閑話 ズィゴスとそれぞれのその後2 ※ズィゴス視点
一人ひとり、逃さないように消して回った結果、結構時間がたってしまった。
しかも途中で精霊を閉じこめた檻を見つけてしまったのも、時間をとられた要因だ。この世界を調整するために送られたのに、人々に捕まりその力を無理矢理使われ続けてきた哀れな存在。
数百年なんてレベルではなく、さらに長い間閉じこめられてきた弱くなってしまった存在。
彼なのか、彼女なのかはわからないけど、元の世界での性格故か助けずにはいられなかった。
そうすることで魔王だと開き直っていても、根底にはちゃんと自分がいるのだと確かめたかったのかもしれない。
問題は閉じこめられていた檻だ。ただこの世界で作られただけの檻であれば、大剣で消滅させればいい。
だけれど、檻は別の世界の技術が使われていて、別世界の存在が持つ魔力を利用していた。
無理矢理壊そうと思えば壊せただろうけれど、そうすると中の精霊が消滅してしまうおそれがある。
事情を知っていそうな国王は殺してしまったので、国を滅ぼしながら精霊を檻から出す方法を探していたのだけれど、見つけることができなかった。結局、意識を集中させて、檻を削り取っていくことにした。
それで無事に助けられたはいいけれど、思っていた以上に時間がかかってしまったのだ。
それから弱っていた精霊を放っておくのもなんなので、元気にするいい方法が見つかるまで連れて行くことにした。
これから向かうところには、とても強大な敵がいるのだけれど、それでも僕が連れていった方が安全ではあるだろうから。
◇
向かうのはこの世界の力が、あり得ないほどに集まったところ。
これが人ひとりに内包されているのであれば、その存在はもはや人とは言えないだろう。
これを放置しておくと、今後の邪魔になるかもしれないし、その存在がいるニゲルという国はちょっと気になっているのだ。
僕を召喚したカエルレウス国とは違い、ニゲル国は世界を守る側であり、この世界においては魔王として敵に仕立て上げられるズィゴスを信奉しているらしいから。
そして今は僕の意志に従って、人を殺すことを良しとして動いているらしい。
そんな相手だからとりあえず、行ってみてもいいのかなと思ったのだ。
一番の理由は邪魔になるかもしれないけれど、絶対に負けないだろうから早々に対処しておいた方が良さそうだということか。
僕のことを知られて逃げ回られても面倒くさい。
結構な距離があるけれど、ほかに見向きもしなければ数日の内に行くことができるだろう。
ある程度近づくまでは、消耗を考えないで全速力で向かうことにした。
◇
ニゲル国に向かう途中、一つの国を超えてきた。
いや国のようなもの、と称するのが正しいとは思うけれど。
城に国王はおらず、その首が人々に見える場所に晒されている。
これだけのことを国王がしたのか、民たちが凶行に出ただけなのか、僕にはわからないし、わかる必要もないし、興味もない。
興味を引いたことと言えば、この世界の異物的な存在が見受けられたこと。
僕の前に召喚されたという少年たちの一部だろう。
立場はわからないけれど、大して強くなさそうだし、僕の目的を邪魔する事があったとしても問題なさそうなので、一旦置いておく。
そこからさらにニゲルに近づくと、人々が争っていた。
これが人と人の戦争か。
僕の世界でもかつては起こっていたらしいけれど、魔物が勢力を伸ばして人同士で戦争をすると言う余裕はなくなっていた。
それでも争いはあったし、いろんな思惑はあったけれど、それでも魔物の王を倒し平和に向かうはずだったのに。
僕はそれを見ることはできそうにない。
どす黒い赤で染まった地面を見ても、重苦しい血の臭いを感じても、そこまで気分が悪くならなかったのはズィゴスになってよかった点かもしれない。
勝手につぶし合っている人は無視して、今は目的地へと急いだ。
◇
ついた先は20人ほどの死体があって、それから生きている4人の人がいた。
いや僕的に分けるなら、2人と1人と1人。
この世界の人が2人。別世界の人が1人。あり得ないほどの力を持った、強いこの世界の力を持ったくせに、この世界の存在と言い切れない何かが1人。
見た目で言えば、女性が2人、男性が1人、耳の尖った女の子のような何かが1人。
この中で一番人畜無害そうなのが、一番危険というのも面白い話だ。
果たしてこの少女は何者なのだろうか? ズィゴスとしての知識の中にもない。
そんなことを考えていたら、男性――というか少年が喚きながらこちらに走ってきた。
僕の存在には気がついていないらしいけれど、仕事は仕事だと大剣を彼に突き立てた。
彼は何がなんだかわからないといった表情で刺されたところと、僕の顔を交互に見る。
どうやら異世界の存在の場合、この世界の要素だけをこの大剣は消すことができるらしい。特定の状況下でしか役に立たなさそうな知識だ。
剣を少年から抜いて、一番危険そうな少女の方を見る。
大剣を持った僕に彼女は穏和そうな、人の良さそうな笑顔を見せて話し始めた。
「わたしはフィーニス0歳。そろそろ1歳かもしれないけれど、忘れちゃったわ。職業は亜神。よろしくね、勇者兼魔王さん。それともズィゴスって呼んだ方が良いかしら?」
「呼び方はご自由に。僕は哀れな捕らわれ人さ。今もこの世界の人を殺したくてたまらない。元は違ったのにね」
「わたしも神様にパシリとして生き返らせられたので、似たようなものかもしれませんね。貴方ほど縛りはきつくありませんが」
この血なまぐさい場にそぐわない軽く明るい口調で行われた自己紹介で、彼女について理解した。
彼女はこの世界の神が遣わせた存在。この世界において、自分でもいっていたとおり神にも近しい存在。
そして僕たちにとって、敵でも味方でもないけれど、ムカつくと感じる側の存在。
急に口調を変えたのには驚いたけれど、彼女も何かあるのだろう。僕がズィゴスに作り替えられたような何かが。
何せ何故か彼女からは、先ほど突き刺した少年と似たような雰囲気も感じるのだから。
とりあえずこんなにこの世界の力を持った存在を放っておく事はできないので、戦いたいのだけれど、彼女はまだ会話を続けたいらしい。
構えることすらせずに、無知な少女のように話しかけてくる。
「ところで連れている精霊をくれませんか?
代わりにわたしが……というか、神様が願いを一つ叶えてくれますよ。叶えてくれない物もあるみたいですが」
この言葉は嘘ではないだろう。だけれどズィゴスがこの取引に難色を示す。
この世界の神は生んでおきながら、助けてくれなかった親のようなものだから。
それに今更この世界で願いを叶えられても、と思う。
「提案としては魅力的なんだけどね。僕の中のズィゴスの部分があまり良い顔をしてくれないんだよ」
「そうでしょうねぇ……でも、勇者的には元の世界に戻りたいとかないんですか?」
「それって可能なの?」
「神様、どうなんです?」
この世界が滅ぶ理由の一つは精霊を閉じこめて、その力を私利私欲のために遣ったからだけれど、より直接的な理由は勇者召喚と称して別世界から人を呼び寄せたからのはず。
だとしたら、神的には受け入れがたいのではないだろうか?
「大丈夫だそうです」
少女の高い声が聞こえる。大丈夫なのか。
だとしたらこの提案は受けないわけには行かない。ズィゴスとしての使命を放棄する気はないけれど、拉致されてきた身としてはこの世界と心中するなんてまっぴらだから。
そうやって、自分を納得させて、精霊を彼女へ向かわせる。同時に「すべてが終わった後、ここでの記憶を消して転移させられた時に戻してくれないかな?」と願いを伝えた。
贅沢かもしれないけれど、巻き込まれた身としてはこれくらいしてくれないと納得が行かない。
国を一つ消して、たくさんの人を消して、それに満足感を得てしまった記憶を持って元の世界に戻っても、幸せに暮らすなんてできそうにないから。
「良いそうですよ」
どうやら杞憂だったようで、あっさり受け入れられた。
思っていた以上に、この世界の神は太っ腹らしい。もしくはこの少女を通したからだろうか。
倒したくて倒したくて、たまらなくなってきたのに、こんなに恩を感じてしまっては倒しにくくなってしまいそうだ。
「それはこの子を返す代わりということで良いかな?」
「構いませんよ。渡してもらった直後に、わたしを殺しても、問題はありません」
「それは良いことを聞いたかな」
やっぱりこの世界の神を称する者たちは太っ腹らしい。
思わず笑みがこぼれてしまう。
彼女の手から精霊の光が消えた。そろそろ戦い始めたいのだけれど、どうやったら彼女をその気にさせることができるだろうか。





