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連れていかれたのはいわゆる謁見の間。
玉座には冠を乗せた、眼光の鋭いおじさんが座っていた。
おじさんと言っても僕らの親世代というわけではなく、年上の従兄弟くらいの年齢に見える。
少なくとも僕たちと同年代の姫を子供に持つ年齢には見えない。
僕らは跪くことなく、その場に立っている。
跪かなくて良いのかとも思ったけれど、この国の民ではないということで、最低限の礼儀さえ守ってくれればいいとのこと。
お偉いさんっぽい人も結構いるけれど、好意的にこちらを見ている……と思う。
「余はフラーウス国の王、ヤヌアウリ・フラーウス。異世界の勇者たちよ、よくぞ参った」
「申し遅れました。わたくしはフラーウス第一王女トパーシオンです。シオンとお呼びください」
やはり勇者なのか。魔王には勇者なのか。
聞き覚えのある単語に皆ソワソワしているのがわかる。もしかしたら、翻訳の効果で聞き覚えのある単語に変換されているだけかもしれないけれど。
慣れた対応を見る限り今回が初めての召喚ではないのだろうから、過去の経験から異世界人の受けがいい言葉を選んでいるとも考えらえる。
自己紹介をしていないお偉いさんの中に3人ほど、水晶玉のようなものを持っている。
これはどう考えても、ステータスを覗くものだろう。だとしたら、今からステータスとスキルを確認して、本当に勇者たりえるのか見極めるのだろう。
むぅ……時間がない。
「こ、国王様。お話よろしいでしょうか?」
勇気を出して声を出してみれば、護衛の騎士とお偉いさんの何人かがピクリと反応した。
緊張しているせいか、悪感情を向けられたような気がして、より委縮してしまう。
国王が答えてくれるまでの数秒が永遠だ。冷汗が止まらない。促されて皆の前に連れてこられたけれど、生きた心地がしない。
「其方名は?」
「通山真と申します」
「マコト。話というのは?」
「は、はい。僕たち……いえ、私達が魔王を倒すために呼ばれたお話は聞きました。
ですが、私達は戦いのない世界からやってきた者です。いきなり戦えと言われても、難しい者ばかりでしょう。
ですから、いくつかお約束いただければと存じます」
ガチガチに緊張するのを無理やり誤魔化しながら、頭の中で何度も繰り返していたセリフを口にする。目上の人にあったことなんて、親族を除けば学校の先生がせいぜいの僕がきちんとお願い出来ているかは謎だけれど、今はまだこの国の客人。法外な頼みでなければ聞いてくれるだろう。
そう思っていたのだけれど、騎士達の手が剣に伸びてしまった。
この緊迫した空気が自分に向けられているという事実だけで、死んでしまうのではないかと思ったけれど「よい」と王様が言ってくれたので、ひとまず落ち着いた。
「申してみよ」
「ありがとうございます。魔王を倒すということについて、私自身は何も言う事はありません。
そうしなければ、私達も帰れないという話でしたので。
ですが、先ほども言った通り、私達は戦った経験どころか武器を持ったことがない者がほとんどでしょう。
ですから、魔王討伐は各々が戦えると判断できるまでは待っていていただきたいのです。
それから、私達はこの世界では身寄りがありません。せめてこの国にいる間の生活と安全、それから最低限の自由の保障を国として承認していただきたいのです」
「うむ……。もとより戦闘訓練は行う予定であり、当然無駄死にさせるつもりもなかった。
当然我が国の者が、其方等を害することもない。生活は城の客室を与える故困ることもなかろう。食事も十分な量を準備しよう」
「では、お約束願いますでしょうか」
「よかろう。だが、魔王がいつまでも待っていてくれるわけではない。
其方等には無理のない程度に戦闘訓練に出てもらう。それでよいな?」
「畏まりました」
これで契約は成った。戦闘訓練を受ける必要はあるけれど、生活と安全は保障された。
戦いたくなければ、戦えると判断しなければいい。
この城から出ようと思うと少し難しくなるだろうけれど、戦闘訓練として、魔王を倒すためとして旅に出たいといえば他国にも行けるだろう。
他国での安全は保障されないけれど、それは行きたい人の自己責任だ。
役目はこれで終わり。これで一安心だと、目を閉じる。
「残りのもそれでよいな?」
安心しきっていたところで、国王が僕の後ろに問いかけた。
心臓がドキリと跳ねる。
見たくないと思いながらも後ろを見ると、不満顔で頷くクラスメイト達がいた。
僕はミスを犯した。
僕は自分のために声を上げたけれど、それがクラスメイトのためにもなると信じて疑わなかった。
でも、彼らは僕のスキルを知らない。
では今のやり取りがどう見えるか。
異世界に連れてこられてテンションが上がった根暗が、柄にもなく張り切った挙句、勝手にクラス全員の方針を決めた。
これが市成なら、なんだかんだで納得してくれたかもしれないけれど、僕では無理だ。
文句があれば受け入れなければいいのに。
なんて僕が文句を言っても仕方がない。
拗れてしまう前に、弁解しないと。
だって今の契約だとクラスメイト同士は、傷をつけることができる。
「こ、これは……!」
「では、これから其方等には、自分のステータスを確認してもらう」
僕の弁解は国王の声にかき消される。
ステータスというゲーム的な用語にクラスメイト達が沸き上がり、僕が弁解できるタイミングは失われた。
うなだれて、いそいそと端っこに逃げる。
「個人であれば『ステータスオープン』と唱えることで見ることができる。
だが他人に見せるためには、この水晶を使用する」
国王が控えていた人を1人呼び寄せて、水晶を受け取る。
話をしている最中にステータスを確認した人がいるのか、男子の一部が妙にざわついている。
「其方等の力を把握するため、順番に水晶を使用してもらう。
これは適切な訓練をするために必要なことだと割り切ってほしい」
「質問良いですか?」
「名は?」
「吉川藤吉です」
クラスのムードメーカーの吉川か。彼が僕の立場だったとしたら、クラスの不満は抑えられただろう。あまりクラスメイトと関わってこなかったけれど、こんなところで足を引っ張るとは思っていなかった。
「で、質問とは?」
「平均的なステータスを教えてくれませんか。あと、もしかして、魔法とか使えるんですか!?」
「そうだな。己の力がわからねば、戦えと言われても難しかろう。
戦いをしたことがない一般的な大人のステータスが、平均10と言ったところだ。
平均20~30になれば、戦いを生業とした冒険者の新人と同格と言える。
平均50~75もあれば、戦いを生業とするものとして十分と言われる。
ステータスが100を超えたあたりで上限に達するようになる。
伝説の勇者が平均300と言われているので、人の限界はそこになるだろう。
魔法は生活魔法であればだれであれ使える。
戦闘で使えるレベルとなれば属性を持っているかどうかになるが、其方等なら問題あるまい。
加えて其方等はスキルを持っていると思う。
スキルはこの世界において、極一部が持つ特別な力だ。
魔法に関するスキルを持っていれば、一流の魔法使いになることもできるだろう。
これでよいか?」
「はい、ありがとうございます」
吉川が頭を下げてクラスメイトの群れに戻っていく。
同時に周り――特に男子――の反応が大きくなる。
いつものグループで固まり、自分の能力がどれくらいだと、僕にも聞こえるように騒いでいる。
漏れ聞こえてくる能力で低いものは20台、高いものだと70台と言ったところか。
それ以下もそれ以上もあるかもしれないけれど、平均は40~60といったところらしい。
対して僕の能力と言えば、最低10、最大300。平均は60なので、かなり優遇されているといえる。
でも、ピーキーすぎる。300ある魔力も9割が無いようなものだとすると、平均20ちょっとしかない。
しかも体力や筋力、敏捷と戦いで必要になりそうな能力が軒並み、一般人レベル。
魔力がどう映し出されるかはわからないけれど、30で映し出されると無能の烙印を押されるだろう。
能力的問題もあるけれど、今の立場的問題もある。
弁解したいけれど「どうしてあんなことを言ったのか」とすら聞いてくる人がいない。
それどころか、僕に近づいてくる人すらいない。
「勇者が出たか!」
始まって数人だけれど、国王が驚いたように立ち上がった。
その目の先には市成がいて、まんざらでもない表情をしている。
「勇者はオレたち全員を指していたんではないんですか?」
喜んでいた市成がハッとしたように、国王に尋ねる。
「勇者召喚に応えた異世界の者たちも確かに勇者に違いない。
だが、中でも勇者とその従者のスキルを持つ者は、伝説の勇者にも劣らぬ力を得ると言われているのだ」
「従者?」
「剣と盾に秀でた騎士。魔術を統べる賢者。神の愛し子の聖女。陰から勇者を支えた隠密。
以上の4スキルだ」
「アタシ、騎士持ってるよ」
クラスの元気印、朝日穂が手を挙げる。
体育が得意とは言え、背が低い女子が騎士というのも不思議な話だけれど、スキルと見た目は関係ないのだろうか。
一部でこうやってはしゃいでいる間も、ステータスの判定は進む。
僕の順番が来るまでに、賢者と聖女も見つかった。それぞれ、クラスで最も成績が良い月原ひかりとその友人の山辺清良。
クラスでも目立つ人たちが特別なスキルを持っているなんて、なんとも物語していると思う。
だからこそ、最初に出しゃばった僕の立場が悪くなる。
全体の3分の2が終わったあたりで、僕の順番がやってきた。
チラッと国王を見ると、忌々しそうにこちらを一瞥すると表情を戻した。
やはりあの契約は不本意だったのか。だが十分に考えられる契約ではあるだろう。
もしかして、強制力があることに気が付かれた!? いつ? どうやって?
考えているときに、水晶を渡された。
水晶に僕のステータスが映し出される。魔力が30と表示されたステータスが。
「なんだこれは!?」
担当しているお偉いさんが大声を上げる。
その声につられてなのか津江美香が横から水晶を見てきた。
一番見られてはいけない人に見られた。
「うっわー、ナニコレ。雑魚くない?
ステータス10台ばっかじゃん。筋力10とかそれでも男子なの?
うわあ……スキルも2つしかないとかやばぁ……。あたしでも3つあるのに。
ってか、こんな弱いのに最初に出しゃばったとか」
大きな声で僕を嘲る。
それを聞いた人が同じように笑う。
笑う、笑う。
悪態をつく人もいる。
だけれど、僕を擁護してくれる人はいないらしい。
異世界転移ものだとここで放り出されて、最悪刺客を送り込まれるところだけれど、そうなる未来は封じている。
でも味方は誰一人いなくなってしまった。
◇