130 ※市成視点
オレは強くなった。強くなったはずなのに、目の前の女の子と言っても良さそうな存在にまるで歯が立たなかった。
奥の手を使って、限界まで粘ったけれど、時間切れでもう体を少しも動かすことが出来ない。
最強の力を手に入れたはずなのに、どうしてオレが地面に倒れないと行けないんだ。こんな姿を見せたら、クラスメイトの奴らにどう思われるか。
もしも笑うような奴がいたら、絶対に殺してやる。
だが今が絶体絶命であることは違いなく、クラスメイトの反応を伺っている余裕もない。
戦っていてわかったが、あのフィーニスとか言うのは、オレを殺すつもりはないらしい。避ける、いなす事はしても、攻撃をしてくる気配はなかった。
それしか出来ないのか、手を抜いていたのかはわからないけれど、殺さないと賭けるしかないだろう。
しばらくすれば、また動けるようになる。
そうなったら、今度こそ殺してやる。
そう思っていたら、フィーニスが王女に話しかけた。
「さて、話を聞いてくれますか?」
「……ええ、分かったわ。話をしている間は、不戦を約束してくれたらだけれど」
「そうですねぇ……。今から始めるわたしと貴女の会話が終わるまでと言うことでしたら、約束してあげます」
「それで構わないわ」
王女もオレが動けるようになるまでに、時間がかかることが分かっているのだろう。
話をして時間を稼いでくれるので有れば助かる。
王女としても、オレ以外がフィーニスに勝てるとは思っていないだろうから、仕方なくではあるんだろうけどな。
それとは別に、なんだかフィーニスの言葉に違和感があったのだけれど、何だろうか?
そんなことよりも、今は回復に力を入れないといけないか。
そう絶体絶命とは言え、もう一度機会があれば今度こそ勝てるのだ。だってオレは"勇者"なのだから。
強敵に1度は敗れても、2度目には勝てるはずなのだ。
それに今のだって、少し油断していただけだ。そうだ、そうに違いない。
「話とは何かしら? わざわざわたくし達を精霊の間に招き入れてまでしたい話には、わたくしも興味はあったのよ」
「特別な話をするつもりはないんですよ? 今までの国の王達にも似たような話をしてきましたから。
今回はトパーシオン王女が適任だと思ったので、こうやって話をする機会を設けました」
「……? 何が言いたいのかしら?」
「いいえ、何も」
眉をひそめるトパーシオン王女に、フィーニスが表情を変えずに首を左右に振る。
「とりあえず、わたしが話したかったことは精霊のこと、そしてこの世界のことです。
単刀直入に言いましょう。精霊は諦めてください」
「……なぜかしら?」
「今までの王達が相手であれば、『精霊を閉じこめていたことが、世界崩壊につながったから』と言うところでしょうか?」
「戯れ言ね。世界の崩壊なんてあるわけがないわ」
王女は毅然とした態度で、一分の動揺もなく答える。
それも当然の反応だ。いきなり世界崩壊と言われても、信じられるわけがない。そもそも世界が崩壊するというのであれば、もっと世界は荒れていて良いはずだ。
つまり神の使いなんて冗談でしかない。
「信じる信じないは、わたし的にはどうでもいいんですよ。
大事なのは精霊を諦めてくれるかどうかです」
「愚問ね」
「そう言うしかないですよね」
クスクスと笑うフィーニスに対して、王女は表情を見せずに彼女を見ていた。
精霊を諦めてほしいフィーニスとどうしても精霊が欲しい王女。いくら話し合おうと、この話は平行線。
だいたい世界が崩壊すると言ってはばからない狂人と会話が成立する事はないわけだ。
「交渉は決裂。戦いを再開しましょうか……と言いたいですが、せっかくの再会ですから、もう少しだけお話をしましょう」
「再会? 何を言っているのかしら?」
「ああ! そう言えば、この姿で会うのは初めてでしたね。
ここにいるほとんどの人と顔を合わせたことがあると思うんですが、確かにこの顔ではなかったです」
フィーニスが一人で勝手に納得しているが、何を納得しているのかが分からない。
ここにいるほとんどの人と顔を合わせたことがある? つまりオレとも有るのか?
オレの記憶にはないし、王女にも覚えがなさそうだが。
「でも、思い当たる存在の1つや2つ有るんじゃないですか?
わたしの目的は、見ての通り精霊を集めることですから」
「……まさか、マコトだとは言わないでしょうね?」
王女の言葉に体が痛いのも構わず「はぁ?」と声が出てしまう。
この少女が通山なわけないだろう?
仮にそうだとしたら、オレは通山に二度負けたことになる。そんなことは許されない。
そんなオレの思いをあざ笑うかのように、フィーニスの姿が見る見るうちに変わって、通山の姿になった。
本当に通山だって言うのか? あり得ない、あり得ないだろう。
何であんなに通山が強くなっているんだ?
許せない、許せない、許せない。
何で通山程度がオレよりも強くなれる。
オレは"勇者"なのだ。クラスメイトの誰よりも強く、この世界のどんな人間よりも強いのだ。
そうなったはずなのに、どうして通山ごときにオレは負けた?
「まあ、こんな感じです。これでわたしが神の使いだと少しは信じてもらえたんじゃないですか?」
いつの間にか少女の姿に戻っていた通山が王女に尋ねる。
王女は今までとは違って、わずかに顔を歪めて奥歯をかみしめているようだった。
 





