閑話 遅すぎた気づき 前編
ええ。またなんです。とりあえず、前編を読んで落ち着いてください。
今回は一つ前の閑話程長くならないはずですから。夕方の後編で終わる予定ですから。
もともと彼は目立たない存在だった。
かといって、平均的でもなかった。
成績で言えば上の中。運動で言えば中の上。休み時間になっても席を立たず本を読み、かといって話しかければ普通に会話をしていた。
クラスの毒にも薬にもならない存在。
それが通山真という人物だった。
わたし――月原ひかりも、クラス委員でクラス全体を見ることが多かったけれど、特別印象には残っていない。
確かに思い返せば、彼のおかげで行事がうまくいったこともある。
彼の手伝いで仕事が早く終わったこともある。
だけれど、常にそうだったわけではなく。思い出したかのように存在感を少しだけ出すのだ。
これは完全に埋もれてしまう人よりも、印象に残らない。
何せ、クラスの話し合いで全く話さない人は、今日も話さなかったなと記憶に残るものだから。
だけれど彼は違った。たぶんクラスメイトの中で1人いなくなったとして、気が付かないのは誰かと言われたら、頑張って思い出して、思い出して、彼の名前を出すだろう。
――その時まで、わたしはそう思っていた。
そんな普段目立たないはずの彼が、かつてないほどの異常事態において、誰よりも先に出しゃばった。
わたしのクラスメイトは何の嫌がらせか、男女それぞれの問題児がいる。
問題を起こすなら彼らだろうと思っていた人たちよりも先に、問題を起こした。
わたし達に訪れた異常事態とはクラスメイト全員が、異世界召喚されたというものだ。
突然の出来事に状況把握もできない中、わたし達を召喚した国のトップ、国王に契約を迫った。
契約内容自体は悪くなかった。わたし達の安全と生活と自由を保障し、代わりに訓練を行う。
そもそも呼ばれた理由が「魔王を倒してほしい」なのだから、どうごねても戦いに駆り出されたに違いない。
しかも彼の出した条件であれば、戦いたくない人は自分の訓練が不十分だと、言い続けていればいい。
そして、その契約はなされた。
これだけ話すと上手くいったように思う。
だけれど、これは危ない橋を運良く乗り切れたからにすぎない。
不用意に国のトップに話しかけたのだから、その時点で彼は殺されていたかもしれない。
契約だって認めてもらえなかったかもしれない。
不敬な発言をしたとして、連帯責任でわたし達にまで害が及んだかもしれない。
上手くいったからよかったものの、知らない世界で勝手に動かれると死に直結する恐れもあった。
そういう意味で、わたしは彼の行動が許せなかった。
これを許してしまえば、これから先も似たようなことが起こったとき、今度こそ殺されるかもしれないから。
それに、選りにもよって彼にクラスの命運を決められたと思うと、良い気はしなかった。
これは他のクラスメイトも同じようで、クラスメイト達の前で熱弁をふるっていた彼を皆疑うような目で見ていた。
そのあとステータスなるものを確認したのだけれど、通山君はその数値が低かったらしい。
皆3つは持っていたスキルも、彼は2つだけだった。
これで彼へのクラスメイトからの悪感情は、より大きくなったといえる。「弱いくせに出しゃばりやがった」と。
それから騒ぎはなく、クラスメイト達はそれぞれ部屋に案内された。
案内してくれたメイドが言うに、やはり通山君の言動は危ういものだったとのことだ。
心の広い国王で本当に助かった。
◇
通山君に思うところはあるけれど、わたしは一応自分のクラスでの役割と、影響力を知っている。
だからこそ、彼がどうしてあんな行動をしたのかを確認する必要があった。
夜が明けて、朝食でクラスメイトが集まっている中にやってきた彼に、わたしは行動の理由を尋ねた。
しかし磔馬君に殴られた彼が気絶してしまったので、うやむやになった。
ここでちゃんと話を聞けていたら、何かが変わっていたかもしれない。
だけどわたしは「なぜあんな行動をしたのかしら?」と、もう一度問いかけることはしなかった。
その日から、通山君はクラスメイト達にいじめられることになった。
それだけのことをしでかしたと思っていたし、何よりクラスの女子が不安がっていたから。
フラーウス王国と契約は結んだものの、全く知らない世界。しかも魔法やステータスなんて、創作でしかありえなかったものが実在している。
地球に帰るためには、戦わなければいけない。
男子は楽しそうにしているけれど、女子はそういう子が少なかった。
わたし自身もどちらかと言えば不安に思っている側だったので、女子達をケアする事で不安を誤魔化していた。
ケアのため、と言うかこれ以上、彼女たちの不安にならないように通山君を放置しておくことにした。この一番皆が不安に思っているときに、自分より下の人が存在するという事はどこか安心感を与えてくれるから。
勝手に行動した罰として、少ししたらクラスメイトとの仲を取り持とうと思っていた。
だけれどそれから数日、フラーウス王国が契約を守る気があるとわかり、クラスメイト達も今の生活に慣れたころ、通山君の噂が聞こえてくるようになった。
どれも聞くに堪えないというか、こちらに来る前なら一笑に付していた内容だったけれど、考えなしに国王に契約を持ち掛けた彼ならやりかねない。
そう思うと、このいじめも自業自得のようで、手を差し伸べようという気が失せてしまった。
せめてもの慈悲に、今後もわたしはいじめには加わらないことにした。
◇
この世界に来てから1か月が経った頃だろうか、とうとう通山君がやらかした。
彼についていたメイドを嬲り殺したという。
彼もストレスが溜まっていただろう。いじめの中には、ちょっと眉を顰めたくなるようなものもあった。だけれど、殺してしまうのはやりすぎだ。
クラスではわたしと同じくまとめ役をしていた市成君が、通山君の胸ぐらをつかんで、怒気をはらんだ声で詰め寄る。
それに対して、こちらに来た時よりもかなり目つきが悪くなった通山君が、とぼけるように誤魔化す。
市成君の話を聞くに通山君はスキルを使って、抵抗させないようにして殺したのだとか。
『契約』が通山君のスキルらしい。
そしてわたしはここで気が付くべきだった。
通山君はシオン王女にもスキルを使っているらしく、市成君がそれを解除するように迫る。
果たしてこの時、通山君はどんな顔をしていたのだろうか。
結局最後の最後まで通山君は要求を拒み、市成君との一騎打ちが決まった。





