129 ※トパーシオン視点
「神の使い……?」
思わぬ返答に言葉を失う。
どう考えても戯れ言だ。神の使いなど居るわけがなく、仮にいたとしても精霊を奪う理由がない。
「戯れ言を」
「別に戯れ言でも良いですが、せっかくなので話を聞く気はないですか?」
フィーニスなる少女が、そういって首を傾げる。
微笑みを浮かべてはいるものの、その腹の内を読むことは難しく、ここにいる理由も定かではない。
一つ言えることは、彼女が精霊を奪おうとしていることだけ。
理由を知っておくべきかもしれない。その裏で何が糸を引いているのかわかったものではないから。招き入れた理由が気にならないと言えば、嘘になる。
だけれどそんな悠長なことをしている暇があるなら、一刻も早く精霊の確保に動いた方が良い。
何せ彼女はわたくし達よりも早くこの場にたどり着き、精霊を手にしているのだから。
彼女が戦う気があるにしても、即座に逃げようとしているにしても、構えさせる前に動くのが良いのは違いない。
「いいえ、話すことはないわ。タカトシ全力で彼女を倒しなさい」
わたくしの命令にタカトシが即座に反応する。
ずっとこの命令を待っていたかのようだ。
この戦争を経て、戦いに対して貪欲になりすぎたらしい。
扱いは難しくなるけれど、それでもニゲル女王を単独で討てるほどの力を得られたのは大きい。
基本は単純なので、指輪に頼らずとも操ることはたやすいだろう。
わたくしの言葉と同時に飛び出したタカトシは、その手に光の剣を持ちフィーニスへと切りかかる。
素人のわたくしでもわかるくらいの完璧なタイミング。
動けなかったフィーニスをタカトシが両断した……かと思ったのに、突如フィーニスの姿が揺らぎタカトシの一撃が空振った。
タカトシは驚くことなく、二撃目、三撃目を繰り出すが、まるで消えるようにフィーニスが避ける。
こうなってしまえば仕方がない。次なる手を打つ。
「ヒカリ、城を破壊するつもりでアレをやって。だけれど精霊には当てないように」
「はい」
短い返事と共に、詠唱が聞こえる。
その間にタカトシに避けるように命令をして、わたくし自身はセイラに守らせる。
町1つを壊滅させることも出来るヒカリの一撃。
その範囲と威力があれば、少なくとも大きなダメージを与えることが出来るだろう。
あわよくば倒せているかもしれない。
詠唱が終わり、轟音と共に城を破壊しながら雷が降ってくる。
耳をつんざくような轟音は、ビリビリと振動すらも感じさせる。
タカトシのように事前に命令されていなければ、そしてヒカリに対してもわたくしが命令していなければ避ける間もなかっただろう。
タカトシは間一髪で避けることが出来たが、フィーニスは動く素振りすら見せなかった。
あまりの威力に、わたくし達が立っている床にもひびが入っているけれど、セイラの守りもあるしこれくらいの高さから落ちたくらいでは、わたくしは死なない。
その程度には鍛えている。
城の倒壊から抜け出し、がらがらと崩れるニゲル城を見ながらタカトシが「やったか?」と不満そうに声にしていた。
自分が倒したかったという事なのだろう。
これからのことを考えると、これくらい野心が有った方が良いかもしれない。
さて、問題の精霊だけれど、さすがにこれくらいでどうにかなるとは思えない。衝撃はあっただろうけれど直撃させたわけでもないのだから。
とにかく探し出すのが先決かと思っていたら、倒壊した城の中からガラッと音を立てて何かが立ち上がった。
その傍らには、淡い光が浮遊している。
「思いっきりやりましたね。ちょっとびっくりしました」
フィーニスが何事もなかったかのように、間の抜けた声を出す。
事実本当に何もなかったかのように、その服一つ乱れていない。
今のを受けて、何ともなかった?
それとも直前に何かをして避けたのかしら?
もしくはやせ我慢。
ダメージを勘付かせないように、演技をしているのかもしれない。
どれにしても、様子を見る選択肢はない。
「タカトシ!」
名前を呼んだ時にはすでにタカトシはフィーニスの方へと走り出していた。
先ほどまでとは比較にならない速度。
「勇者」のスキルを使ってステータスを数倍にしたのだろう。
使用制限はあるものの、それさえ使ってしまえば、この世界で勝てるものはいなくなることをわたくしは知っている。
まさに最強の存在。
最強の存在による、最速の一撃。
「な……」
そんな声が聞こえる。いえ、わたくしが発したのだろうか?
今となってはもうわからない。わからないほどの衝撃。
相手が真の魔王であっても屠る事が出来るだろう一撃は、しかしながら彼女の細い腕に捕らえられた。小さな手にその刃が掴まれている。
タカトシが手加減でもしたのかしら?
今のタカトシには、命令を出しているわけではないのだから、可能性としてはあり得る。
だけれど、いかにタカトシといえど、そのような愚かなことはしないだろうし、何よりタカトシの表情が今の一撃が全力だったことを示している。
目を見開いて、摑まれた剣を凝視している。
光の剣は徐々に闇に汚染され、最終的には砂になったように崩れてしまった。
それに怒ったのか、タカトシが無手でフィーニスに殴りかかる。
わたくしには細かいところまで目で追うことは出来ないけれど、フィーニスに全く効いていないことだけはわかる。
おそらく一撃も当てることが出来ていない。
このままではいけない。このままだと、制限時間が来てしまう。
タカトシに引くように命じようとしたところで、タカトシの動きが止まった。





