146 ※トパーシオン視点
それからフィーニスは「そろそろ時間ですので、さようなら」とあっさり帰ってしまった。
その後、起きた牢番に睨まれたけれど、わたくしはなにもしていない。
それは彼がよく知っていることだろう。
結局、わたくしが逃げ出していなかったためか、なにも言わずに監視に戻った。
もう逃げようとは思わない。心は閉じ全てを受け止めましょう。
◇
目隠しをされ、わたくしは屋外へと連れ出された。
その間もほとんど話はなく、淡々とやるべきことだけを伝えられる。
わたくしは抵抗することなく何かに磔にされる。
周りには多くの人の気配がして、「来たぞ」とか「これで救われるわ」と言った声が聞こえていた。
そして「思うところがある者は石を投げることを許可する。だが、殺してはならん」というアヴァリティアの声がしたかと思うと、割れんばかりの歓声や怒号がこだました。
直後、たくさんの石が飛んでくる。一つ一つは大きくはなく、死ぬことはないだろうけれど、数が増えれば呻きたくなるほどの苦痛にはなる。
だけれどわたくしは表情を変えない。王族として、取り乱した姿を見せることは出来ない。
たくさんの声が聞こえてくる。
「裏切り者」
「騙したのね」
「売女」
「国賊」
耳をふさぎたくなるような暴言、雑言。
今までのわたくしの功績など無かったかのように、それすらも悪とせんばかりの言葉達に、叫びたい思いを必死に押さえる。
王族として、そう言った姿を見せるわけにはいけない。
彼らはもうフラーウス国民ではないかもしれない。
だけれど、だからこそ、弱いところは見せられない。
ただただ毅然と、彼らの怒りを受け止めるだけだ。
きっと、父王もそうしたことだろう。
兄弟たちは出来たか分からないけれど、両親はきっと王族として恥ずかしくない最後を迎えたはずだ。
混乱のあまりちゃんと見ていなかったけれど、晒された首はきっと、誇らしげだったに違いない。
だからわたくしも耐えよう。王族として、民達の怒りを受け止めよう。
痛みに呻きそうな身体を、心ない言葉に張り裂けそうな心を押し隠して。
――だけれど、ああ。心が冷めていく。
――受けるべき罰だと分かっていても、腹の底に、心の奥に黒い感情がにじみ出してくる。
――――それらは全て覆い隠して。
――――――その見た目だけは平然としていよう。
◇
心を殺し、痛む体を無視し続けていたらやがて石の雨は終わりを告げた。全身が熱を持ち、少し動くだけでも痛みが走る。
とうてい歩けるような状況ではないけれど、歩けと命じられるので、ただ気力だけで歩いた。
目的地が自らを殺す処刑台であっても、無様な姿を見せるわけにはいかないから。
目隠しをされたまま、両手と首を固定される。
ここが断頭台。
そうしてようやく目隠しが外された。
目に入ったのはたくさんの民達。
その表情は本当に様々。楽しそうに歓声を上げている者、祈るように両手を繋いでいる者、怒りに震えている者、気が狂ったように目が血走っていた者。
安堵している者、ただ一心にこちらを見ている者。
彼らに共通しているのは、わたくしの死を望んでいるということ。
奥歯を噛みしめ、今という状況に耐える。
気を抜けばどうにかなってしまいそうだ。
「さて、最後に民たちに何か伝えることはありますかな、トパーシオン王女殿下。いや、トパーシオン女王陛下と言った方がいいかもしれませんな」
癪に障るアヴァリティアの声。
だけれど今更気にすることもない。
「壊れゆく世界の中で、わたくしの死が民たちのわずかな安らぎになると言うのであれば、わたくしは喜んでこの首を差し出しましょう」
それがわたくしが王族として出来る最後の仕事。
情はなく、わたくしの死を見て安らぐのが既にフラーウスの民ではなかったとしても、せめてもの償いとして。
助けを求めるような言葉、取り乱した言葉でなかったことがアヴァリティアは気に入らなかったのか、舌打ちをして「やれ」と短く命じた。
その間にわたくしは、最後の景色を目に焼き付ける。
多くの人に見せられるように作られた断頭台の上は、とても景色がいい。
フラーウスの町並みは変わらないようでいて、所々に崩壊の前兆の痕跡があるのが痛々しい。
人々の表情も少し前までの穏やかなものではなくなってしまった。
そうやって、最後の時を過ごしていたときに、晒された王族の首が見えた。
その表情を窺えるほど近い距離ではないはずなのに、どう言うわけかその表情がはっきり見えてしまった。
兄、弟、妹、母。そして、父王の表情は――。
――――――――ああ、わたくしは疲れてしまった。
程なくわたくしの意識は途絶えた。





