閑話 ズィゴスとそれぞれのその後5 ※ズィゴス視点
何故この世界への怒りが薄いのか、それは今となっては詮無きことだ。そう言い訳をして、周りに意識を集中する。
東にあるこの国には、もう誰もいないと思っていたけれど、ぽつんと一つだけあるその存在に気がついた。
大陸の外、海に浮かぶ小島の上。
何故こんなところに一人でいるのかはわからないけれど、気がついたのであれば行くしかない。
僕以外にとても大きな反応がその小島に向かっているようだし、これ以上横取りされるのはちょっと癪だから。
だけれど、どうして最初は気がつかなかったのだろうか?
ズィゴスの力はこの世界の力。この世界の上にあるものは、ほぼ把握できるはずなのだけれど。
◇
この世界の土地は精霊がどこかの亜神――神に回収されたこともあって、世界崩壊が近くなるに従って急激に痩せていっている。
それなのに、この小島には多くの実りがある。
木々は沢山の実を付け、川には魚が泳ぎ、一家族が崩壊まで生きていけるだけの食料は間違いなくあるだろう。
なぜこんな場所があるのか。本当にすぐにここの存在がわかりそうなものだけれど、わからなかったのは、この場に来てもズィゴスが怒りを見せる様子がないからだろうか。
「何奴だ?」
観察していたら集落にいたのよりも、さらに高齢のエルフに声をかけられた。彼がここの住人らしい。
やはり殺したいとか、消したいとかいう欲求はわいてこない。
「そちらこそ何者なのか教えてくれないかな?」
「ワシはしがない年老いたエルフよ。異世界の者よ」
「僕が別世界から来たことに気がついている人が、ただのエルフだとは思えないんだけど。
それに世界が崩壊していく中で、この場所はおかしくないかな?」
食えない人というのはこういう人を言うのだろうか。
地位ある人を相手にしているときのような、こちらを試すかのような、探ってくるかのようなやりにくさがある。
これでもそれなりに経験はあるから、一方的に手玉に取られるということはないと思うけど、こちらが知りたいことを探れるかはわからない。
「ここはな亜神と契約して手に入れた場所よ。世界が崩壊するまでの間、可能な限り安全な場所に連れていく代わりに、ウィリディスの精霊の檻の鍵の場所を伝える。そんな契約よ」
「つまりあなたは、ウィリディス王家に連なる者……うん、なるほど先代の王なんだね」
何だろうか。この世界の人は僕に杞憂させるのが好きなのだろうか。
ひとまずこの情報を元にズィゴスとしての知識を漁ってみると、この人が何者かがすぐにわかった。
道理でズィゴスが殺そうとしないはずだ。彼はあの集落の人と似ていて、その実大きく違う。そうズィゴスが感じている。
「そしてお主は、カエルレウスを滅ぼしたものよな。
カエルレウスにより、この終わりの世界に呼び出された、不運の者……いや不幸な強者か」
「加えてこの世界の遣いとも言われたけれど……良く知ってるね」
「ワシはこの地から動く気はないが、世界を自由に見て回りたいという目がこの地を休み処としておるからな。
それよりも、世界の遣いか……。目的は人を消すことと言ったところだろうが、ワシは消さずとも良いのか?」
その目は力強く、それでもここから逃げようと言う感じもしなかった。
僕に勝てると思っているのか、それともまた別の思惑でもあるのか。
少なくとも集落の人のように、勝手に生を諦めているという感じではない。
「いいや。あなたは消さない。あなたはこの世界のために行動しようとし、その人生の多くを奪われた存在だから」
「死に損なっただけのことよ」
「少なくともズィゴスは、世界はそう見ているよ。だから僕はあなたを消さない」
「そうか……」
僕はこの先代エルフ王のことは細かいことはわからない。
だけれど世界が殺すのを躊躇うほどには、本気で世界のために動いたのだろう。
そして王から引きずり下ろされ、仲間は殺され、本人は牢に入れられていた。
エルフの寿命を考えると、途方もない時を牢で過ごしていたはずだ。
だから「そうか」と言う短い言葉に、どれほどの意味が込められているのかはわからない。
しかし元国王なだけはあって、すぐに切り替えて力強い目でこちらを見てきた。
「お主もある意味で世界の終わりのようなもの。お主に殺されるのであれば、世界の崩壊を見届けたと言っても良さそうだったが、真の崩壊まで見届けられそうだな。
と言いたいが、お主は何を迷っておる?」
「何のことかな?」
「崩壊間近の世界に呼び寄せられ、元の世界へ戻ることもできずに、故郷でもない世界と心中するのだ。
呼び出したこの世界の存在すべてに憎悪してもおかしくなかろう」
先王に言われ、思わず剣に手が伸びそうになるのを留める。
ズィゴスが彼を消さないのであれば、僕も消さない。今の僕はズィゴスだから。
でも脅すくらいはいいだろう。
「殺されたいのかな?」
「殺す気はないのだろう? それにここで殺されても、ワシは構わんよ。して答えは?」
「どうしてそんなことを?」
「世界が終わるまでの戯れよ」
戯れか。本音かどうかはわからないけれど、世界がもうすぐ終わることを知っている相手だ。
僕の話を聞いたからと、何かできるわけでもないだろう。
どうせ何もできないのであれば、今まで目をそらしてきたことをぶちまけて、少しでも気分を落ち着けられれば儲けものだと言うことにしよう。
ここで彼を消して終わりとしてしまえば、僕は僕ではなくなってしまうかもしれないから。
「一つ訂正だけれど、僕は元の世界に帰れるよ。
ここでのことはすべて忘れて、元の世界で生きていける保証がある」
「お主も彼の亜神に出会っていたか」
「今は正式に神になったと言っていたけどね」
「だが彼の存在と契約をしようと思えるほどには、その時点で理性を保っていたわけだな」
「ああ、そうだね」
怒りで我を忘れて彼女に相対していたら、果たしてどうなっていただろうか。
少なくとも彼女は、怒れる僕を鎮めて導くような存在ではない。そう言う意味では、僕が曲がりなりにも理性を保てていたのは悪いことではなかった。
同時にこの世界において、これから僕がすることは無意味になった。
「何故今みたいになったのかと言えば、懸念すべきことが多すぎたんだよ。この世界で魔王と呼ばれている存在が、本当はどういった存在なのかは知っているかい?」
「お主のことだろう? 世界がその身を守るために遣わせたのが魔王だ。今代がどうかは知らぬが」
「そこまで知ってたんだね」
「度々休みにくる目がワシよりも長生きでな。話好きらしく、いろいろ聞かされたのだ」
エルフよりも長く生きる存在。僕の世界だとそれはもう寿命がないとも言われる竜や精霊ではないだろうか。
この世界の精霊はすべて回収されただろうから、竜かもしれない。
それは今は良いか。
記念投稿の第5話目になります。
4~5話で終わるとか言っていましたが、あと2話くらい続きます。
よければ電子書籍版もお願いします。





