閑話 夢の終わり 後編1
後編が長くなりました。長くなりましたので、これとあといつもの時間にもう1回投稿して、閑話『夢の終わり』は終了です。
城の中は昨日までの明るい雰囲気はまるでなかった。
正確にはクラスメイト達の明るい声はまるで聞こえなくなっていた。
オレ達の部屋がある区画では、この時間であれば歩けば多くの仲間とすれ違ったはずなのに、今はほとんど誰もいない。
たまにすれ違う人がいても、その顔には疲れが見える。
中にはオレを見た瞬間、露骨に顔を曇らせる人もいた。
そんな中、シオンを見つけたオレはその名前を呼んで呼び止めた。
振り返ったシオンは、いつもオレに向けてくれていた柔らかな表情ではなく、ものすごく冷たい目をしていた。
「あら勇者。何か?」
発せられる声には、嘲りのようなものが含まれていて、本当にシオンなのか自分で不安になった。
「話がある」
「……まあ、良いわ。もの知らぬ蛮人の無作法を責めても仕方ないものね」
「蛮人……」
「サエラ。これを連れてきてちょうだい」
「畏まりました」
シオンがいつも連れている護衛にそう伝えると、女性の護衛は恭しく頭を下げる。
それから侮蔑したような目でオレを見ると、「来い」と低い声を出した。
◇
連れていかれたのは、オレの部屋。昨日と少し違うのは、一緒に入ってきた人間の数。
昨日はメイドが1人だけだったのに、今日は護衛も含め連れていた人を全員入れた。
昨日はあんなに胸が高鳴り、もどかしかったのに、今はただただ恐ろしい。
「それで話だったかしら?」
「シオン今日の……」
シオンに問われ答えようとしたら、首に冷たいものが当たった。
ツー、と何かが滴るのを感じる。
「な、なにを……」
「貴方にはもう、わたくしの名を呼ぶ資格はなくてよ?
愛称なんてもってのほかだわ」
「だったら何と……」
「口の利き方もなっていないのね。これだから、異世界から来た蛮人は困るわ。
そうね。でもものを知らないのだから、仕方がないわね。1度だけは許しましょう。
わたくしのことは殿下、王女殿下と呼ぶことね」
シオンが喋るのに合わせて、周りから嘲笑する声が聞こえる。
何も言えずに黙っていたら、シオンに扇子を使って頬を叩かれた。
ジンジンと痛む頬を抑えると、頭の上からシオンの声がする。
「返事は?」
「……はい、殿下」
「で、話とは?」
「きょ、今日の訓練のことです」
「訓練? わたくしも視察したけれど、問題はなかったわ」
シオンが見ていた? 見ていたのに、なんとも思っていないのか?
というよりも、何だこの状況は。昨日はあんなに求めるようにこちらを見ていたのに。
なぜ。何が起こった? わからない、わからない。
「はあ……駄目ね。察しが悪すぎるわ。
でもわたくし、この瞬間を楽しみにしていたのよ。だからすべて話しましょう。
勇者達の愚かさを、そして彼の献身を」
シオンが高らかに話す。楽しそうに、歌うように続ける。
その美しい声で、オレ達を罵る。そうか、これは夢か。今日1日のことは夢だったに違いない。
「もしかすると、これが夢だと思っているかもしれないけれど、違うわ。
昨日までが勇者達の夢だったのよ。
今日からが現実で、本来あるべき姿と言えばわかるかしら?」
昨日までが夢? 今日からが現実?
シオンが何を言っているのかわからない。昨日まではちゃんとした現実だ。
戦うために呼び出されたオレたちは、今後辛いこともあるかもしれないけれど、充実した訓練を送っていた。
着実に強くなっていたし、城の人たちだって優しかった。褒めてくれた。
ちゃんと役割は果たしていたはずだ。急にこんな理不尽な訓練をさせられるはずがない。
「答えろ」と護衛の一人が耳元でドスの利いた声を出すので、左右に首を振った。
「蛮人は蛮人ね。25人……いえ、20人弱かしら?
たくさんの蛮人を呼び出してしまったけれど、それが功を奏したともいえるのよね」
20人弱? オレ達は25人で呼び出されたはずだ。
それなのに、どうして20人弱になる。
そこでふと、思い出した。今日訓練が始まる前にコマントル隊長が何と言っていたのか。
それぞれのグループを足すと何人になる?
20人だ。24人いなければならないはずなのに。
「オレの仲間をどうした!」
「仲間、という割にはいなくなったことに気が付かなかったのね。滑稽でしかないわ」
図星を突かれて閉口する。恥ずかしくて顔が赤くなるのが分かる。
「でも安心してちょうだい。わたくし達は誰一人として手を出していないわ。
むしろいなくなった4人は英断よね。本当は探しに行きたいけれど、今は時間がないから仕方ないわ。
それに仮にフラーウスに剣を向けてきても、わたくし達には便利な道具があるもの。
守護を失ったときに逃げ出した彼らは、賢いとは言えなかったけれど、よくよく分かっていたわ。自分たちの状況が。だから彼らは未だに人たりえる。
そうでない者は、人ではなくなった。本来道具は、わたくしを呼び止めることすら許されることはないのよ?
道具どころか、許されているのは王族だけ。あとは緊急事態の時くらいかしら。
平民であれば、わたくしを見ることすらできない人もいるでしょう。そう考えると、使ってもらえる道具はある意味幸運かもしれないわね」
4人は逃げ出した? クラスメイト達を置いて?
でも、シオンは彼らを人と呼ぶ。では残っているオレ達は? まさか道具の事か?
シオンを見ると、オレのことを蔑むように見ていた。愚かしいものを見るように、それこそオレたちが通山を見ていた時のように。
「これはあまりにも愚かではないかしら? だからこそ、上手に踊ってくれたと言えるけれど。
まあいいわ。
さて何から話そうかしら。わたくし達が最初はどうしたかったか、なんていいかもしれないわね。
昨日も話したけれど、本当はその指輪は召喚した日につけてもらうつもりだったの。
そうして早々に25体の人形兵器を手に入れるつもりだったの。
もう気が付いたかしら? もう気が付いたわね?」
「この指輪は……」
「そう、その指輪をはめたらもう外すことはできない。なぜなら、それは隷属の指輪だから」
謳うように、何かを吐き出すように、シオンが話す。
左手の薬指にはめた指輪を取ろうとしてもびくともしない。
力を入れると頭にひどい痛みが走った。脳に直接ドリルでも当てているかのような、壮絶な痛み。
痛みだけで呼吸を忘れる。痛みだけで汗が止まらなくなる。
「その指輪はすでに勇者達は嵌めてしまっている。その指輪をしたものは、フラーウス王家に逆らえなくなるの。そうね、例えば『靴を舐めなさい』」
シオンの命令に体が反応する。舐めるつもりなんてないのに、跪いて、シオンの小さな足に顔を近づける。
抵抗をすることはできない。
やがて口が開き、シオンの靴を舐めることになった。
痛いわけじゃない。辛いわけじゃない。命が危ういわけじゃない。だけれど、非常に惨めな気持ちが心を覆った。
「靴の上からでも、舐められるっていうのは良いものではないわね。
わたくしにはそんな趣味はなかったって事かしら。でも確か敬意を表するキスの中には、靴の先に落とすものがあったわよね?」
「平民がその生涯をささげるときですね。ですが、フラーウス国民が殿下に尽くす表れなのですから、これが行うものとは違うでしょう」
「そうね。『止めなさい』。それから、これも言っておこうかしら『今日ここで見たこと知ったことを他言してはならない』『特定の場合を除いてフラーウス国民を傷つけてはならない』。
とりあえずこんなところね。自分が奴隷になったのだと、わたくし達の道具になったのだと分かったかしら?」
シオンに問われ、必死に首を上下に振る。答えなければ何をさせられるかわからない。
シオンは満足そうにうなずいてから、話をつづけた。
日間ファンタジー異世界転生/転移ランキングで66位になりました。
こういったランキングに載ったのはおそらく初めての経験になります。
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