閑話 ズィゴスとそれぞれのその後6 ※ズィゴス視点
本日2話目です。ご注意ください。
「なるほどな、お主の世界でお主が倒した存在。それがこの世界でいう魔王ではなかったのかというのが、懸念の1つか」
「よくわかるね。さすがは王様といった感じかな?」
「カエルレウスの召喚法は強者を呼び寄せるからな。すでに世界を……いや、人を救った存在であれば、十分にその資格に足るだろう」
僕は世界を救ったような気がしていただけで、その実人だけを救っていたのではないのか。ズィゴスである今の僕は、世界寄りの思考回路であることには違いないが、この世界を知ってしまえばそうでなくても考えずにはいられなかっただろう。
「だが、それだけではあるまい? それではこの世界を憎み切れない理由にはならぬからな」
「僕の世界では異世界から呼び寄せて、世界を救った者を救世主と呼ぶ。
救世主になることは誉とされ、その存在について深く考えることもなかったんだ」
「今のお主もある種、その救世主というわけだな。
それを否定してしまえば、お主の世界の否定になるが、それを認めることができない自分との板挟みだったというわけだ」
元の世界は救世主がいたからこそ繁栄してきた世界だ。
救世主は世界のために悪を討ち、人々に平和を与えたことを誇りに思っているだろう、満足してその一生を終えただろう。
そう想像するに難くない教育を受けてきた。子孫たる僕がそうなのだから、他の人も似たように認識しているだろう。
僕たち救世主の子孫たちは、それを誇りに世界のためにと命すらかけてきた。
だけれど、救世主が本当はこの世界を救いたかったわけでは無ければ?
突如呼ばれ拒否することもできないままに、救世主として扱われたのだとすれば?
本当は元の世界に戻りたかったのに、戻れなかったのであれば?
今の世界が救世主の犠牲の上に成り立っていたのであれば?
だとすれば、今の僕が怒りに身を任せられるはずもない。
僕のような存在がいたからこそ、僕が生まれたのかもしれないのだから。
「でもそれらは全て忘れてしまうからね。いや、覚えていてはいけないからね。
この世界で僕がしてきたことを覚えていれば、きっと元の世界の僕では耐えられない」
「魔王故耐えられると。ならばお主は王にはなれんな」
「それならならない方が良いね。なるつもりもないよ」
先王が軽口を叩くので、こちらも軽口で返す。気を使われてしまった。
ここまででも、かなり気を使われている感じがするので、口では彼には勝てることはないだろう。
「どのようなことであってもな。起こったことは変えられぬ。
起こらなかったように見せかけても、実際にはうまくいかなかったことをうまく見せかけても、起こったという事実は変えることができず、後々大きな障害となる」
「この世界のようだね」
「否定はせぬよ。この世界は目をそらし続けてきた。仮初の繁栄を永遠のものと信じ続けてきた。
問題を外の世界の者に押し付けてきた。ゆえにこうして、崩壊しようとしている。
お主の世界もこうなるかもしれぬが、まだそうと決まったわけではなく、この世界ほどに手遅れというわけではあるまい」
「そうだね。少なくともこんなにもひどくはないし、僕が考えが正しいという証拠は何一つない。
すぐにでも動けば、まだいろいろと間に合うかもしれない」
「だが動かないといけないことを間違いなく思い出せない」
なにを考えても、結局そうなる。
戻った後で何かの拍子に記憶が戻るということもないだろう。
何せ神の仕事なのだ。消してと頼んだのだから、消えるだろう。消えてなくなるのだから、思い出すこともない。
「これから先、お主は人々の敵になる覚悟はあるか?」
「何か方法があるのかな?」
「一応な。確かとは言えんが、可能性はある。今一度問うが覚悟はあるか?
このことを正常な状況で覚えていたとして、お主が倒した存在が世界を守るものだったとして、世界の崩壊するのは1000年2000年先かもしれぬ。その遠い未来のために、今の人々の生活を奪うことになる可能性もある。
そうなれば、お主は人々の敵となるな。1000年先の未来のために、今の生活を捨てろと言われて、捨てられる者などおるまいよ」
それは違いない。世界から見れば、1000年という単位は大きすぎるものではないが、人から見れば途方もない。
1000年後のためにと活動をしても、理解を得られることはほぼないだろう。
「一理あるね。でも今の僕が覚悟をする必要はないかな」
「戻った自分にすべてを託すと」
「託せるならね。どうせ忘れてなかったことになるなら、選択肢くらい増やしておいても良いと思うよ」
「そうか、まあ良い。方法があるといっても、難しいものではない。
記憶が消されるというのであれば、記憶以外であれば持ち帰れるだろう」
それは考えなかったわけでもない。
契約は記憶を消して戻すことだけ。こちらに来た時もそうだけれど、服装などはそのまま送られるので、メモか何かなら持ち帰れるかもしれない、と。
「それは考えたよ。だけどこの世界が消えるとき、この世界の要素もすべて消える。
メモを書いても世界が崩壊した時点で、一緒に消える事になるよ。
そして残念ながら、僕自身はメモ代わりにできるようなものは持っていないね。服とかはあるけど、こちらのインクを使った時点で無意味だろうから」
「最悪、体に刻むという方法もなくはない。だが今はお主以外にも、異世界の者がいるだろう?」
「……確かにね。感謝するよ」
おかげで元の世界に帰っても事実を知らぬまま、お気楽に生きていかずに済むかもしれない。
猶予も少ないので、急いで行動することにしよう。
「それじゃあ……」
「まあ、待て。今日くらいはここにおればよかろう。
まもなく目も帰ってくるだろうしな。あやつの話を聞くのも疲れるのだ」
「……わかったよ」
確かに大きな反応が近づいてくる。
先王には多少なりとも恩を感じているし、付き合うことにしよう。
世界崩壊の猶予が少ないといっても、今日明日崩壊するわけでもないのだから。
『また変わった存在がおるな』
「其方もたいがい変わった存在だろうて、古代竜殿よ」
気が付けば空を覆うかのような、巨大な竜が真上にまでやってきていた。
5月29日から配信開始された、電子書籍版もぜひよろしくお願いします。
次でズィゴス視点最終話で明日の19時投稿予定です。





