137 ※市成視点
オレを刺した男とフィーニスが戦っている。
それを黙ってみていることしかできない自分が、悔しくて仕方がない。
両方倒せると少し前までなら思っていただろう。だけれど、今はそんな風には思えない。
むしろ何も考えられそうにない。
目の前の戦いは、はっきり言って異次元の戦いだ。
オレの目を持ってしても、まるで追うことが出来ない。
双方の動きが止まった一瞬だけ、その姿が分かるかと言った感じ。
あの中に混ざった瞬間、自分が挽き肉になるのが簡単に想像できる。
オレは最強だったはずなのに、この世界でオレに勝てるものはいないはずだったのに。
これではまるで、日本にいたときのようだ。
日本ではこんなに惨めになることはなかったけれど、だけれど日本にいた頃のオレがこっちに来てからのオレの戦いを見れば、今のオレと似たようにしか見ることは出来ないだろう。
それくらい異次元の戦いに見える。
気がついたら、2人は止まって話し始めていた。
「そろそろ、諦めてほしいんですが」
「そろそろ攻撃が当たりそうだから、続けたいんだけど。
と言うか、諦めるのはそちらじゃないかな? さすがに僕の能力は分かっているよね?」
「はいはい。分かっていますよ。何というか、この世界も最後だからと無茶したもんですね」
「それには同意かな」
世界が崩壊するとか言う話か?
と言うか、話をまとめると、オレを刺したのは魔王であり、勇者といった存在だろう。フィーニスが呼ぶズィゴスというのは分からないが。
こいつが召喚されたから、世界が崩壊するのか?
それともこいつに世界が力を与えたから、世界が崩壊するのか?
でも今はそんなことは問題じゃない。こいつらが同士討ちしてくれることを、祈るしかない。
こいつらがいなくなれば、またオレがこの世界で最強になれるのだから。
「それで能力でしたっけ? 1つはこの世界の存在からの攻撃を受けないとかそんな感じですよね。この世界特防」
「特防ってのはちょっとわからないけど、まあそんな感じかな。
だから、亜神様の攻撃は効かない。君の力はあくまでもこの世界に準じているようだからね」
「そうなんですよね。わたしはこの世界のルールに縛られています。所詮は亜神ですから。
だから殴ってみたんですけど、ステータスを加味しないこの体のひ弱さはすごいですね」
「そうでもないよ。そもそも、一般人が僕を殴ってダメージを与えられるものでもないし」
「あと、こっちのスキルもはじきますよね。鑑定出来ませんでしたよ。
もしかしなくても、与えられたのは能力だけって奴ですか?」
「そうだね。君たちが言うところのステータスなんてものはないよ。
僕の運動能力は、もとより僕が持っていたものさ」
2人の会話の意味が分からない。
分かるのは、オレを刺したズィゴスとか言う男は、勇者として召喚される前から今とほぼ変わらない力を持っていたということだ。
そんなことがあるのか? 無理だろう?
「もう1つが、この世界の存在……と言うか因子とか要素とかですかね? それを問答無用で破壊、消滅させるその大剣ですね」
「だから1回でも当たれば、僕の勝ちなんだけどね」
なんだ? 何かフィーニスの台詞が引っかかった。
気づいてはいけないような、気づかないといけないようなそんな何かだ。
「勝てるでしょうねぇ……。と言うか、わたし本当に残るんですか?」
「僕が見た感じは残るかな。ものすごく頑丈だけど、非力で無力な少女ができあがるんじゃない?」
「頑丈さは神様が守ってくれるからか、亜神という皮だけが残るからか、どっちかってところですか。
ステータスとスキルはこの世界由来ですからね。残る身体能力は通山のものか、この体のものかちょっと気になりますね」
「待て! 待て、待て待て」
思わず口を挟んでしまった。だが、今の話は聞き捨てならない。
ステータスとスキルがこの世界由来? この世界の要素や因子を破壊する能力? オレはその剣に刺されたんだよな?
だとすると、だとするとだ。
オレの声に反応した2人のどちらともなく、オレは声を上げる。
「オレの、オレの強さはどうなったんだよ。
最強だった、オレの強さは」
「なくなりました。今の市成はどこにでもいる、普通の高校生程度の……それよりは少し上ですかね? それくらいの存在です。
スキルは使えませんし、ステータスももう表示されませんよ」
明日の天気でもするような気軽さでフィーニスがぬかすので、無理をしてでも「勇者」を使ってみようとする。
だが、使えるどころか、「勇者」を全く感じられない。
魔法を使おうとしても、使えない。
「ステータス!!! ステータスッ、ステータス……。
……ッステータス、開けよ!!! 何で開かねえんだよ!!!!」
なぜだなぜだなぜだ。ステータスが開かない。
オレの栄光の数字が、何一つ表示されない。
これではまるで、日本にいるただの高校生ではないか。
何の変哲もない、ただの一般人ではないか。
「一応言っておきますが、寿命は変わりませんからね。貴方の寿命は世界崩壊とのチキンレース真っ最中です」
フィーニスが何かを言っている。だけれど、頭に入ってこない。
フィーニスに負けたとは言え、オレの強さが失われたわけではなかった。全人類の中では最強だった。あらゆる魔物を倒すことが出来た。
だけれど、それがなくなった。
オレをオレたらしめていた強さがなくなった。
弱くなったオレは何だ?
強さだけがオレだった。だったら弱くなったオレは、オレは……。
何でもない、ただの路傍の石だ。
すがるように、この世界に呼び出しやがったトパーシオンを見る。
だが、返ってきたのは興味を失ったような瞳。いや、蔑むような瞳。
今のオレに石ころほどの価値もない。
ははは……。ははははははは…………。
「はははははははは、はっはっはっははははははは……」
…………。





