閑話 夢の終わり 前編
ヒャッハー、新鮮な閑話だー。
予定としては、前後編+もう1人の視点って感じです。どっちも城に残っている人目線です。
訓練場で対峙する通山の目は、こちらを馬鹿にするように冷たかった。
まるで、何の感情もないような、まるでこちらのことなど興味のないような表情が気に入らないけれど、人ひとりを身勝手に殺す相手だ。こういう顔をするものなのかもしれない。
このままでは本当にシオンが通山に殺されるかもしれない。
25人だけの地球の仲間の一人か、今までよくしてくれた王国の第一王女。
どちらを選ばないといけないなら、オレはシオンを選ぶ。いや、選ぶまでもない。
ここまで良くしてくれている王国のメイドを殺し、シオンを怯えさせているのだ。
とは言え、情はある。
「これで最後だ。シオンとの契約を解け」
「嫌だ」
強情なのも大概にしろ。
クラスの皆も通山のやっている事には賛同していないんだ。
聞こえないのか、クラスメイト達の非難が。聞こえたうえで、こんな対応をしているのか。
シオンが言っていた通り、通山は危ない存在なのか。
地球ではうまく隠していたみたいだけど、もうオレは騙せない。
オレだけじゃない。クラスメイトだって、お前の非道を見過ごさないだろう。
だから、オレが引導を渡す。
「それじゃあ、ここで決別だ」
クラスメイトがオレの背中を後押ししてくれる。
無表情の通山に剣を向け、『勇者』スキルの1つ「能力倍化」を使った。
体が軽くなる。
踏み出す一歩に力がこもる。
突き出す剣が容易に通山を貫いた。
確実に心臓を突き刺している。これで通山は死ぬだろう。
だけれど、不思議と忌避感はなかった。
むしろ、満足感がオレを満たした。
この世界にきて好き放題していた通山に引導を渡せた。
人殺しである通山から、クラスメイトを守った。クラスメイトの声援に応えることができた。
そして何より、シオンを悪の手から守ることができた。
これが勇者か。
これが『勇者』の力。能力がクラスメイト達の中でもかなり劣っていた通山では、見ることもできなかったらしい。
貫かれた後、それを目で確認してから見開いた。
直後、通山が叫び出した。
言葉にもなっていない叫びに何とか意味を持たせるなら、「痛い」だろうか「助けて」だろうか。
お前はアルクスさんを殺した時、そんな風に助けを求められなかったのか。
いや、求めなかったはずがない。
そんなことがあるとすれば、それは通山のスキルで縛っていたからだ。
だけど今日から、通山におびえる人はいなくなる。
それがとても誇らしい。自分の手で世界の敵を倒すことができたのだから。
「能力倍化」の副作用で全身に痛みが走るけれど、今だけはその痛みも心地いい。
まるで部活の大会に全力で臨んで、優勝したみたいな、満足感のある疲労のようだ。
クラスメイト達も、オレの行動を称賛してくれている。
正しいことをしたのだと実感できる。
短い時間だったとは思うけれど、剣で貫かれた通山は叫ぶのをやめてぐったりと倒れこんだ。
これが死ぬということなのか。
嫌な奴だったけれど、こうやって死ぬのを見てしまうと、気分が悪くなる。
相手が通山だから、これだけで済んでいるのだろうけれど。
オレ達が戦うのは、通山と同じ邪悪。だとしたら、そのうち慣れるに違いない。
やっていることは間違っていないのだから。
後処理は城の人がやってくれるということで、今日の訓練は休みになった。
◇
部屋に戻ると、自分の意志とは反してベッドに倒れこんだ。
まだ昼にもなっていない時間ではあるけれど、とても疲れている。
自分の身体が自分のものではないようだ。
生き物を殺すというのは、結構精神に来るらしい。
今日はもう休みと言う事だし、1度寝てリフレッシュしよう。
◇
次の日の夜。1日の休みを挟んでの訓練は、いつも以上に気合が入った。
この国を守るという決意を自分の中で再確認できたからだろう。
それに昨日のことで、シオンからより信頼を得られたはずだ。
第一王女といっても、シオンは普通の女の子だ。悩みもあれば、怖がりもする。
だから勇者のオレが守らないといけない。
そしていつかシオンに認められたら、あんなことや、こんなことを……。
そんなことを考えていたら、部屋がノックされた。
「タカトシ様、よろしいでしょうか?」
「シオンだね。いいよ」
透き通るような高い声に応えると、扉が開いてシオンが姿を見せる。
背筋がスッと伸びていて、楚々と歩く姿は目を惹きつける。細かいところの動作の綺麗さが、お姫様なんだなと再確認させられる。
メイドを伴ってきているのは、少し不満だけれど、オレを見つけて微笑む姿だけで不満は吹き飛んでいった。
「昨日はこちらに来ることができずに申し訳ありません。
大変なことをしていただいたというのに……」
「気にしないで。確かにクラスメイトにあんな非道な奴がいたことは悲しいけど、彼を放置しておけなかったのもわかるから。
むしろオレを頼ってくれてうれしいよ」
「はい。ありがとうございます。タカトシ様」
オレはシオンと呼び捨てで呼ぶけれど、シオンはオレのことをタカトシ様と敬称をつける。
「様」という柄ではないので、はじめのうちは呼び捨てにしてくれていいと言っていたのだけれど、勇者として戦ってくれる方に無礼は出来ないと頷いてくれなかった。
いまとなっては、シオンのような美人に嫌味なく「様」付けされるは、嫌じゃない。
正直男の1つのあこがれだと思う。
「ですが、お優しいタカトシ様ですから、ご無理をされていないか心配です」
シオンがオレの手を両手でやんわりと包み込む。
手袋をしているけれど、その手は小さくて柔らかい。
最近はこういったボディタッチが増えてきて、もっといいところを見せれば、いけるんじゃないかと思っている。
「大丈夫、シオンが喜んでくれるならオレは何でもできるよ」
「はい、嬉しいです。
実は今日はタカトシ様にお渡ししたいものがあるんです」
「オレに渡したいもの?」
シオンがメイドを呼び、何かを受け取る。
その小さい何かを、シオンはオレに握らせた。
「指輪?」
「これは勇者様が各地を回るときにその身分を証明するものとなります」
シオンの説明をうけて、改めて見てみる。
宝石はついていないけれど、そこそこ幅のある指輪には細かな装飾がされていて、とても高価そうだ。
「これを渡すということは、どこかに行かないといけないの?」
シオンと親密になるためにも、出来れば城にいたいのだけれど。
オレの言葉にシオンは首を左右に振って、否定した。
「いいえ。いつかは旅だってもらうことになりますが、これは信頼の証です」
「信頼?」
「この指輪が持つ権力はそれこそ、一貴族にも劣りません。
見せるだけで国境を越えることも、平民が入れないところに入ることもできるでしょう。
それだけに悪用することも可能です」
恙なく旅をするには必要なものか。
他国でも有用となれば、かなり希少なものと言うか、危険なものでもあるだろう。
「でも、どうして今これを?」
「本来この指輪は、勇者として来てくださった皆様への信頼の証として、すぐにでも渡す予定でした。
しかし、国王……お父様がとても慎重で、勇者様方を見極めるまでは渡さないようにしていたんです」
「思うところはあるけど……実際通山みたいなのがいたからね。慎重で正解だったと思うよ」
通山に権力まで持たせたら、それこそこの国で好き放題するに決まっている。
今まで信頼されていなかったと言われるようで、少しムッと来たけれど、それで怒るほどオレも子供じゃない。国を運営するのも大変なのだろう。
「そう言っていただけると助かります。
この指輪は特別製で、つけた指にぴたりとはまるようになっていますから、ぜひお好きな指にお付けください」
シオンに促されて、指輪を見る。
どの指でも大丈夫って魔法みたいだと思ったけれど、この世界には魔法もあるのか。
と言うか、オレも少しなら魔法使える。
好きな指につけろと言うのは、そう言う事なのだろうか?
つけてはダメな指があれば先に言うだろうし、でもシオンの期待のこもった目は、ある意味でつける指を指定しているようなものだ。
だとしたら、ここしかない。
左手の薬指。
少し大きめの輪っかを指に通すと、確かにぴったりのサイズになった。
これが日本にもあれば、サプライズプレゼントとかやりやすそうだ。
それにしても、指輪をしただけなのに、なんだか今までと違ったような感じがして嬉しくなってくる。
思わず左手を掲げて、指輪をしげしげと眺めてしまうほどに。
だからシオンが「ふふッ」と笑ったことで、彼女の存在を思い出した。
なんだかばつが悪いけれど、慌てて彼女の表情を確認すると、とても満足したような嬉しそうな顔をしていたので、問題ない。
むしろこの指に指輪をはめたことを喜んでくれているというのが、妙にこそばゆい。
これはもう夫婦といっても過言じゃないんじゃないか?
妙案が浮かんだので、親睦を深めるために抱擁をと両手を広げたが、不思議そうな顔をしたシオンにスルーされてしまった。
まあ文化の違いってやつだろう。
「通山様と言えば……」
「通山に敬称は要らないよ」
シオンから彼の名前が出るのが不快で、思わず反応してしまう。
シオンは驚いたように瞬きをしたけれど、すぐに言い直した。
「彼はとんでもないことをしましたが、本来であれば勇者様方同士で傷つけるようなことはあってほしくないのです」
「ああ、そうだね。シオンは優しいね」
「ですから、今後勇者様同士で戦うようなことはしないでください」
「もちろん。もう通山のような奴はいないだろうからね」
「それから、彼のように城の人間にあたって、傷つけることもやめてくださいね」
「……それは冗談でもひどいな」
声色から冗談であることは分かるけれど、通山と一緒にされるのは気分が悪い。
シオンも反省したようで、「申し訳ありません」と真面目な声で言った。
「それでは、お疲れでしょうから、これで失礼いたします。
最後の夢をお楽しみください」
「ああ、おやすみ」
本当はもっと一緒にいたかった。可能であれば一晩とともにいたかった。
だけれど、ここでがっつくのも格好悪い。
シオンとの邂逅に舞い上がっていたオレは、最後の一言の不穏さにはとうとう気が付かなかった。





