閑話 夢の終わり 後編2
「それでは、なぜ今まで奴隷にしなかったのか。
――勇者と親睦を深めるため? いいえ。
――指輪ができていなかったため? いいえ。
――勇者達が思っていた以上に強かったため? いいえ。
わたくし達は勇者を奴隷にすることを封じられていたのよ。
そう、勇者達の生活を、安全を、自由を認めさせられていたの。
わたくしたちはそれを反故することはできなかった」
とくん、と心臓が鳴る。
嫌な予感がして、気が付いてはいけないことがある気がして、それでも思考することが止められなくて、心臓がより多くの酸素を、血を、頭に送る。
シオンは何と言った?
勇者の生活、安全、自由。これはどこで聞いた?
「しかも戦うかどうか決めるのは、わたくし達ではなくて勇者達だったわ。
勇者が戦えると判断しなければ、延々と勇者を養うだけだった。
力づくで追い出すこともできない。暗殺することもできない。
ええ、本当に困ってしまったわ。不意打ちの一手でわたくし達は、強大な戦力を手に入れることができなくなりそうだったのよ」
まるで演劇でも見ているように、シオンが高らかに声を上げて説明をする。
サプライズのプレゼントを成功させた少女のように、まぶしい笑顔でシオンは話す。
「『勇者』のスキルを持つ道具が以前、勇者の中で1人だけ『様』をつける必要はないと言った人物がいたわ。
でもわたくしは思うのよ。25人もいた勇者の中で、唯一敬意を持つべきだったのは、1人だけだったと。
とても大変だった。計画は見直しを余儀なくされた。やりたくもないことをする羽目になった。
たった一手で、ここまでフラーウスを混乱させた彼は、勇者側から見れば英雄だったわ。
彼がいたから、勇者は60日程城の騎士よりも良い生活を送っていたわ。
60日もフラーウス国という国に対して時間を稼いだの。たった1人で。
彼1人だけだったら、きっとフラーウスは掌握されていたわ。だって誰も彼に逆らえないのだから。
だけれど幸いにもわたくし達には、24人も彼を討てる存在がいたの。
彼は頭がよくはなかった。だから最初の一手にすべてをかけた。
彼は決して強くなかった。だから頼れる者がいないと知ると強くなることに全力をかけた。
そして彼はフラーウスにとっては逆賊だった。だから国に狙われた。
逆賊だから本来敬われることはない。だけれど、わたくしは彼に敬意を表するわ」
告げる。告げる。シオンは暗にオレの罪を告げる。
オレが蔑んだ相手こそ、本来は尊敬されるべきだったと。
オレが蔑んだ相手こそ、クラス全員で守るべきだったと。
認められるか。認められるわけがない。
不満を示すように睨みつけるオレの方をシオンがじっと見つめ、微笑んだ。
「ありがとう。貴方のおかげで、計画は進むことになりました。
我々は魔王に対抗できるだけの武器を手にすることができました」
「……だが、通山はメイドを殺した。城で好き勝手に過ごした。そうだろう」
通山の非を認めさせたくて、喉の奥から絞り出す。
だがシオンの表情を変化させることすらできなかった。
「わたくしに声をかけた理由は訓練と言ったわね。ええ、確かに。昨日よりは大変にはしてあるわ。
だけれど時間だけで見れば、"通山様"が自主的にやっていた時間よりもはるかに短い。
彼がいれば、今頃部屋で魔法の訓練をしているわね。朝は日が昇る前から外を走っていたわ」
シオンが通山に『様』を付ける。オレとは違うのだと示すように。
だけれどオレは何も言えなかった。
通山がそんなことをしていたなんて、まるで知らなかった。
「通山様は毎日欠かさずやっていたわ。
それなのに、どうやってメイドを殺すのかしら?
いつ好き勝手にするのかしら?」
「いつ……って……」
答えられない。答えようがない。
「それに彼のしたことを思えば、ちょっとした悪名も、メイド程度の殺人も気にならないわね。
そもそも、それくらいしても可笑しくない程度には追い詰められていたもの。でも、彼はやらなかったわ」
でも、殺したのは通山でないといけない。通山でないなら、オレは何のために殺した?
何のために? 何の……?
オレは人を殺したのか? 罪のない人を。
「うわ、うわあああぁあぁぁっぁあぁぁぁぁl」
「『逃げることは許さないわ』」
叫び声をあげ逃げ出そうとする身体が止まる。
なぜだとシオンを見れば、恍惚そうな表情でこちらを見ていた。
「その顔。その顔が見たかったのよ。
毎日毎日馬鹿のご機嫌取りをさせられたのだもの。これで少しは気分が晴れたわ。
馬鹿を見るのは、とてもイライラしてしまうものね。
このためにこうやって、時間を作って待っていたのだから」
「オレを騙していたのか!」
「騙す? 騙してはいないわ。本当のことを言わなかっただけだもの。
契約の件もわたくしが、彼の契約に縛られていたことは事実だもの」
「お前らがぁああ、そもそもお前らがオレ達を喚び出さなければ」
視線で人を殺せたら、本気でそう思った。
「そうね。勇者達にしてみればそうでしょう。
だけれど、わたくしは王族。理不尽を敷いてでも民を導かなければならない。フラーウスを栄えさせなければならない。衰退から遠ざけなければならないわ。
そのためには、民に強いた理不尽の責は負いましょう。
だからと言って、貴方が通山様を殺した事実は変わらない。
彼ではなく、わたくしを選択したのは紛れもなく貴方。その選択の責任までわたくしが負うつもりはなくてよ?
わたくし達が喚び出したことを恨むのは構わない。
わたくし達がこれから敷く理不尽に怒るのも構わない。
だけれど、貴方が彼を殺したこと。貴方が仲間の生活を壊したこと。
そして、貴方達が彼を虐げたことは、わたくしたちの責ではないわ。
わたくしに転嫁しないでいただけるかしら?」
シオンが蔑むようにこちらを見る。
「では、さようなら。その指輪をはめた時から貴方は人ではなく、このフラーウス王国の道具。
そのことをゆめゆめお忘れなきよう、心にとめておいてくださいませ」
床に這いつくばるオレを見捨ててシオンが部屋から出ていく。
どこで間違えたのだろうか。何を間違えたのだろうか。
この溢れ出る感情が何なのか、理解することもできずに、ただただ声を張り上げた。
次は別視点での閑話になります。





