閑話 夢の終わり 中編
誠に申し訳ありませんが中編です。後編までが市成視点になります。
次の日の訓練は、騎士団隊長コマントルの一言から始まった。彼はいかにも騎士らしいというか、厳格さが顔にも出ている。
体もがっちりしていて、クラスメイトの中だと体格で勝てる人はいないだろう。
「まず勇者全員に通達をする。
明日より訓練の日程を変更する事が決まった」
その言葉にクラスメイト達が、興味を示す。
休みがあるとはいえ一日中訓練をしているから、もう少し自由が欲しいという人も多かった。
オレとしても自由時間が増えれば、シオンと会える時間が増えるので大歓迎だ。
だが周りを見れば、月原などの数人は苦い顔をしている。
「明日より訓練の時間を増やす。日の出より訓練をはじめ、日の入りまで訓練を続ける」
「なんでだよ。むしろ減らせよ。オレ達の力が必要なんだ……グハッ」
コマントル隊長の言葉に磔馬が文句を言っている最中に、騎士の一人がその腹を思いっきり殴りつけた。
周りが急に静かになる。
急なことで、オレも全く反応できなかった。せいぜい口から「は……?」と音が漏れてた程度。
「何……すんだよ」
殴られた磔馬が殴ってきた騎士をにらみつけ、スキルを発動させる。
確か磔馬の持っていたスキルは『狂化』。敵味方の区別がつかなくなる代わりに、強くなるスキルだ。
磔馬の目に嗜虐的な色が灯った。
こうなった時の磔馬は手に負えなくなる。おそらくオレですら止めるのに苦労するだろう。
やりすぎだと、近寄ろうとしたが、磔馬の拳が騎士にあたる直前で止まった。
その隙をついて、騎士がもう一度磔馬を殴る。
磔馬のスキルが解けて、「止めろ」と叫び出すのだけれど、オレたちは動くことができなかった。
昨日までは親切に教えてくれていたのに。いったい何が……。
「止めてください。山辺、回復を」
ようやくオレが声を出せた時、磔馬はかなりボロボロで咳とともに血を吐いていた。
山辺が回復させてくれたから良いものの、このまま続けていたら磔馬は死んでいたかもしれない。
確かに自分勝手で、手に負えないところもあるけれど、殺す必要はないはずだ。
オレはコマントル隊長を睨みつけて抗議する。
「どうしてこんなことをするんですか!」
「決定に文句をつけたからだが?」
「横暴だ」
クラスメイトの中からも抗議が上がったが、騎士たちに睨まれて黙り込んだ。
決定に文句をつけた……というのは、訓練時間の話か。
だけど、文句を言うくらいは今までも何回かあったはずだ。それに今、明確に磔馬を、クラスメイトを傷つけた。これは契約違反ではないだろうか。
「コマントルさん。この件はシオンに報告させて……うぐっ」
話を最後まで聞いてもらえずに、オレも殴られた。
容赦のない拳が腹にめり込む。
一瞬呼吸ができなくなって、強烈な痛みが走るけれど、動けなるほどではない。
ステータスが上がっていたおかげだろう。
だけどもう一度口を開こうとするだけでも騎士全員から睨まれ、睨み返すしかできなくなる。
「報告でもなんでも、好きにすると良い。だが、それは訓練が終わってからだ。
今日からは、訓練は4つの組に分け行う。1つは『勇者』とその従者のスキルを持つ4人。
1つはエイゴとハルトの2人。
1つは残りの魔力より筋力が高かった8人。
1つは同じく魔力のほうが高かった6人。
城に近い方から順に分かれろ」
コマントル隊長の言葉にすぐに動けたのは、数名。
オレは動けなかった。
コマントル隊長の表情が険しくなる。
「ぼさっと突っ立っていた奴らは、城の周りを10周走ってこい。
それが終わり次第、訓練に移る。行け」
今度は弾けるように走り出す。
頭の中は混乱していたけれど、そうしないといけないのは分かったから。
走り始めてすぐの事、背後で女子の悲鳴が聞こえた。
◇
城の外周がどれくらいあるかはわからないけれど、10周くらいでは大した負担にはならない。
クラスメイトの中には何人かばてている人がいたが、それだけだ。
しかし1人だけ、普段と様子が違う人がいた。。
平山愛。クラスの中の素行が悪い女子のまとめ役という立ち位置で、その名前を気に入っているのか、一人称に名前を使う。
10周走り終わった後、そんな彼女が歯を食いしばり、目を真っ赤にさせていた。
最後に走り終わったようで、おそらく走っていた時の悲鳴は彼女のものだったのだろう。
「今回は個人で済ませたが、以降は先ほど分けた組ごとで連帯責任とする」
命令口調のコマントル隊長に、クラスメイト達はもう何も言わない。
言えば殴られるから。
昨日までこんなことはなかったはずなのに、急にどうして……。
◇
「遅い。常に最良のような状態で戦えると思うな」
「……がはッ」
口から血が飛び、それでも嬲られる。
殴られ、蹴られ、体を容赦なく切られる。
スキルを持ち、成長速度が速いと言っても、本職の騎士たちにはステータスも経験も及ばない。
それなのに、こちらは休みなく戦わされる。
前衛のオレと朝日は体中傷だらけになるし、後衛の月原と山辺は魔力を使いすぎて今すぐにでも倒れそうだ。
対して騎士たちは、ある程度こちらを痛めつけると入れ替わる。
「もういい。ここまでだ。セイラは明日までにこいつらの治療を行え。
それが出来なければ、罰を与える」
コマントル隊長がそう言って訓練を終わらせると、数人残して騎士たちとどこかに行ってしまった。
山辺はおびえたように、でも体が動かないのか、引きずるように近づいてくると回復魔法を唱える。
今日だけで何度聞いたかわからないけれど、何度目かのそれは嗚咽が混じっていた。
クラスで1・2を争う美人だと言われていた彼女の面影はない。
同じくトップを争っていた月原は、オレの方を睨みつけていたかと思うと、首を振ってため息をついた。何かを後悔しているような、そんな顔に胸が締め付けられる。
どうしてこうなったのだろうか。
日はまだ暮れていなかったけれど、ボロボロの身体では残り時間を有意義に使うこともできない。
何とか山辺には回復してもらって、シオンのところに行かなければ。
山辺がオレを治し終わるのに、かなりの時間を要したせいで、すでに日が暮れかかっていた。
一日の理不尽な訓練もあって思わず舌打ちをすると、山辺がびくっと体を震わせる。
それがなんだか、とてもバツが悪くてオレは逃げるように城に戻った。





