141 ※トパーシオン視点
なにもかもが上手くいっているはずだった。
ニゲルを滅ぼし、精霊を奪取し、フラーウスを再興させる。
そして今まで以上に栄えた国を作り出す。
ニゲル女王を倒し、精霊まであと一歩というところまでは上手く行っていた。
それなのに、そこからすべてが崩れてしまった。
マコトの生まれ変わりを自称するフィーニスという少女が、目の前で精霊を奪い、圧倒的な力でタカトシを退けた。
そして現れた魔王も相まって、わたくしは見ていることしかできなかった。
魔王の目的は世界中の人を殺すことらしく、その目で見られた時わたくしはかつてないほどに恐怖した。
これは触れてはいけない存在だと、心の底から理解させられた。
魔物に睨まれた幼子のように、恐怖心を植え付けられた。
そしてまた理解した。それと対等に、いやそれ以上に、やり合うフィーニスがどれほどの存在であるかを。
おそらく彼女がその気になれば、この世界など容易く征服されたであろう。
それがまた、彼女の戯言を真実へと近づけていく。
精霊だという少女にわたくし達の護衛をさせた時、何とかこの少女を手に入れられないかと考えた。しかし、用意していた奥の手は既に壊れていて、悔しさに奥歯をかみしめるしかなかった。
かつての勇者が残したとされる道具達。それがなければ、わたくし達は精霊に触れることすらかなわない。
それを身をもって実感してしまった。
それでも、フラーウスのために何かできないかと頭を働かせる。
だけれど答えは見つかることなく、フィーニスの口から「国だったもの」という不穏な言葉が聞こえてきた。
魔王はカエルレウスより、真っすぐここに来たらしい。
その場合、フラーウスを間違いなく通る。
つまり「国だったもの」とはフラーウスである可能性が高い。
神になったのだというフィーニスと、魔王が戦いを止め、魔王が居なくなった後で、わたくしはフィーニスにフラーウスについて尋ねる。
その返答は自分の目で確かめろということで、わたしく達はフィーニスの魔法でフラーウスまで飛ばされた。
他人をこんなにも簡単に飛ばすなんて、只人でないことは間違いない。
おそらく、神になったというのも冗談ではないのだろう。
世界の崩壊も事実であり、今更どうしたところで変わることはない。
王族としてわたくしは、そのことを国民に伝えなければならない。その後どうなろうとも。
それが王族としての最後の仕事になるだろうから。
◇
敵に国まで連れて行ってもらうというのは、改めて考えると少し短慮が過ぎた気がする。
空を飛ぶというのは、とても不安なことであるというのも理解した。
だけれど、無事にフラーウスに着いたという事は、フィーニスにとってわたくしの存在などその程度だったという事だろう。
今はそれで構わない。愛する民達に事実を伝えなければならず、王族としての死も受け入れるつもりだから。
なぜこのようなことに、と思わなくもないが、それを受け入れるのも王族として必要なこと。
そうやって父と母に育てられてきた。その多くは乳母だった気もするけれど。
少なくとも、わたくしを愛してくれた父と母。そして兄に弟、妹。
その頭が、どうして晒されているのか。
どうして民達はその状況にあって、平然としているのか。
思考が止まった一瞬のうちに、一人の民がわたくしを指さした。
「いたぞ、トパーシオンだ!」
一人の男性がそう叫んだ直後、多くの視線に晒される。
たくさんの目がこちらを向く。
今までは慕い、称えてくれていたはずの目が、今は血眼になりわたくしに牙を剥かんとしている。
「殿下、こちらへ」
ソテルに手を引かれ、止まった思考が動き出した。
状況は分からない。だけれど今は逃げなくては。
事情を説明する暇もなく殺されてしまいかねない。
民衆の目から逃れるように横道へ入るソテルは、迷うことなくその道を進む。ソテルがこんなにも道に詳しかったなんて、今まで知らなかった。
平時であれば、ソテルに頼んでお忍びとかもできたのかもしれない。
どんどん、人がいない方へと向かい、小さな小屋の中に入っていった。
手入れがされていないのか、中は埃っぽく、家具も所々壊れている。
「ここは?」
「万一の時に隠れられるようにと、用意されていた場所です。
これまで全く使われず、手入れがなされていないのはご容赦いただければと思います」
「ええ、今そんなことを気にしている暇がないのは分かるわ」
贅沢が言えないのはよく分かっている。
むしろ今の状況下で、落ち着ける場所があっただけ贅沢だと言って良い。
「殿下はここから、隠し部屋に行ってください。
その間に私が町の様子を見てきます」
「危険よ」
「ですが、情報を集めないことには動きようがありません」
ソテルが言っていることは正しい。なにがどうなっているのかを理解するまでは、下手に動くことはできない。
わたくしが動けば先ほどの二の舞。頼れるのはソテルだけ。
ソテルは信頼できるけれど、危険なことには変わりない。なにせわたくしと一緒にいるところを見られているのだから。
「わかったわ。気をつけて」
「殿下も見つからないようにお気をつけください。それからこれを」
そう言って、ソテルが保存食として使われる堅いパンと干し肉、それから水筒を差し出してきた。
「私は外に出ますので、粗末なもので申し訳有りませんが今は生き残ることをお考えください」
「ええ、ありがとう」
「今日中には戻ってきます。それでは」
ソテルが部屋から出ていく。
隠し部屋の広さはベッドが2つ入る程度で決して快適とは言い難い。だけれど、今は我慢してソテルの帰りを待つことにしよう。





