの指輪に細工がしてあることは、隠す気はないらしい。
逆に言えばこの指輪をつけた瞬間、わたし達の関係が変わるということだ。
わたしはそこまで割り切れるだろうか。たぶん無理だろう。でもせざるを得ない。
「そもそも我々はステータスの確認の後、その指輪を全員にしていただく予定でした。
そして、訓練時間も今の倍以上を予定していましたし、本来はこのようにメイドをつけることもなかったでしょう」
「でも通山君のせいで出来なくなった」
「おっしゃる通りです。フラーウス王国は勇者様方と契約を結び、安全と生活、自由を保障することになったせいで、自由を奪うその指輪を渡すことができなくなりました。
ですので、不快にさせないように注意しながら、原因を排除するように計画を変更せざるを得なくなりました」
「具体的には?」
「幸いにもマコト様が他の勇者様達に悪感情を持たれているようでしたので、極力私的な接触をさせないように努めました」
言われると覚えがある。初日に国王への謁見が終わった後、すぐに部屋に連れていかれたのもそうだろう。本当にわたし達のことを思っていたなら、下手に引きはがさずに落ち着くまで、一緒に行動させたほうが良い。
部屋に連れていかれた後、友達と話すこともできずに不安に思った子も多かったのではないだろうか。
「またメイドは契約に抵触しない程度に、マコト様に関する情報を勇者様に伝えました。
ヒカリ様に最初に伝えたのは、国王様が寛大だったから勇者様方に咎めがなかったと言ったことでしたでしょうか」
「それに嘘はないんでしょうね」
「ええ。マコト様の行動は通常の謁見であれば、不敬として罰せられるでしょう」
真っ先に動いた通山君と、すぐに対応しようとした王国側の攻防。
わたし達クラスメイトは、王国側の駒として使われていたのか。何と馬鹿らしいことか。
「勇者様方にはマコト様の真意が伝わらないように、マコト様の印象が悪くなるように、少しずつ浸透させていただきました。
フラーウス王国側からは、悪い噂を流すことはできませんでしたから、『扇動』のスキルを持つミカ様に手伝っていただきました。
手伝いと言いましても、話を聞いてもらっただけです。伝えたのはすべて事実。
それを上手く改変して広めてくださいました。さすがは勇者様のスキルですね」
それは皮肉と取っていいのだろうか。
通山君の噂が一気に広がったのは、スキルのせいだったわけだ。津江さんは最初の契約のこともあって、通山君を嫌っていたみたいだし、聞いた話を少し改悪して話すくらいするだろう。
彼女は学校でもうわさを流すのが好きだった。
とはいえ、ちゃんと噂の事実確認をしていたら、やっぱり結果は違ったのだろう。
「噂を広めると同時に、殿下にタカトシ様の相手をしていただき、傀儡として使えるように準備しておりました。
『勇者』のスキルを持つタカトシ様なら、万に一つも殺し損ねることはないでしょうから」
「その通りでしたね」
わたし達は最初から最後まで、手のひらの上で良いように踊らされていただけだった。そう言う事。
通山君に持っていた悪感情はすべてが見当はずれ。
わたし達は思惑通りに、彼を追い詰めていたことだろう。
「最後は素行の悪かったキョウスケ様達に、担当のメイドがストレス解消のアドバイスをしただけですね」
「磔馬君達が事件の犯人だったんですね」
今思うと全く意外ではない。
むしろ彼等ならやりかねない。それくらいに素行が悪かったのだから。
ああ、わたし達は愚かだ。
「わたくしからも1つお尋ねしてよろしいでしょうか?」
「何ですか?」
「どうしてこのような話を聞きたかったのでしょう?」
「いかにわたしが愚かだったのか、知りたかったから……いえ、贖罪のつもりなんでしょう。
それに知らずに生きるよりも、知ったうえで生きたほうが諦めが付きそうでしたから」
「諦め、ですか?」
「諦めです。わたしがわたしとして生きることへの諦めです」
「……何か望みはありますか?」
なぜ望みを聞くのだろうか。分からないけれど、それこそ聞くだけという可能性もある。
大きな期待はするだけ無駄だろう。
「望みの前にいくつか確認をしていいですか?」
「構いませんよ」
「この指輪を嵌めると、わたしは奴隷になるんですね?」
「はい」
「この世界……この国での奴隷の扱いはどうなりますか?」
「今回の場合ですと、王家の所有物ということになります。
人ではなく物として扱われますが、王家が所有されますから心配はないでしょう。
王家の方々は、価値ある道具を大切になさいます。王家所有ですから、他の者が触れることすら不敬となることもあるでしょう」
つまり道具として優秀であれと言う事か。
優秀であれば、死ぬ事はなさそうだ。
「分かりました。望みですが――――」
わたしがゆっくりと望みを告げる。それを聞いたセーリャさんは恭しくうなずいた。
「――――畏まりました。その旨王女殿下にお伝えいたします」
「最後にわたしの担当だったセーリャさんが、この指輪をわたしにつけてくれませんか?
その方が安心でしょう?」
「承りました。それでは、失礼いたします」
セーリャさんに指輪を渡して、右手を差し出す。
少し迷ったセーリャさんは、差し出したわたしの右手の小指にそのリングを通した。
これで閑話はひとまず終わりで、次から本編の予定です。
それから、よろしければ、私の他の作品もよろしくお願いします。
活動報告に紹介文を書いてみたので、さらっと読んで、面白そうだと思えば是非。
追記.
日数の把握が甘すぎたので、
・通山と文月の邂逅が転移後30日
・通山の死が転移60日後
・グリュプスを倒すのが通山の死から30日後 転移後90日
としたいと思います。これに伴いちょくちょく訂正していきますが、おそらく流れに大きな違いはありません。